48.乱入

「お前たちが戦ったゴーレム、あれを仕掛けたのはキリル大臣だ」

「キリル大臣って……あ、認定会議のときにいた、あのおじいちゃんですか!?」

「ああ、未だに信じられん……。だが、大臣はなんらかの目的があってお前たちの抹殺を企てたようだ」


 王座の間に向かう途中、ベルファストさんはこの数日かけて調べたことを話してくれた。一昨日、私から存在しないゴーレムの件を聞いてすぐ、青き竜のダンジョンで調査を行ったのだそうだ。


「エミカの言葉を裏づけるように、最終階層で僅かにながら召喚術式の痕跡を発見した。しかも、それは術者が何十人も必要になるような、非常に大掛かりな代物だった可能性が高い」


 さらに調査を進めたベルファストさんはそのあと、試練の前夜にキリル大臣がダンジョンを訪れていたことを突き止めた。口止めされていた入口の衛兵の証言では、護衛も連れずに事前調査の名目だったという。


「その時点ではまだ疑いの段階だった。しかし、今し方城に戻ってきてラッセル団長と会い、捕縛命令が出たという話を伺って疑念が確信に変わった」

「私に直接命令を出したのはキリル大臣でした。女王陛下の緊急の命として可及的速やかにあの場所まで御三方を連れ出し、エミカ様を捕縛するようにと……。今考えれば、不自然な点は多々ありました。しかし、キリル大臣は女王陛下の腹心中の腹心です。まさか、そんな虚偽の命令を出すとは夢にも思わず……」

「オレを含めてゴーレムで抹殺しようとした理由はまた別にありそうだが、今日エミカを牢屋にぶちこんだのは妹たちと引き離すためか? たしかにそう考えると、大臣の野郎の狙いはシホルとリリってことになるな」

「そ、そんなっ!?」


 だからさっき、ベルファストさんは妹たちが危険かもしれないって言ったのか。

 でも、どうして妹たちが? 二人とも、普通の子だよ……。


「だがよ、まだ女王もグルって可能性あるよな? 女王が全部大臣に命じてやらせてるだけかもしれねーぞ」

「少しは口を慎め、パメラ。女王陛下がこんな蛮行に手を染めるはずがないだろ」

「けっ、どうだかな。即位してから黒い噂もけっこう聞いてるぜ? まー、それもすぐにはっきりするか……よし、見えたぞ! あの扉だ!」


 パメラが指差す先には、彫刻で獅子の紋様が施された大きな両扉があった。どうやらその先が王座の間みたい。

 加速して一気に先頭に立つと、パメラは例の大剣を出現させながらに叫んだ。


「ぶち壊して一気に突っこむぞ!」

「おい、待てっ!」


 ベルファストさんの制止を聞かず、床を蹴ってさらに加速したパメラは白い大剣の腹を扉に向かって叩きつけた。


 ――ドッガァン!!


 粉砕される両開きの扉。そのまま広間へと続く道に、私たちは一斉に雪崩れこむ。

 直後、悪夢のような光景が目に飛びこんできた。


「あっ!」


 宙を飛ぶ小さな身体。

 同じ紅蓮の髪。すぐにそれがシホルだってわかった。


「くっ、間に合え!」


 誰よりも早く反応して駆け出したのはパメラだった。彼女は大剣を消すと同時に両足から滑りこむと、落下してきた妹の身体をギリギリのところで受け止めた。


「無事かっ!? おい、シホル!!」


 ほっとしたのも束の間だった。呼びかけに応じず、ぐったりしたシホルの姿を見て、私は慌てて駆け寄った。


「シホル!? お姉ちゃんだよ、返事して!」

「落ち着け、エミカ。大丈夫だ……ちゃんと息はある」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、気絶してるだけだ。それより、今は……」

「ほう、数日前から何やら嗅ぎ回っていたのは知っておったが、予想以上に早かったな。しかし、残念ながらそれでも一歩間に合わずじゃ。惜しかったの、勇敢な冒険者諸君」


 声に反応して顔を上げると、両手をついて倒れてる金髪の女の人と、コロナさん(!?)の姿が見えた。

 そして、その二人の視線の先には――


「あっ!!」


 この場にコロナさんがいることにも驚いた。でも、次の瞬間、それを打ち消すほどの衝撃的な光景が私の目に入る。

 王座の間の中心ではリリが、キリル大臣に捕まっていた。


「ひぐっ……お、おねーちゃん……」


 皺くちゃな手で首元を押さえられて、今にも泣き出しそうなリリ。反射的に妹に駆け寄ろうとするも、すぐにベルファストさんに腕をつかまれた。


「放して!」

「相手が何をするかわからん。今飛びこむのは危険だ」

「でも、リリが!!」

「ほっほ。ベルファスト会長の言うとおりにすべきです、エミカ・キングモール。わしはな、あなたとそちらのお嬢さんには特に動いてほしくない。少しのあいだ静かにしていてもらおうか」

「キリル大臣、一体なんのつもりですか! 今すぐその子を――姉さんの子を放しなさい!!」


 そこで不意に倒れていた女性が起き上がった。怒りを爆発させているその姿からは、気高さと威厳が感じられる。

 もしかしたらこの人が、女王様? でも、姉さんの子って……?


