44.試練⑤
「た、倒せたぁ……!!」
緊張から解放されて思わず力が抜けた。ヘナヘナと、また女の子座りでへたりこむ。
結果として私にとって打ってつけの相手だったわけだけど、モンスターであるゴーレムを取りこめるかどうかは完全に賭けだった。
「ううっ、ほんと心臓に悪い……」
動悸が鎮まらない。でも、今は自分の心配をしてる場合じゃなかった。
「よっと!」
依然気絶したままのパメラを抱き上げて、私は再び半球状の広間に戻った。そのまままっすぐに進んで、反対側の鉄扉に向かう。またモグラクローで穴を開ける必要があると思ってたけど、扉は最初の入口の時と同じように自動で開いた。
ギギギッ、と錆びついた音が響く中、さらに通路を進む。すると、その先には小部屋があった。どうやらここがダンジョンの最奥らしい。
天井は黒、壁と床は赤いタイルで覆われている。部屋の真ん中には台座があって、手の平サイズの真っ黒な球体が九個――『三列×三列』で置いてあった。
「これが覇者の証……?」
パメラをタイルの床にそっと寝かしてから、試しに真ん中の一個をつかむ。黒い球体は簡単に窪みから外れた。
「これを持ち帰ればいいわけか。んじゃ、パメラの分も……ん、あれ?」
二つ目に手を伸ばす。
だけど、今度は外れなかった。
お一人様一個までみたい。
「不正できないようになってるのかな……?」
困った。さっさと覇者の証を取って穴を掘って帰るつもりだったのに。
パメラだって命に別状はないだろうけど、頭をぶつけてるし心配だ。できるだけ早く診てもらわないと。
「くっ……」
「あ、パメラ!?」
どうしようかと迷ってると、ちょうど意識を取り戻したパメラが上半身を起こした。痛むのか、こめかみの辺りを押さえてる。
「大丈夫?」
「……おい、あのゴーレムはどうした?」
キョロキョロと辺りを見渡したあとで彼女は訊いてきた。嘘を言ってもしかたないので、私は倒したことを正直に伝える。
「は? なんの冗談だよ、てめぇ……」
でも、信じてもらえなかった。ま、そうだよね。私だって、あれをあっさり倒せたことにまだ驚いてるし。
「はい、これが証拠だよ」
「……」
なので、モグラリリースでゴーレムの頭を床に落としてパメラに見せた。
「マジかよ。どんな手品使ったのか知らねーが、お前に助けられたってわけか……」
「でも、ここにくるまではパメラが私を助けてくれたじゃん」
「それは当たり前だ。護衛役が護衛対象に守られてどうすんだって話をしてんだよ。クソ、納得いかねぇ……」
無事だった喜びよりも、私に命を救われたショックのほうが遥かに大きかったみたい。パメラは見るからにしゅんっと落ちこんでた。
「そんなことよりケガ、大丈夫?」
「そんなことってお前……ちっ、別に問題ねーよ! あばらが何本かイッた程度だ」
「あばら折れてるの!? じゅ、重傷だ! 早く戻らないと!!」
「うるせー、いちいち騒ぐな……今治すっての」
そこでパメラは大剣を出現させると、ここまで吸ってきたモンスターの魔力を使って身体の傷を癒やしはじめた。
あ、そっか。そういえば四階層でそんなこともできるって話してたっけ。
「もう治ったの?」
「ああ」
「よかったー。んじゃ覇者の証パメラも取っちゃいなよ」
「……」
私がゴーレムの頭部をモグラクローで取りこむと、パメラは無言で台座の前に立った。ゆっくりと黒い球体に左手を伸ばす。でも何を思ったのか、途中でピタリと動きを止めるとパメラはそのままその手を引っこめてしまう。
「パメラ?」
「帰るぞ」
「え? でも、覇者の証は?」
「いらね」
「いらねって……それがないと
「称号もいらねーよ。てか、もらえねぇ。ここで用意されたボスすら倒せなかったわけだしな。本物のラスボスなんて倒せるわけねーし」
