56.ミハエル王子
――私なら、王子様を治せるかも。
母親として、藁をもつかむ思いだったんだと思う。女王様はかなり戸惑ってたけど、やがて悩み抜いた末、こちらの申し出に応じてくれた。
「ミハエルはここで、ずっと寝たきりの生活を送っています。先ほどまで解呪師たちが治療を試みていましたが、結果は芳しくありません……」
人との接触を避けるように、王子様の病室はお城の中心からだいぶ離れた区画にあった。中ではお医者さんや看護に就いてた女性がいたけど、女王様が下がるように命じると、みんな部屋から出ていった。
「人払いは済みました。約束どおり、私もすぐに出ていきますが……本当に、ミハエルを治せるのですか?」
女王様が不安そうな表情で私を見てくる。不審に思われてる感じが、ものすごくひしひしと伝わってくる。
ま、それもそうだよね。こんな魔術一つ使えない小娘、信用しろってほうが無理な話だよ。
「ごめんなさい。今はただ信じて下さいとしか言えないです」
「……そうでしたね。手段は詮索しないという約束でした。わかりました。どうか、ミハエルをお願いします……」
私の片爪を取り、両手でぎゅっと握って祈る仕草をしたあと、女王様も部屋を出ていった。
これで王子様と二人っきり。あの怪物の呪いを解くにしても、この条件は必須だった。
「さてと……サリエル、もう出てきていいよ。……ん? あれ、サリエル……? おーい、サリエル~?」
呼んでも一向に現れないのほほん天使。
ヤバい。もしかして、どっかで離れ離れになっちゃった?
「あっ、なんだいるじゃん! びっくりさせないでよ、もー……」
それでも、焦ってキョロキョロと部屋を見渡しはじめたところでその姿を見つけた。サリエルは部屋の一番奥にあるベッドの傍に立ち、ミハエル王子の寝顔をまじまじと眺めていた。その白い手は目の前の小さな額に触れている。
きっと呪いの影響だろう。苦しそうな寝息を立てている王子様が目覚める気配はなかった。
「この子、特別な人間だ」
「特別な人間?」
「うん! この子は〝勇者〟だよー」
私が駆け寄ってベッドの傍で並ぶと、サリエルはそんなことを言い出した。
勇者? あ、そういえばコロナさんが、リリのことをそんなふうに言ってたっけ。たしか人の導き手とかなんとかって。ってことは、ミハエル王子には王様になる素質があるってことかな。
「普通だったらとっくに死んじゃってるはずなのに、さすがは選ばれし人の子だー♪」
「てかサリエル、話は聞いてたと思うけどさ、この子リリと同じであの怪物から呪いを受けてたみたいなんだ。だから解呪をお願――」
「もう治したよー」
「えっ?」
「おねえさんたち……だ、だれですか?」
「えっ!」
かすれた声に驚いて視線を落とすと、ベッドの上ではミハエル王子が目を覚ましてた。そのままフラフラと上半身を起き上がらせて、私とサリエルの顔を交互に見てくる。かなり戸惑ってるみたいだけど、元気そう。どうやらほんとに解呪は終わったみたいだ。
「からだが、かるい……。もしかしておねえさんたちが、てんしさまですか?」
「えっ!?」
「そうだよー。あたし、天使のサリエル。よろしくね~♪」
ちょっ! こののほほん天使、何認めてるんだ!
あわわ、これはまずい……。サリエルには解呪が終わったらまたすぐに姿を消してもらう予定だったけど、王子様の勘が鋭いってレベルじゃないほどに鋭いし、どうしよう? てか、私さっきから「えっ」しか言ってない気がする。
「あ、あの、王子様……どうして天使のことをご存知なので?」
「ユメのなかで、メガミさまがおしえてくれたんです。もうすこししたら、てんしさまがやってくるって。そしたら、ぼくたちをたすけてくれるともおっしゃってました」
「女神様……?」
んー。よくわからないけど、王子様にはもしかしたらパメラみたいな
「え、えっと……」
いくら相手が小さな子供とはいえ、もうこの状態からうやむやにするのは厳しそうだ。なので、私は王子様には正直に話すことにした。
「ミハエル王子、私は天使じゃなく普通の人間です。冒険者をやってる者で、エミカっていいます。はじめまして」
その場でペコリと頭を下げたあと、私はサリエルを指差しながら続けた。
「んで、先ほど名乗ったとおり、こちらののほほんとしたのが本物の天使でございます」
「あはー♥」
「だけど、このことは女王様も知りません。天使の存在がバレると彼女も私も困ったことになるので秘密にしてるのです。そういうわけでして……どうか、サリエルのことは内密にしてほしいのですが……」
「てんしさまのことは、おかあさまにもないしょなんですね? わかりました。おやくそくします」
おー、なんてお利口さん。それと、リリと同い年ぐらいのはずなのに受け答えがすごいしっかりしてる。さすがは王子様だね。
「マジで助かります。それじゃ、女王様も心配されてると思いますので」
サリエルに再び姿を消してもらってから、私は王子様の手を取って部屋の外に向かった。病み上がりで無理はさせたくなかったけど、自分の足で歩く元気な姿を見せたいと言われては断れなかった。
「おかあさま」
扉を開けて廊下を少し進むと、手を組んで祈りを捧げる女王様の姿があった。
「ミ、ミハエル!? いけないわ、寝ていないと!!」
「もうだいじょうぶだよ。てん――この、ぼうけんしゃのおねえさんがたすけてくれたんだ」
「……」
今、ちょっと危なかったね、王子様。ま、セーフだけど。
「よくお顔を見せて頂戴、ミハエル……。本当に、もうどこも悪くないの? 痛いところや苦しいところは?」
「ぼくはげんきだよ。だからおかあさま、もうしんぱいしないで」
「ああ、夢じゃない。夢じゃないのね……。ミハエル……よかった。本当によかった……」
念のため、お医者さんを呼び戻して診てもらったけど、多少栄養状態が悪いというだけで王子様に目立った問題は見つからなかった。
「あなたには、どう礼を示せばいいのか……」
診察が終わったあと、大勢の従者さんたちがいる前で突然女王様が深々と頭を下げてきたので私は慌てた。
「女王様、顔を上げて下さい! 私なんかすごい悪者みたいになっちゃってますからっ!」
下民の娘にひれ伏す君主。
事情を知らないから不審に思うのも無理はない。だけど、私を見るメイドさんたちの眼差しには相当な畏怖の感情がこもってた。
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