45.再会
「ファンダイン!? も、もしかして……コロナさんの!?」
「は? お前、
――コロナ・ファンダイン。
――パメラ・ファンダイン。
ただ偶然に、ファミリーネームが同じだったわけじゃなかった。
「やっぱり!? さっきもね、ちょっと誰かに似てるなって思ってたんだ! あーそっかそっか、コロナさんかー!」
「あいつは、オレの姉だよ……。んで、あいつとお前はどういう関係なんだ?」
「あ、えっとね、それがもう四ヵ月ぐらい前になるんだけど――」
とりあえず暗黒土竜の件とかは省きつつ、コロナさんが恩人であることを説明。そのあとで私は彼女に連絡を取れないかパメラに訊いた。こうして王都にやってきた挙句、偶然その妹とまで知り合えたのはもう何かの縁を感じる。ここまできたらせめて挨拶ぐらいはしておきたかった。
「ちっ、しかたねーな……。あいつとの連絡がついたら使いを出す。それまで大人しく城で待っとけ」
「ありがとー!」
あまり乗り気じゃないのか嫌な顔をするも、パメラは私のお願いをあっさり聞いてくれた。そのまま馬車で城に戻って貴賓室でゆっくりしてると、さっそく使いの人がやってきて手紙を持ってきてくれた。
差出人はコロナさん本人だった。均整の取れた綺麗な字体で、挨拶とともに家のディナーに招待する旨の内容が書かれてあった。
都合としては今晩がいいらしい。シホルとリリも是非一緒にとのことだったので、私はラッセル団長に事前の承諾をもらったあと、すぐに今晩お宅に伺わせてもらう旨の返事を書いて使いの人に渡した。
「わー、きれいー!」
「この服、絶対高いよ……」
「お二人とも、よくお似合いです」
家におじゃまするわけなので、ティシャさんにシホルとリリのおめかしを頼んだ。スベスベのきれいなドレスに、煌びやかなアクセサリー。着飾った二人はまるで貴族のお嬢様たちみたいだった。
「やー、やっぱ二人とも素材がいいね。私じゃこうはならないよ」
「あの本当にエミカ様はよろしいのですか? 一応ご用意はしておりますが」
「いいんですいいんです。私なんかが着飾っても意味ないし、着られるドレスがかわいそうって話ですよ」
「そんなことはありません。とてもお似合いになると思いますのに」
「あはは、ありがとう。でも、ほんと私はいいので」
自分のことは自分が一番よくわかってる。私が着飾ったりなんかしたら、きっとコロナさんだってびっくりしちゃうよ。
そして、支度を終えて夜。私たち姉妹は王立騎士団の馬車で手紙にあった住所へと出向く。場所は城の南東側で、豪壮な邸宅が並ぶ住宅地。
その中でも一際大きなお屋敷がコロナさんの家だった。
「わー、ごうていだぁー!!」
「リリ、夜だから大声出さないの」
「はーい!」
「返事も静かにね」
はしゃいで駆け出そうとするリリをシホルが注意する。私が王都で穴掘ったり、ダンジョンでゴーレム倒したりしてるあいだ、すっかりお姉ちゃんが板についたみたい。
でも、今日はシホルにも楽しんでもらわないとね。
「リリ、迷子にならないようお姉ちゃんと手を繋ごう」
「うんー♪」
嬉しそうな返事とともに小さな手が私の爪を握ってくる。このお姉ちゃんお姉ちゃんしてる感じ、なんか久々だ。
でも、一ヵ月近くほとんど構ってあげられてなかったし、それも当然か。
敷地の門を潜ると、私たちは出迎えてくれた初老の執事さんと若いメイドさんに待合室へ案内してもらった。部屋では壁に沿ってずらっと並べられたソファーの奥で、パメラが足を組んで座ってた。なんかものすごいムスッとしてて機嫌が悪そう。何か嫌なことでもあったのかな?
