21.アラクネ会長


 突然だけど、この街の犯罪率が周辺地域と比べて格段に低いのは、ギルドのトップに君臨する女性会長のおかげなんだそうな。

 彼女は街で起こる問題事を嫌い、礼儀を知らない狼藉者には一切の容赦をしないことで有名だった。その威光は凄まじく、面と向かえばどんな荒くれ者も平伏すのみ。街に楯突く者はなく、故にアリスバレーの治安は高い水準で守られ続けているという話だ。

 元、金剛級バサラクラス(実質的な最高位)の冒険者であり、現役時代は数えきれないほどの輝かしい功績をあげた人物。


 冒険者ギルド・アリスバレー支店がおさ――イドモ・アラクネ。


 それはまさに畏怖の対象としてふさわしい、この街の総元締め的存在だった。


「ひ、ひぐっ……」


 そして現在、私はそんな御方を前に、床に両膝をついて謝罪の真っ最中という状況だった。

 場所はギルドの会長室。隣ではユイも同じように膝をつき、私のしでかしたことについて減刑を申し出てくれている。


「アラクネ会長。どうか、酌量の余地を頂きたく思います」

「うーん、そう言われてもねー。その爪の能力がすごいってのはわかったけども、まだ肝心の動機がよくわかってないし」


 腰まである銀髪に、男性物の黒いスーツを着こんだ長身の美女。窓辺に背中を預け、こちらを見下ろす様子はどこか楽しげだった。


「もう一回訊くけど、そもそもモグラちゃんはさー、どうしてダンジョンに穴なんて開けちゃったわけ?」

「そ、それは……」


 モグラちゃんなんて愛称で呼ばれてるけど、私とアラクネ会長は完全に初対面だ。でも、暗黒土竜の件でユイから事前に相談を受けていたためか、会長は私の個人的な情報をある程度把握してるみたいだった。


「ひぐっ……、う、ううっ……」

「エミカ、質問にちゃんと答えなさい!」


 追及されてはこちらが言いよどむ。さっきから延々とこれの繰り返しだった。


「あのさー、いい加減泣いてばっかじゃわかんないんだけど」

「は、はひっ……!」


 若干苛立ちを含んだ声と眼光に、思わずびくっとなる。

 だけど、本当のことを白状するわけにはいかなかった。お金の儲けのためにギルドの土地を無断使用してたのも問題な上、何より私が口を割れば、〝肉体言語ボディランゲージ〟のメンバーは当然のこと、モグラ屋さんを利用してくれてた冒険者のみんなにも迷惑をかける恐れがあった。

 これは私がはじめたことだ。

 みんなを売るわけにはいかない。

 それならばもうこの秘密は墓まで持っていくしかなかった。


「な、なんでもします! なんでもしますのでー!!」


 使命感に急かされた私はこの身を捧げる覚悟をして叫んだ。


「だからお願いです、会長様! この件はどうか水に流してください!!」

「水が流れてるから大変なことになってるんだけどね。ま、この際言葉の綾はいっか」


 アラクネ会長は不敵に笑いながら、こちらにスタスタと歩み寄ってきた。そして、そのままなんの躊躇もなく私の顎をくいっと片手でつかむと、値踏みするような目でジロリと見てくる。

 ヘビに睨まれたカエルよろしく全身に冷や汗をかきながら、私はただ黙して恐怖に耐えるしかなかった。

 ヤバい、この眼光はマジでヤバい。

 完全に捕食者の眼差しだよ……。


「あら、ずっと俯いててよくわからなかったけど、モグラちゃん可愛い顔してるのね。ふーん、なんでもしてくれるんだ? 念のため訊くけど、そのなんでもってのはほんとになんでもってことよねー?」

「……」


 いや、会長様、それこそ言葉の綾というものですよ、ええ。

 なんでもというのは可能な限りなんでもというほうの意味のなんでもであって、なんでも際限なくやるほうのなんでもというわけではないのです。だから怪しげな指の動きで私の髪を梳いたり、私の耳にふっと優しく息を吹きかけたりするのはやめてほあわわわやめてえぇ――!!


「アラクネ会長! こんな時にふざけるのはよしてください!」

「別にふざけてないけど? 私はいつだって本気よ」

「余計に性質が悪いです!」


 ユイがあいだに入って引き離してくれたので、なんとか私の貞操は守られた。だけども未だ状況が最悪なことに変わりはない。


「エミカ、とにかく事情を全部話しなさい! ダンジョンに穴開けるなんてそんなバカなこ――」

「それについては我から説明しよう」


 割って入ってきた声に驚いてドアのほうを見ると、そこにはマストンさんがどっしりと立っていた。


「きゃああぁー!?」


 いきなり現れたブリーフ一丁のおじさん(しかも全身しっとり濡れてる)に、甲高い悲鳴をあげるユイ。咄嗟に私の後ろに隠れて怯える幼なじみの姿は、なかなかにレア度の高い光景だった。


「あら、マストンじゃない。ハロー」

「お久し振りです、会長殿」


 そんなユイに構わず、会話を続ける大人二人。

 マストンさんと目が合うと、「ここは自分に任せておけ」といった感じで彼はその場で大きくこくりと頷いた。


「今回の件、すべては我がそこのお嬢さんに無理を言って頼み申した。彼女に一切の非はない」


 モグラ屋さんのこと。

 地下九十九階層に穴を開けてダンジョン攻略を目指したこと。

 だけど外層をぶち抜いた瞬間、熱水が噴き出してきて失敗に終わったこと。

 マストンさんは私に代わって今回の一件のあらましをすべて説明してくれた。


「呆れた! 無茶はしないようにって忠告したのに、そんな方法でお金儲けしていたの!?」

「うぅ、ご、ごめん……」

「ふーん、いい着想ね。ま、空き地とはいえ、ギルドの土地を勝手に使ったことは頂けないけど」

「現状、これ以上被害が拡大しないよう、メンバーが魔術で噴出箇所を食い止めているのだが、お嬢さん、外層のあの穴はあとどれほどで塞がるだろうか?」

「あ、えっと……たぶん一日もすれば完全に修復され――」


 ん? いやいや、待てよ。

 地下九十九階層からは今も永続的に熱水が放出され続けているはずだ。それはつまり、状態回復作用が働かない状況にあるってことでは?


「………………」


 しばらく考えた結果、爪の力を調査して得た法則から、現状では自然に穴が塞がらない可能性があることを私は結論として伝えた。


「熱水の源泉が枯渇するのを待つしかないってことね。だけど、マッチョどもの魔力にも限界はあるだろうし、このまま放置ってわけにはいかなそうね」


 そこでアラクネ会長は机の引き出しから大きめの紙を取り出すと、いくつかのスキルを併用しながらこの周辺の地図を正確に描き出していった。


「よし、できた。それで、ここをこうしてっと」


 地図が完成すると、次に会長はその上から直接ペンでさらに書き足しを行なった。ぱっと見た感じ、どうやら何かの設計図っぽい。


「とりあえずモグラちゃん、このとおりに穴を掘ってきて」

「あ、はい!」


 なんでもしますなんて宣言した手前、もちろん断れるはずもなく私はアラクネ会長の指示に忠犬のごとく従った。

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