52.墓穴

「ン? 貴様一人なのカ?」


 パメラの存在を警戒してるんだと思う。怪物はしばらく辺りを見渡したあとで言った。


「まさか単独でくるとは、さすがは黒覇者レジェンドヨ。勇敢だナ」


 私は、その一挙手一投足に気を払う。奴がサリエルの気配に気づいた様子は見られない。どうやら透明になる魔法はドラゴンにも有効みたいだ。

 よし、いける。作戦の実行に問題はない。あとは気を引いて、時間を稼ぐだけだ。


「妹を、リリを返して!」

「それはできん相談ダ」

「それなら、リリを攫った目的は何……? 王族の子だからって、魔物のあんたが王様になれるわけじゃないでしょ。世界を征服するみたいなこといってたけど……」

「王族の血など、もはや取るに足らんことダ。貴様らはこの子供の価値を何一つ理解していなイ」

「リリは普通の子供だよ。あ、いや、王女様の子ではあるみたいだけど……それでも、なんか特別な力があるわけじゃないし、誘拐する意味なんてない。あんたは勘違いしてるんだ」

「グハハ、この神々しい光の輪が見えぬとハ。人間とはやはり盲目な生き物だナ」

「光の輪……?」


 ダメだ、この怪物。なんか意味不明なこと言い出した。会話が成立しない。きっと、頭がどうかしてるんだ。


「てか、ずっと一緒に暮らしてきた私がいうんだから、間違いなんてない。リリは普通の――」

使

「――っ!?」


 その単語に、一瞬胸がドキッと高鳴った。サリエルの存在に勘づかれたと思ったから。


「………………」


 それでも依然、背後の祭壇の状況に怪物が気づく様子はなかった。

 天使。

 そして、少ししてようやく、それはリリのことを指して言ったのだと理解する。


「……天使のようにかわいいって意味? それなら同感だよ」

「知識なき人間に教えてやろウ。天使とは比類なき力を持った存在であり、神が神を降りたこの世界にとってはもはや神にも等しき存在であル。すなわちこの子供は神の子であり、また神そのものなのダ」

「はっ……?」


 ちょっと待ってよ。理解が追いつかない。リリが神様の子供で神様で……だから、サリエルと同じ天使?

 あ、ダメだ。すでに王族の血筋うんぬんで限界だったのに、完全に許容範囲超えた。今超えた。てか、この怪物……人様の大事な妹誘拐しておいて、さっきから意味のわからんことばっか並べやがってからに!

 もういいや、会話もめんどくさくなってきた。そろそろ終わりにしよう。

 そもそもこんな馬鹿げた茶番につき合う必要なんてないんだ。王族の血筋を引いていようが、天使だろうが、リリは私の妹。そんでもって私はリリのお姉ちゃんだ。それ以外のことはどうでもいいし、なんでもいい。

 妹を取り返す。絶対に取り返す。

 そして、二度とこんなことにならないようにする。

 もうとっくに準備も整ってる。いい加減、幕引きにしよう。


「ご託の途中で悪いけど、もういいや。終わりにするね」

「クック、わしから妹を取り返すつもりカ?」

「取り返すも何も、もう取り返したし」

「なんだト?」

「疑うなら、後ろ見てみたら?」


 私の誘いに乗って怪物が背後の祭壇を振り返る。それと同時だった。


 ――シュタッ!


 迷わず前方に駆け出す私。

 モグラモドキブーツの効果で弾む大きな一歩。そのまま倒れこみながら、石材の床面に向かって威力最大のモグラクローを放つ。


 ――ボゴッ!


 直後、爪が触れた先から祭壇までの床一面が一瞬で消失した。


「モグラホール!!」


 それは前々から考えてた大技の一つ。てか、早い話が落とし穴。


「なッ!?」


 祭壇にリリの姿がないことに気づいた怪物は、次の瞬間には穴に落ち、さらにその表情を険しく歪める。

 うまくいった。落とし穴は深い。

 だけど、奴にはまだ羽があった。時間を与えたらすぐにでも飛び上がってくることだろう。


「モグラリリース!」


 モグラホールから間髪容れず、立ち上がった私は燦然と輝く物質を左爪から出現させる。それは試練の時に取りこんだ、あの硬いゴーレムの身体だった。

 モグラクリエイトでほどよい大きさの〝杭〟に加工した上、一瞬でリリースする。

 モグラパンチの威力は計り知れない。前回はそれで失敗した。でも、パメラの大剣すら弾いたこのゴーレムの身体なら――


「モグラシュート!!」


 打ち下ろすイメージとともに、右爪でパンチを繰り出す。結果から言えば、七色に輝く杭は砕けなかった。さらには狙いどおり射出されると、落下しまいと上昇しようとしてた怪物の胴体を物の見事に射貫いた。


「グガア”ア”アアアアァァーー!?」


 怪物の表情が驚愕から苦痛に変わる。杭は、落とし穴の側壁に設置された状態で突き刺さっていた。文字どおりに怪物を釘づけにしている。

 追撃のチャンス!


「モグラリリース! モグラシュ――」

「貴ザマア”ア”アアァァーーー!!」


 奴が口を大きく開けて、何か得体の知れない赤い物(たぶん舌だ)を、ビュルンッと飛ばしてきたのが見えたけど、私は構わずにまたパンチを繰り出した。

 次の瞬間、ビンッと張った赤いものの先端がこちらに向かって伸びてくる。ヤバい、と思ったけど、幸運にも相手の攻撃は逸れたみたいだった。


 ――ドズッ!!


 反対に、こっちの二射目は大当たりだった。その大きく開いた口元を貫き、怪物の絶叫すらも封じる。


「リリース、シュート!! リリース、シュート!! リリース、シュート!!」


 そこからも私は一向に手をゆるめなかった。

 再生能力があるかもしれない。頭を潰しても死なないかもしれない。あらゆる可能性を考え、微塵の油断もするつもりはなかった。

 最初から全力で。

 今、出せるすべてをここに。

 穴に向けて、私はモグラの爪を打ち下ろし続ける。


 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!


「ねぇ」


 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート! モグラシュート!

 モグラシュート! モグラシュート! モグラシュ――


「――ねぇ、エミカってば~!」


 もう何十発目かもわからなくなったところで、不意に背後から声が届いた。振り返ると、リリを抱きかかえたサリエルが立っていた。


「そのドラゴン、もう死んでるよー」


 彼女は一心不乱に攻撃を続けていた私に、親切にも教えてくれた。

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