「パメラ!」
「おう……」
「こんなに早く連絡取ってくれてありがとね! 私もいつまで王都にいられるかわからないから、ほんと助かったよー」
「礼はいらねーよ。それより、その小さいの二人がお前の妹か?」
はっきり言えば、パメラよりもシホルのほうがたぶん背は大きいだろうけど、細かいことなので口には出さないでおく。代わりに私はパメラに二人を紹介した。
「シホルとリリ。私の自慢の妹たちだよ!」
「こんばんは、姉がお世話になっております」
「おります!」
「オレはパメラだ。お前らの姉ちゃんと同じで冒険者をやってる者だが、まーよろしくな」
「ねぇねえ、おへそでてるよー? さむくない?」
「鍛えてるからな。冬でもへっちゃらだ」
「こら、いきなり失礼でしょ? パメラさん、ごめんなさい」
「ははっ、そんくらいで別に怒りゃしねーよ。気にすんな、えっと」
「下がリリで、上がシホルだよ」
「ああ、おっけー覚えた」
――コンコンコン。
そこで不意に響くノック音。次の瞬間、扉が開いて私服姿のコロナさんが入ってきた。
「エミカ・キングモール!」
「コロナさん、お久し振りです!」
約四ヵ月振りとなる再会を果たし、私たちは部屋の中央でお互いの手を握り合った。
「壮健で何よりだ。しかし、妹から
「うっ、それは話せば長くなる話でして……」
「そうか。ならばそれは食事の際にゆっくり訊くとしよう。しかし、こうして再会できたこと本当に心の底から嬉しく思うぞ、エミカ・キングモール」
「はい! 私もまた再会できてほんとに嬉しいです!」
「けっ、大袈裟な奴らだな」
そこで不意にパメラが後ろから悪態をついてきた。そのまま私とコロナさんを追い越して、扉のほうに向かっていく。
「ん? パメラ、どこいくの?」
「もうオレの役目は終わっただろ。帰るんだよ。てか、これで貸しはチャラだかんな!」
どうやらゴーレムの件をまだ気にしてたみたい。私の頼みをあっさり聞いてくれたのもそのせいか。ピンチを助けられたのはお互い様なのにな……。
「待て、妹。エミカはお前の客人でもあるだろう。それに久し振りに帰ってきたんだ。お前も食卓に座っていけ」
「はっ? 冗談だろ、一緒にメシなんか食えるかよ」
「ならば、せめて父上に――」
「もっとお断りだ!」
パメラは怒鳴ると、そのまま部屋を出ていってしまった。少し遅れて大きな音を立てて扉が閉まる。
そこからしばらく、待合室には沈黙が流れた。
あれ? もしかしてコロナさんとパメラって、仲悪いの? なら、私がお願いした時、パメラが乗り気じゃなかったのも……。
「済まない、妹が失礼をした。少しわけがあってね。今のとおり、私たちはあまり良好な関係ではないんだ」
「えー、なんでー? わたしはおねーちゃんとも、しーちゃんとも、なかよしさんだよ?」
「ああ、家族は仲良くあるべきだ。私も君たちのようにあれたらと思っているよ。……久し振りだね、リリ。元気だったかい?」
「うん、げんきだよ!」
「ふふ、そうか。シホルも元気そうだね」
「はい。お久し振りです、コロナさん。今日は私たちまで招待してくださってありがとうございます」
「エミカを呼んでおいて、その最愛の妹たちを呼ばないわけにはいかないさ。今日は我が家のシェフに頼んで特別なディナーを用意している。シホルの料理に敵うかは厳しいところだが、三人とも存分に堪能していってくれ」
「うっ、またそうやって私をからかうんですね……」
苦笑いを浮かべるシホルに場が和んだあと、王都にきてからの生活について話しながら、私たちは大きな食卓のある部屋に移動した。
テーブルの端側に四人で座り、運ばれてくる料理を味わう。今まで口にしたことのない食感や、独特な風味の皿が次々に運ばれてきた。美味しいし、見た目も華やかでなんか面白い料理だ。
シホルも興味深そうに、一品一品を味わって食べてた。
「このオードブル、香りと風味がすごい。こんなスパイスがあるんだ……」
「遠い東の国から取り寄せたものらしい。日持ちもするだろうし、使ってみたいのならば少し譲ろう」
「え、いいんですか?」
「ああ、構わない」
「で、でも、エミ姉……」
「ん? えっと、せっかくだし、ここはご厚意に甘えさせてもらおうか。私もこの料理また食べてみたいし」
「決まりだな。あとでシェフに用意させよう」
「……コロナさん、ありがとうございます」
魚料理、肉料理と堪能してデザートまで味わって、食後のお茶を飲んでゆっくりしてると、話題はパメラの話になった。
「試練のとき、妹が君に迷惑をかけなかったか?」
「いえいえ、まったく!」
むしろ私が迷惑をかけちゃったほうだ。
「それならいいが、今後もし何かあったら遠慮なく言ってくれ。あの妹は普段から各所に迷惑をかけているみたいでね。
「コロナさん、他にもご
「ああ。自分でこう言うのもなんだが……中々に複雑な家系でね。姉妹はたくさんいるんだ。皆、腹違いのだがね」
「……え? それじゃ、パメラとも?」
「幼い頃からこの屋敷で一緒に育ったが、我々は母親が違うんだ。例外なく全員が全員、その母の顔すら知らないがね」
「……」
他人が踏み入っちゃいけない、家庭の事情って奴っぽかった。
ま、こんなに立派な屋敷を王都に持つ名家なわけだから、子供の私が想像もできないようなことが色々とあるんだろうけど。
でも、それより気になるのは、コロナさんがそこまで警戒するほどパメラって悪い子なのかな?