「で、でも……それは私のせいで利き腕が使えなくなったってのがあったからで!」
「関係ねーよ。全部オレが弱かったせいだ」
「……」
そのあとも説得したけど一切聞く耳を持たず、パメラは頑なだった。結局、「また一から鍛え直す」の一言が彼女の結論だった。
理想が高くて才能もあるから、きっと自分に厳しいんだね。どっかの誰かさんとは大違いだ。んでもって年長者として、そしてそのどっかの誰かさんとしてすごく耳が痛いよ……。
てか、ふと思ったけどパメラのこのストイックな感じ、私は似た誰かを知ってる気がする。誰だっけ? うーん、ダメだ。ここまで出てるけど、出てこない。
「もうここに用はねーし、さっさと帰んぞ」
「あ、待って待って。こっちから帰ったほうが絶対早いから」
立ち去ろうとするパメラを引き止めてから、私は小部屋の一番奥に立った。そして、モグラクロー(強)で細長い通路を作るイメージで壁を掘る。ダンジョンの赤黒い外層部へ到達するのに、その一発で事足りた。
「土の魔術か……? 技術は認めるけどよ、何したってその壁は突き破れないぞ。それはダンジョンの外層だか――」
直後、私があっさり赤黒い壁に穴を開けるとパメラは驚きのあまり声を荒らげた。
「らなっ! お、お前っ、一体どんな手品使いやがった……!?」
「フッフッフ」
返答に困る質問だったので、意味もなく不敵に笑って誤魔化しとく。
そのまま作業スペースを確保してダンジョン外に出ると、私は外壁に沿って階段状に地上への通路を掘り進めた。レベルが上がったこととイメージのコツをつかんだこともあって、作業効率はモグラ屋さんの頃に比べると雲泥の差だった。すぐに私たちは地上へと脱出。青い空を見上げると、日の位置はまだそこまで高くなかった。
お昼前だ。思ったより早く終わったね。
地上の出口部分に蓋をするようにモグラリリースで穴を埋めたあとで、私とパメラは外周をぐるっと歩いてダンジョンの正面入口に戻った。
「お前ら、もう帰ってきたのか!?」
待っていたベルファストさんやギルド関係者に驚かれながら、私は覇者の証を渡す。それにて試練は終了だった。これで問題なく認定ももらえるはずだ。
「パメラ、お前のも渡せ」
「持ってねーよ」
「なんの冗談だ?」
「冗談じゃねーし。てか、オレ疲れたからもう帰るわ」
「は……?」
困惑するベルファストさんを無視して、パメラは停められた馬車のほうに歩いていく。これでお別れかなーと私が少し寂しく思ってると、彼女はふと立ち止まってこちらを振り返ってきた。
「おい、ゲロ子。お前の名前もう一度教えろ」
「……」
またゲロ子って呼ばれた。ショック……。
でも、名前を訊いてくるってことは、今後はちゃんと普通に呼んでくれるってことだよね? よし、それなら教えちゃうぞ。
「エミカ。エミカ・キングモールだよ」
「エミカ・キングモール……わかった。ちゃんと覚えたぞ、ゲロ子」
「ならそのあだ名やめてよ!」
「もう知ってるだろうけど、オレはパメラな。パメラ・ファンダイン――それが王都一の冒険者の名前だ。死ぬまで忘れんなよ」
横柄な態度は変わらないけど、わざわざ名乗ってくれるなんて、もしかして少しは懐いてくれたのかな? もしそうなら、素直に嬉しいね。
「ん?」
でも、ふとそこで何かが引っかかった。
あれ?
しばし、記憶を遡る。
――キュルキュルキュル。
『その他不明な点は、王都地質学研究院所属コロナ・
「ぬわぁっ!?」
そこでようやく恩人のフルネームを思い出した私は、すっとんきょうな声を上げた。
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