「女王陛下、残念ながらその命には従えません。この子供は今後の計画に必要ですので」

「あなた何を考えて……まさか、その子を利用して王国ミレニアムを支配するつもりですか!?」

「はっは! これはこれは、何を言うかと思えば今さらそのような瑣末なことを。これだから物の価値のわからぬ小娘はいけませんな」

「キリル大臣! いくら貴殿とはいえ、これ以上の不敬と蛮行を見過ごすわけにはいかない! 大人しく従わぬならこの場で力尽くで取り押さえることになるぞ!!」


 警告を発したのは女王様の隣にいたコロナさんだった。そのまま彼女はキリル大臣の前に立ち塞がると、いつでも飛びかかれるように構える。


「あいつ勝手に出しゃばりやがって! おい、騎士団長さんよ、エミカの妹を頼む!」

「はっ、お任せください!」


 パメラが駆け出したので、私とベルファストさんも急いでそのあとを追う。シホルの状態も心配だったけど、今は捕まってるリリの救出が先。そのままコロナさんを含めた四人で、私たちはキリル大臣を取り囲んだ。


「ほう、ファンダイン家の諜者に、王都冒険者ギルドの会長、そして黒覇者レジェンド候補者が二人とは。これまた驚異的な包囲網ですな」

「キリル大臣……あなたには試練の際、冒険者を恣意的に抹殺しようとした嫌疑がかけられている。ギルド会長として事情を伺いたい」

「それは〝バサラゴーレム〟のことか? 虎の子の一体だったんじゃが……まさか倒されるとは思わなんだ。やはり、力を持ち過ぎた冒険者ほど厄介な者はおらんな。あの場でしっかり後顧の憂いを絶っておきたかったのじゃが」

「嫌疑を認めるんだな、このハゲ爺!」

「諦めて投降しろ、もう貴殿に逃れる術はないぞ!」

「リリを返して!!」

「おねーちゃん!!」

「……やれやれ、うるさい虫けら共じゃ。とても敵わん。なんで、そろそろわしは御暇させてもらおうかの」


 逃走を宣言するキリル大臣。この状況で一体何をするつもりか。いや、何もできるはずがない。絶対にただのハッタリだ。

 でも、その場にいた誰もがそう思った瞬間だった。


 ――ビリ、ビリビリビリッ!!

 ――バキ、バキバキバキバキッ!!


 突然、キリル大臣の身体に異変が起きた。


「なんだ!?」

「様子がおかしいぞ!」

「全員下がれ!!」

「……こ、これって!?」


 頭からはヤギのような二本の角が、背中からは黒くて禍々しい羽が、見る見るうちに、生えていく。

 そして――


 ――バサッッ!!


「クックック、この姿に戻るのも実に久し振りだナ……」


 大きく裂けた口元から覗く、鋭い牙。黒く染まった眼球の中心にある、赤い光。縦も横も倍ほどに膨れ上がった全身は、光沢のある鱗で覆われている。

 その姿はまさに、怪物そのもの。黒い羽を広げた老人は、もう元の人間の姿を一切保ってなかった。


「キリル大臣!? あ、あなたは一体いつからそんな姿に!?」

「いつからだト? わしは誕生してから此の方ずっとこの身体ダ」

「ず、ずっと……?」


 唖然とする女王様に、異形の姿となったキリル大臣は饒舌に語りはじめた。


「まだわからぬカ。愚かな人間の女王メ。本物のキリル大臣など疾っくの昔に死んでいル。貴様の父親が死ぬよりも前にナ」

「なんですって!?」

「クック……この際だ、全て教えてやろウ。七年前、キリル大臣に成り代わったわしはお前の叔父を誑かし、当時王だった貴様の父を暗殺するように仕向けたのダ」

「う、嘘よ……でたらめを言わないで! 叔父様がそんなことするはずがない!!」

「お前の叔父は心の弱い人間だったのサ。その証拠に新しく王となったお前の叔父は、良心の呵責に苛まれ平静を失っていっタ。人間性を失うほどにナ。それはお前もよく知っていることだろウ?」

「嘘よ、嘘だわ……」

「いけません、陛下っ! このような化け物の戯言に耳を傾けては……!」

「使い物にならなくなった先代を処分したあと、わしはもう一度この国を裏から操るため、お前に手を貸しタ。クックック、この四年間は実に滑稽だったゾ? 夫を殺し、息子を呪った相手とは露知らず、貴様がわしに全幅の信頼を寄せる姿はナ」

「そんなっ!? ま、まさか……あの人の事故も、ミハエルの病気も……すべてあなたが仕組んだことだというの!?」

「ククッ、そうダ。心の拠り所をなくした貴様が、わしにより依存するよう仕向けるためにナ」

「そ、そんな! そんなことって……!」


 女王様はよろめくと、また両手をついて倒れてしまった。


「陛下!」


 コロナさんが持ち場を離れた。同時、包囲網が崩れたことで注意が逸れる。その隙を、目の前の怪物は見逃さなかった。


「神々の恩恵を我が物とするため画策を進めてきたが、最早それも必要なシ……!」


 黒い羽を振動させて一瞬で宙に舞い上がると、怪物は私たちを見下ろしながら勝ち誇ったように哄笑を響かせた。


「グハハハハッ! わしはで世界を統べ、魔の王となろうゾ!!」

「ふざけんなよ、このハエ野郎が! 今この場で叩き潰してやるぜ!!」

「よせ、パメラ! エミカの妹ごと斬るつもりか!?」

「くっ……!」

「グハハハッ、宿命としていつかまた相見えることもあるだろウ! そのときまでさらばダ、冒険者諸君ヨ!!」


 羽を振動させながら、怪物は直立状態ですっと後方へ移動していく。その最後の一瞬、私は捕らわれの妹と目が合った。


「おねーちゃん、たす――」


 ――ガッシャーーン!!


 直後、響いたのはガラスの割れる音。

 天井近くのステンドグラスを破壊し、黒い羽を広げた怪物はものすごい速さで空へと飛び去っていった。


「リリ……」


 すぐには幼い妹が攫われた事実を呑みこめず、私の頭の中は真っ白になった。

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