51.天使降臨
「ひぐっ、うぅ……」
「………………」
一ヵ月ほど前のこと。別れ際、この天使と交わした会話を思い出す。
『もし困ったことがあったらね、あたしの名前を呼びながらその羽根を放り投げてー』
『えっ、そしたらどうなるの?』
『あたしが颯爽と駆けつけて、エミカの悩み事を解決するよー!』
そう豪語していたサリエル。
でも名前を呼んだ瞬間、ボンッ、という小さな爆発音が響いて現れたのは、うずくまったままグズグズに泣いてる彼女だった。
まったく颯爽と駆けつけてない。
「ひ、ひぐぅ、ううっー!」
「……サリエル、大丈夫?」
「あふぇ?」
私が声をかけると、天使はようやく顔を上げて泣き腫らした目をこちらに向けた。
「あ、エミカだ! どうしたのー?」
「それはこっちのセリフだよ……」
泣いてる理由を尋ねると、どうやら先日のアリスバレーでの件がバレてしまい、あのあと父親から大目玉を食らったらしい。
「
ギジテキナタマシイ? コウジゲンタイ?
まったく意味がわからないけど、天使には天使のしきたりがあるみたいだった。
「サリエル、そんなことよりお願いがあるんだ!」
「ん、なぁーに?」
時間が惜しかったので、私はその場でリリが攫われた経緯と、誘拐犯がこのダンジョンの
「わわっ、それは大変だー」
「だからね、リリを助け出すのに手を貸してほしい」
「いいよー、何本でも貸すよー♪ あ、でも、今お父さんに強い魔法を封印されちゃってるから、その誘拐犯は倒せないかも」
「強い魔法って、鎧の巨人倒したときみたいなやつ?」
「うん、
いや、リリを巻き添えにしてしまう可能性を考えれば、逆にそれはそれでよかったまである。あんな高威力で広範囲の魔法は却って危険だ。
「それなら前やったみたいにさ、最終階層まで一瞬で移動することはできる?」
「転送魔法は普通にできるよー」
「んじゃ、今すぐ使ってほしい! あ、でも転送先はなるべく敵から離れた場所で!」
「ほんとにいいの?」
「うん、お願い!!」
急かすように何度も頷くと、サリエルは私の希望どおりに転送の魔法(?)を行使してくれた。
――ドウ”ゥ~~~ン。
前回、アリスバレー・ダンジョンの時にも聞いた不気味な異音が響く。次の瞬間、気づけば私たちはゆるやかな斜面の上にいた。
「ここが最終階層?」
「この煙突の一番下にある拡張スペースに飛んだから、ここの設計者が変なことしてなければ合ってるはずだよー」
「たしかに、この恐ろしい感じは間違いなさそうだね……」
切り立った崖から左右は何も見えず、どこまでも真っ暗な奈落だけが延々と続いている。
サリエルの言葉は相変わらずよくわからなかったけど、周囲の雰囲気はまさしく
「なら、リリはあそこか……」
崖の端には松明が等間隔に置かれていて、ゆるやかな坂道を照らしている。そして、その斜面の先にある断崖の頂上には、聖堂のような建物が見えた。
「私が誘拐犯の気を引く。そのあいだにサリエルはリリを助けてほしい」
決戦が迫っているのを直感した私は、考えてた作戦をサリエルに伝える。
「できれば、姿を消せるような魔法があればいいんだけど」
「あたし透明になれるよー」
「え、ほんと!?」
ダメ元だったけど、できるらしい。さすがは天使。なんでもありだった。
「んじゃ、作戦はそれで! リリを助けたらサリエルはそのまま全力で逃げてくれればいいから!」
「でも、あたしがいなくてエミカは大丈夫なのー? 人間って脆いんでしょ? それにその
「ドラゴン……? いや、たしかに羽は生えてたけど、あの本の挿絵とかでよく見る大きくて口から火を吹く奴とはだいぶ姿が違ったよ?」
「それは分類上の〝竜〟だね。しゃべらないならドラゴンじゃないよー」
「えっ、竜とドラゴンって別物なの……?」
疑問符しか浮かばなかったので詳しい説明を訊くと、特殊なモンスターが変質してさらに特異な存在になった奴のことを、天使のあいだではそれらを総称して『ドラゴン』と呼んでるらしい。たぶん、特殊体のさらにすごい特殊体みたいなやつだ。
「後天的に意思を持ったあと、言語で意思疎通できるようになるのがドラゴンの特徴だよ。あたしは鼻がいいから匂いでもわかるけどねー♪」
「人の言葉をしゃべる竜っておとぎ話とかにもたくさん出てくるけど、もしかしてそれって……」
「それはたぶんドラゴンになって地上に出ていっちゃった子の中に、竜の姿をした子がたくさんいたんじゃないかなー? もしくはそれが最初の一匹で、繁殖するか分裂するかして、増えて地上で有名になったとかー?」
ダンジョン内でテイムされたモンスターが、地上で野生化して繁殖してるって話は聞いたことがある。サリエルの言ってることは決してありえない話ではなさそうだった。
「ドラゴンの中にはね、むかし天獄にまできて大暴れした子もいるぐらいだし危険だよー。あたしがいってくるから、エミカはここで待ってたほうがいいと思う」
「危ないのはわかってる。でも、それでも……いかないとなんだ。私は、リリのお姉ちゃんだからね」
「どうしてもいくー?」
「うん、どうしてもいくよ」
「じゃー、手を出して」
「手?」
「すぐ終わるからー」
急ぎたかったけど、サリエルの協力がなければ作戦の成功率はグンッと下がってしまう。私は黙ってその場で左爪を差し出した。
「じっとしててねー」
サリエルが私の爪を両手で握る。彼女が何か言葉を囁いた次の瞬間、真っ白な光が私たちを包んだ。
そのまま光自体はすぐに消えたけど、サリエルが触れてた場所には妙なものが残った。
「できたー、これでもう大丈夫」
「これ、何……?」
さっきまでは絶対になかったと断言できる。私の左手の甲のブヨブヨしたところに、天使の翼を模した刻印が捺されていた。
「エミカを護るお守りだよー♥」
詳しくはわからないけど、きっと身体強化の魔法か何かだろう。ありがたく受け取っておくことにする。
「少し話しすぎたかもだ。急ごう、サリエルは姿を消して私の後ろからついてきて」
「わかったー♪」
直後、ぱっとサリエルの姿が消える。
呼びかけると返事があって、声のした場所に手を伸ばすとプニプニしたやわらかい身体の感触もあった。
「よし、ほんとに透明になってるね」
どうかこの迷彩がドラゴンにも通じますように。そう祈りながらゆるやかな崖を上り切って、私は聖堂のような白い建物の中に入る。
しばらく進むと、やがて怪しげな広間に出た。
直後、真っ先に目に入ったのは祭壇の上でぐったりと横たわるリリの姿。そのすぐ傍では、こちらに背を向けてる誘拐犯の姿も確認できた。
「ほう、随分と早いな冒険者ヨ」
「……」
あえて私がさらに近づいていくと、怪物はゆっくりとこちらを振り返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます