49.決意

 リリは、八年前に失踪した王女様の子供。事件後、検分がはじまった王座の間で、私はコロナさんから事の真相を聞かされた。


「キリル――いや、あの化け物が君の妹を攫った理由は、王家の血筋を狙ってのことだと考えられる。代々王族の家系からは人の導き手として、〝勇者〟という非常に稀有な資質を持った世継ぎが生まれてくることがある。もしかしたらリリはそういった存在だったのかもしれない……」


 王族で、人を導く勇者。普通の子供じゃない。だから、攫われた。


「………………」


 ダメだ。理解が追いつかない。

 何も考えられない。その代わり、さっきからリリの泣いてる姿ばかりが頭の中で回ってた。

 それは、四年前のあの日の光景。まだ私が冒険者になるほんのちょっと前のこと。街に流れる川の傍を歩いてると、幼い子供の泣き声が聞こえた。


『どうしたの?』


 橋の下にいた、今よりもっと小さかった頃のリリ。顔を皺くちゃにさせながら途切れ途切れの言葉で、母親とはぐれたことを話してくれた。

 泣きじゃくってたあの日の表情が今、頭から離れない。何度も何度も声が響いて、その度に心臓を鷲づかみにされたような痛みが走る。

 息苦しい。

 哀しい。

 怖い。

 嫌だ。

 こんなのは嫌だ。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――


「エミカ……エミカ・キングモール!?」


 はっとして顔を上げると、私を見下ろしてるコロナさんと目が合った。そこで、いつの間にか自分が座りこんでた事実に気づく。


「少し意識がないようだったが、大丈夫か?」

「は、はい……」

「本当に、こんな事態になってしまってことを申しわけなく思っている。陛下も謝罪したいと仰っていた。謁見の準備が整い次第、私が知らせにいこう。それまで部屋で少し休むといい」

「でも、私……」

「安心してくれ。リリのことなら心配は無用だ。君主に仕える者として約束する。必ずや、君の妹を取り戻すことを。エミカ、あとは私たち大人に任せてくれ」

「……」


 そのままコロナさんと別れて、私は騎士団のメンバーに付き添われながら貴賓室へ戻った。


「おかえりなさいませ、エミカ様」

「ただいま、ティシャさん……シホルは?」

「残念ながら、まだお目覚めには……」


 シホルはパメラがいったとおり命に別状はなかった。ただ貴賓室に運ばれてからもずっと意識を失ったままだ。

 妹を看るため、私はベッドの隣に椅子を置いて座った。


「シホル様の看病なら私が致します。エミカ様は少し休まれてください」

「いいよ。今、私にできることなんてこれぐらいだし。それにシホルが起きた時、私までいなかったらさ、きっとものすごく不安になると思うから」

「エミカ様……」

「私、何もできなかったんだ。リリが泣いてるのに助けてあげられなかった。シホルがこうして無事なのだって、パメラのおかげだし……」

「リリ様が攫われてしまったのも、シホル様が負傷したのも、エミカ様が悪いわけではありません。どうかご自分をお責めになりませんように」

「ははっ……ほんとダメダメだよ。少しは私もできるようになったのかなって、最近思ったりもしてたけど、肝心な時に何もしてあげられないなんてさ。私、ダメダメなままだった……」


 ――コンコンコン。

 私の言葉がただの独り言に変わりはじめた頃、そこで貴賓室のドアがノックされた。


「トップシークレットだが、お前にだけは伝えておこうと思ってな」

「エミカちゃん、事情はベルから聞いたわ!」


 やってきたお客さんは、ともに王都で知り合った二人だった。


「ベルファストさん、アンナさん……」


 またティシャさんにシホルをお願いして廊下に出ると、扉を閉めるなりアンナさんが私に、ぎゅっと抱きついてきた。


「エミカちゃんのために、今からでも私にできることはあるかしら」

「アンナさん……」

「エミカが贅肉に埋もれて苦しそうだぞ、アンナ。とりあえず離れてやったらどうだ?」

「どういう意味よ!」


 その場で放たれた蹴りがベルファストさんの脛にヒットする。

 たしかに意外とふくよかなアンナさんの胸で息はしづらかったけど、温かい人の肌は思いの外に私の心を楽にしてくれた。


「心配してくれてありがと、アンナさん。おかげでだいぶ落ち着きました」

「エミカちゃんには運輸局を救ってくれた恩があるもの。お望みなら一晩中だって抱き締めててあげるわよ」

「あはは、それはどうも……」


 異性同士だったら問題になりそうなコメントだ。照れてしまいそうだったので、私は話を本題に戻した。


「で、トップシークレットってなんですか?」

「時間がないから単刀直入に説明する。例のキリル大臣に化けていたモンスターの行方がわかった」

「ほんとですか!」

「ああ、目撃した冒険者の証言では、お前の妹らしき幼女も一緒だったというから間違いないだろう……。奴が目撃された場所は、王都の北にある〝黒き竜のダンジョン〟だ。王都四迷宮の内、唯一未攻略のダンジョンでもある。パメラが地下百十一階層まで下りたところだといえば、お前にもわかるだろ」


 えっと、たしかそこで何か問題があって、パメラをダンジョン攻略者として認めるかどうかもめてたんだっけ?



『――出会えなかったんじゃない! どこにもいなかったんだっての!!』



「あっ……」


 !?


「お前も気づいたか」

「も、もしかして、あの怪物……!」

「ああ、俺も奴が最終階層のボスだったのではないかと踏んでいる。人語を理解している上、どういったカラクリで地上に出てきたのかはわからんが……。しかし、予測が正しければ奴は根城の地下百十一階層に戻った可能性が高いはずだ」

「そのために今ね、冒険者と騎士団で混成部隊を編制中なの。私みたいな引退した元冒険者にも召集をかけてね」

「やっぱアンナさんも冒険者だったんですね」

「ええ、こう見えても凄腕の冒険者だったんだから」

「イドモを含めて俺たちは元々同じパーティーで仕事をしていてな。王都にいる他の元メンバーにも声をかけている最中だ」

「だから安心して、エミカちゃん。あなたの妹さんは、必ず私たちの手で取り戻すから」

「……」

「そろそろ時間だ。エミカ、俺たちはもういく」

「また何か進捗があれば知らせにくるからね!」


 私は無言で頭を下げて、去っていく二人を見送った。シホルが目を覚ましたのは、それから貴賓室に戻って少し経ったあとだった。


「エミ姉、リリは……?」


 言葉に詰まりながら、私はリリが攫われたことと今のこの状況を説明した。


「リリが王女様の子供って、やっぱり本当だったんだ。夢じゃないんだ……」

「ごめん。私が二人を王都に連れてきたせいで、こんなことになって」

「エミ姉が謝ることじゃない! 私だってリリの傍にいたのに、守ってあげられなかったのは同じだよ……」

「みんなね、手を貸してくれるって。今、リリを助けるため、大勢の人が動いてくれてる。だから、私は安心して待ってていいって」

「うん」

「でも、でもね、私は……」


 危険なのはわかってる。シホルが私に危ないことをしてほしくないと思ってることも、知ってる。

 それでも、私は――


「私はね……自分の手で、リリを助けたい! 私はあの子の、お姉ちゃんだからっ!!」


 現実的な話、大勢の人が動いてくれてるのはリリが王族の子だからだ。

 でも、私にとってリリは妹で、大切な家族の一人。

 他の人とは立場と責任がまるで違う。

 ここで黙って待ってるなんてありえなかった。


「ごめん、シホル……だからね私――」

「わかった、いってきて」

「へっ?」


 予想もしてなかったシホルの即答に、思わず気の抜けた声が漏れる。


「……止めないの?」

「どうせエミ姉は止めてもいくでしょ? それに、ここで大人しく待ってるなんて言い出したら、それはそれで私エミ姉のお尻引っぱたいてたかも。そんなふうにくよくよするエミ姉なんて見たくないし」

「シホル……」

「でも、一つだけ約束してね。必ずリリを助けて、エミ姉も戻ってくるって。私、リリがこのまま帰ってこないのも嫌だし、リリを助けるためにエミ姉が死んじゃうのも絶対に嫌だよ。これからも、三人一緒がいい。こんなこと自分で言うのもあれだけど……私、今までわがまま一つ言わない良い妹だったよね? だから、今日だけは自分勝手なこと言わせて」

「うん」

「エミ姉、たとえどんなことがあっても必ずリリと一緒に帰ってきて」

「わかった。約束するよ」

「絶対だよ。約束だから……」


 私は何度も頷いたあと、今にも泣き出しそうなシホルの手を、ぎゅっと握りしめた。

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