46.授章式

 翌日、ファンダイン家からお城に戻ってくると、貴賓室ではベルファストさんがティシャさんの淹れた紅茶を飲んでくつろいでた。


「どうしたんですか?」

「授章式の日程が決まったんでな、知らせにきた」


 日にちは明後日で、場所は城内の王座の間で行なうという。


「それが終わったらアリスバレーに帰ってもいいんですよね!」

「ああ。だが、式には女王陛下もお見えになる。くれぐれも失礼のないようにな」

「えっ、女王……?」


 あれ? 王様じゃないの? 女王ってことは、王様の奥さんがくるってことだよね? あ、いや、でもそれならきさき様って言うはず。


「お前、まさかとは思うが……」


 首を傾げながら頭上にたくさんの「?」を浮かべてると、ベルファストさんに常識のなさをたしなめられてしまった。


「自国の君主だぞ? いくら子供とはいえ、それくらいは知っておかないとダメだろ」


 どうやら先代の王様は事故で四年前に亡くなられてしまったらしい。それで今は、先代国王の姪に当たるミリーナ女王が国を治めてるんだそうな。いやー、ベルファストさんの話は勉強になるねー。


「お前の非常識を失念していた。パメラも大概だが、お前はお前で大いに問題ありだ」

「あっ、そうだ、ベルファストさん! パメラって今どこにいるか知ってますか?」


 不意に名前が出たので昨日のことを思い出す。あれでお別れというのもなんか嫌だったので、彼女の居所を知りたかった。


「居場所は知らんが、あいつなら今朝ギルドで噂になっていたな」

「噂?」

「なんでも〝黒き竜のダンジョン〟に篭って、相当無茶な実戦を繰り返しているらしい。目撃されたのも深層部って話だったからな。しばらくは戻ってこないつもりかもしれん」

「……」


 有言実行。しかも昨日の今日で、ほんとに鍛え直してるんだね。


「やっぱ、ゴーレムにやられたのがショックだったのかな」

「ゴーレム?」


 今度はベルファストさんが首を傾げたので、私は青き竜のダンジョンの最終階層であったことを説明した。


「運よく相性のいい相手だったからよかったですけど、そうじゃなかったら私もパメラもやられてましたよ。てか、出来レースなら出来レースらしく難易度をもうちょっと考えてほしかったです」

「いや、さっきからお前なんの話をしているんだ?」

「いやいや、だからゴーレムですよ、ゴーレム! パメラはクリスタルゴーレムの特殊体とかなんとかって言ってましたけど?」

「……」

「ベルファストさん?」

「エミカ……そのゴーレムは本当に、のか?」

「んー、倒せなかったというか、そもそも普通の攻撃じゃダメージを与えられないって感じでしたよ? パメラの大剣すらまったく効いてませんでしたし……って、なんでそんなこと私に訊くんです?」


 なんか変だった。かけ違いのシャツのボタンのような、妙な齟齬を感じる。


「……急用を思い出した」

「え?」


 結局、こっちの質問には答えずベルファストさんは帰ってしまった。


「なんだったんだろ? ま、いっか」


 次の日は丸一日、シホルとリリと一緒に王都見学を楽しんだ。

 私が地下道を掘ってるあいだ、騎士団の人たちとあっちこっち回ってた二人は、代表的な観光名所はもちろんのこと、地元の人しか知らないような穴場の大衆食堂まで詳しくなってた。なので案内役はシホルとリリに頼んで、私は王都見学を満喫。久々にまったり過ごせて気分をリフレッシュできた。

 そして、翌日。


「どれも大変よくお似合いですね」

「……」


 授章式当日を迎えて、想定外の悲劇は起きた。女王様の御前では絶対に正装じゃないといけないらしい。そのため私は着せ替え人形となりティシャさんの成すがままにされてた。


「しかし、やはりエミカ様にはこの情熱的な色が一番かと」

「ううっ……」


 数十着ほど試着した結果、ようやく肩の部分が露出した真っ赤なドレスに決定。そのあと髪を結われ、金色の髪飾りを装着させられ、ヒールのついた靴まで履かされた私は、そのまま姿見の前に立たされた。


「………………」


 うん。

 誰だ、お前は?


「ガ、ガガガッ――」


 あ、ダメだ。精神が持たない。

 とてもじゃないけど、自分で自分を直視できなかった。


「我ながら完璧です」


 そう言って胸の前でこぶしをぐっと握るティシャさんは、ものすごく満足気でやり遂げた顔をしてた。


「う、ううっ……絶対似合ってないー!!」

「そんなことありません。エミカ様はもっとご自分に自信を持たれてください」

「そうだよ、エミ姉。冗談抜きでものすごく大人っぽくて綺麗だよ? よく知らないお姉さんみたいで、ちょっと怖いぐらいだもん……」

「おねーちゃん、きれー! でも、おねーちゃんじゃないー、だれー?」

「ほら、エミカ様。シホル様もリリ様もこう仰ってますよ」

「……」


 身内の評価ほど当てにならないものはないよ。

 あ、いや、でもシホルもリリも……人の顔を見てお世辞を言うような子じゃないか。なら、自分が思ってるよりは、まだ多少はマシなのかな?

 勇気を出して、私は鏡の前に立った。そのまましばし自分の姿を見つめてみる。


「むむぅ……」


 くるっと回ったりしてるうちに、やがて恥ずかしい気持ちよりも諦めに似た気持ちが勝っていった。

 ま、これで最初で最後。それに、裸で出席するよりはマシだと考えれば……。

 ――ドンドン!


「エミカ様! エミカ様はいらっしゃいますか!?」


 そこでノックの音が響くと、いきなり貴賓室の扉が開いた。誰かと思えば現れたのはラッセル団長だった。


「着替え中ですよ」

「こ、これはとんだ失礼を!」


 冷たい声でティシャさんが苦言を呈すると、ラッセル団長は慌てて顔を伏せた。


「あ、大丈夫ですよ。もう着替え終わりましたから。てか、すごい慌ててますけど何かあったんですか?」

「はっ。それが……授章式の前に、女王陛下が大事なお話があると仰っておりまして」

「え、私に?」

「はい。しかしエミカ様だけでなく、妹様たちも一緒にということでして……」


 シホルとリリも一緒にって、なんでだろ? 女王様、もしかして子供好き? んー、リリが失礼なことしちゃうかもだし、できれば断りたい。でも、女王様の申し出か……。


「えっと、二人とも大丈夫? これから女王様とお話しすることになりそうなんだけど」

「うーん。大丈夫だけど、大丈夫じゃない……かな」

「わーいわーい! じょおーさまー!!」


 結局、そのあと三人で貴賓室を出て、女王様の部屋へ向かうことになった。ティシャさんも私たちについてきてくれようとしたけど、ラッセル団長に止められてた。どうやら女王様の指示で、私たち以外は絶対に連れてこないよう言われてるらしい。


「こちらです」


 貴賓室を出て、塔のある城の中心部を目指す。途中で二度ほど階段を上って、かなり広い廊下に出た。そこで待機してたのは武装した騎士。その数、十名ほど。彼らは素早く隊列を組むと、剣を抜き、無言のまま私たち姉妹を取り囲んだ。


「え?」


 突然のことに頭が追いつかない。


「エミカ様……」


 私が驚きのあまりそれ以上声を発せないでいると、ラッセル団長が申しわけなさそうに言った。


「我々は女王陛下より、あなたを速やかに拘束するよう命じられております」

「はい?」

「こ、拘束!?」


 シホルが不安そうに声を荒らげる。

 それで少しだけ、私は我に返ることができた。落ち着け落ち着け落ち着け、と心の中で自分に何度も言い聞かせる。

 とにかく今は、この状況を呑みこんで対応を間違わないこと。それだけに注力しないといけない。


「何卒抵抗なさらず、ここからはお一人でついてきて頂きたく」

「……私が大人しく従えば、妹たちには危害を加えないってことですか?」

「無論です。我々はエミカ様を捕らえるよう、命令を受けているだけですので……」


 よかった。やっぱ狙いは私だけみたいだ。


「わかりました、ついていきます。もちろん抵抗もしないです」

「エ、エミ姉っ!」

「おねーちゃん、どこいくの……?」

「二人とも心配しないで大丈夫だよ。たぶん、ちょっとした誤解だと思うから」


 正直に言えば、絶対についていきたくはなかった。

 でも、ここで抵抗すれば、シホルとリリに危害が及ぶかもしれない。それを考えれば選択肢は一つだった。

 妹たちと別れて、私はラッセル団長と数名の騎士に連行される形で再び廊下を進んだ。今度は途中で何度も階段を下りて、城の中心部からどんどん離れていく。五ミニットほど歩いたところで、やがてジメジメした空間にたどり着いた。


「………………」


 そこは見るからに牢獄って感じの場所だった。


 ――ガラ、ガラガラガラガラ!


 鉄格子が音を立てて開かれる。中に入るよう言われたので、私は大人しく従った。


「申しわけありません。私も何かの間違いであると信じております……。しかし、これが命令ですので……」


 鍵をかける直前になって、ラッセル団長が震える声で謝罪を口にした。どうやら私の無実を信じてくれてるみたいだけど、やっぱ女王様の命令には逆らえないらしい。


「見張りを頼む」


 そのまま連れてきた部下の一人を残して、ラッセル団長は他の騎士と一緒にぞろぞろと引き上げていった。


「シホルとリリ、心配してるよね……」


 寒々しい鉄格子の中でぽつりと呟いてから、考える。

 そもそも、私はなんの罪で捕まったのか。思い当たる節はない――と、言いたいところだけど、すぐにサリエルのことが頭を過ぎった。

 もし、天使の件が問題になったんだとしたら、私、これからどうなっちゃうんだ。


「処刑とかされないよね……?」


 思わず不安を口にしてみたけど、それを否定してくれる人は誰もいなかった。

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