たしかに認定会議に現れた時はびっくりしたけど、試練では悪態つきながらも助けてくれたし、複雑な家の事情を顧みずこうやってコロナさんとも引き合わせてくれた。やっぱ、根はすごくいい子だと思う。
「ところで、そろそろ
「あ、えっと、それについては実は私も何が何やらでして……」
誰であろうとサリエルのことは言えないので、結局ダンジョン攻略の話については知らぬ存ぜぬを貫くしかなかった。
ううっ、なんか最近ずっとこのパターンで嘘を吐いてる気がする。真実を言えないってつらいね。まったく、あののほほん天使に文句を言ってやりたいよ。
あ、そういえばもらった羽根、万一のときを思って出発前荷物に突っこんでおいたっけ。なら、今夜辺り呼び出してこの怒りをぶつけ……いや、ダメだ。やめとこう。だって呼び出したら最後、またろくなことにならないのは目に見えてるし。
「部屋も用意しておいた。今日は宿泊していってくれ」
ディナーも終わり、その日はファンダイン家に泊めてもらえることになった。別室で待機してる王立騎士団の人には、コロナさんが直接伝えておいてくれるというので、私たち姉妹は先にお風呂を借りることになった。
身体と髪を洗い、お城で使わせてもらってるものよりも一回り大きな浴槽に浸かる。十分温まったところで私たちは湯船から上がった。
「はーい、フキフキしましょうねー」
「やーだー!」
「あっ」
浴場から出て、先にリリの身体を拭いてあげようとしたら逃げられた。すぐにタオルを巻いて追いかける。
「おっと」
でも、脱衣所を出たところでリリは、ちょうどやってきたコロナさんに捕らえられてた。
「こんな場所で走ったら危ないぞ。しかも裸じゃないか」
「だって、おふろきらぁーい!」
「やれやれ……エミカ・キングモール、そこのタオルを取ってくれないか?」
「え? あ、はい」
私がタオルを手渡すと、コロナさんはリリの身体を拭いてくれた。コロナさんの拭き方がいいのか、リリはあまり暴れない。
「次は頭だな」
そのあと脱衣所にあった風を出す小型の魔道具まで使い、髪までしっかり乾かしてくれた。
「それ便利ですね」
「ああ、これは髪用の乾燥器だ。風の魔術印と炎岩を組み合わせて作られている」
コロナさんの話では、最近王都で売られはじめた発明品らしい。
おー、いいな。帰る前に例の餞別の残りで買っておこうかな。モグラの湯に置いておけば若い女性のお客さんとかは喜びそうだし。
「よし、終わったぞ」
最後にブラシで髪を梳かしてもらったリリは、嫌がるどころか目を細めて気持ちよさそうに船を漕いでた。
「……」
ちょっとお姉ちゃんとしては複雑だよ。でも、今まで私の拭き方が乱暴だったのかも? 今度からはもうちょっと優しくを心がけてみよう。
そのあとコロナさんが持ってきてくれた寝間着に着替えて、私たちは脱衣所を出た。
「それじゃ、私たちは先に部屋にいってるね。コロナさん、今日は色々ありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
シホルとリリの案内をメイドさんに任せて、私はコロナさんと少し立ち話をした。
「しかし……まさか、こんな早いとは思わなかった」
「ん? 何がですか?」
「前回、私が言ったことさ。君が歴史に名を残すほどの人物になると予言したろ?」
「でも、完全に間違いなんですよ? 私自身が何かを成し遂げたわけじゃないです……」
「それでも、君は試練を乗り越えたんだろ。そして大勢に認められた。経緯はどうあれ、君がもう選択できる立場にあることに変わりはない。きっと望めば、これからいくらだって手に入れられるだろう。富も、名誉も、権力も。なんだってね。エミカ、偉人となった今、君は何を望む?」
「……」
望むものか。
てか、私、何がほしいのかな?
お金? 栄光? 権威?
「うーむ。なんか、どれもピンッとこないな……」
少し前の自分だったらお金にはもっと飛びついてた自信がある。だけど、二億の借金があっても普通に暮らせてるせいか、もう金銭感覚とか色々おかしくなってる気がするよ。
「今とりあえず欲しいのは、さっきの小型乾燥器かな……? あ、そうだコロナさん、あれって王都のどこの魔道具屋さんで売ってるんですか?」
「……拍子抜けする答えだが、なんだか君らしい答えで少しほっとしたよ。よし、店には明日にでも私が案内しよう」
「やった、コロナさんとお買い物ー!」
そのあともしばらく、私たちは和気あいあいと楽しく立ち話を続けた。
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