22.罪と罰
街を東西に分断するように流れる河川。そこから地下道を掘り、ギルドまで繋げる。何度か間違った場所にひょこっと顔を出して、通りすがりの人を驚かしてしまったけど(傍から見れば完全にモグラ)、なんとか『ギルド⇒川』までの〝パイプライン〟を作ることに成功した。
次に、私はアラクネ会長の指示の下、空き地一帯を一段掘り下げる作業に移った。
二十五フィーメル×二十五フィーメルほどの大きさの窪みを作ったあとで、排出用のパイプラインに繋げる。
「できましたー、お湯ちょっと流してみてくださーい!」
「「「
噴き出す熱水は、〝
それが私の合図とともに巨大な球体の一部が崩れて、滝のように流れ落ちていく。
舞い上がる湯気と飛沫。
瞬く間に窪みは熱水で満たされ、湯の池へと姿を変えた。
「おぉ~!」
爪の効果で土は湯の浸食を受けない。そのため湯面は一切濁らず、澄み渡っていた。無色透明だ。とっても綺麗。それと、ほんのり柑橘系のいい香りもする。
てかこれ、お湯じゃなければ泳いで遊べるのになぁ。
なんて緊張感のない発想をするも、これで噴き出す湯柱は貯水された上でパイプラインを通り川まで流れていく。近隣に水害が及ぶという危険はもう排除できたと考えてよかった。
「へー、〝体力回復〟に〝状態異常解除〟それと、〝美容〟と〝若返り〟効果まで。これはすごい効能だわ」
ふと隣を見ると、アラクネ会長が透明なフラスコにお湯を入れて何やら喜んでた。どうやらスキルを発動させて、有害なものが含まれていないかどうか成分のチェックをしてたみたい。
「さて、モグラちゃん、次のステップへ移るわよ」
「え?」
「ほら、マッチョたちさっさと集合。生産系スキル持ってる奴は全員ついてきなさい」
これで作業は終わりだと思ってたけど、どうやらまだ何かやるらしい。
十人前後の〝
資材屋さんで資材を大量調達してくると、アラクネ会長はまたすぐに指示を飛ばした。
「まずはタイルからね。加工組と施工組にわかれて手早く作業しなさい」
言われるがまま、私たちは謎の工事を進めた。
再度、魔術で噴き出す熱水を食い止めて作業に当たる。まずはツルツルに加工した分厚い大理石のタイルを、溜め池部分含めて空き地全体に敷き詰めていく。
それが終わると、木製の塀を〝コの字型〟に囲うようにして設置。さらにそこから真ん中を区切るように仕切りを立て〝ヨの字型〟にしたあと、塀のない開いた部分にそこそこ大きめの小屋を建てた。
小屋の中も半分に仕切ったあと、カゴが置ける棚を三段にして作成。
そして屋外に繋がる二つの出入口と、溜め池に繋がる二つの出入口――合計四つのドアを設置する。
最後に、小部屋外側二つの入口それぞれに、木の棒を通した赤と青の布をかければ作業は完了だった。
「あの、アラクネ会長……それでこれはなんの施設なんですか?」
生産系スキルを保有してる人材が多かったこともあって、なんとか作業は完全に陽が落ちる前に終わった。
真っ赤に染まった夕焼け空に照らされる中、アラクネ会長はほほ笑みながらに答えた。
「ふふ。これはね、〝温泉〟よ」
「オンセン……?」
私が聞き慣れない言葉に首を傾げていると、会長はさらに追加の説明をしてくれた。
「裸と裸のお付き合いをする場所。共同浴場と言えば伝わるかしら?」
どうやらこの温泉というものは、会長が若い頃、東の国々を渡り歩いている時に体験した文化なんだそうな。
私自身、水が豊富な地域では同時に大勢が入浴できる施設があるというのは聞いたことがあった。でも、こんな野外でお風呂に入るなんて話は初耳だ。
てかこれ、冬場だったら風邪引いちゃうんじゃ……?
会長の話には困惑を隠せなかったけど、とにかくこれで作業も完了だった。
マストンさん率いる〝
「みんなご苦労様、おかげで街に新たに一つ憩いの場所を増やすことができたわ。ただ、それで今回の件が免責されるって話ではないので勘違いしないように」
それでも、不祥事の責任がなくなったわけじゃない。そうはっきり告げられて、私は目の前が暗くなった。
「とりあえず、モグラちゃん」
「……」
「一緒に会長室にきてくれるかしら。あなたには身体の隅々――じゃなかった、えっと、まだ根掘り葉掘り訊くことが残ってるわ」
「……はい」
また操の危機を感じるも、今度はしっかりと覚悟を決める。すべては自分が悪い。たとえギルドから除名を言い渡されたとしても文句は言えない立場だ。
会長室に入ると、今度は応接用のソファーに座るように促された。大人しく指示に従って、私はアラクネ会長と向き合う形になる。
「さて、まずはモグラちゃんのしでかしたことについて整理しましょうか。今回の件、どんな罰則が適用されるべきか論じるためにもね」
「……」
「まず最初に、ギルドの土地を勝手に利用したことだけど、さっきその辺のところを調べてみたらね、地下の所有権に関しては明確な取り決めってないみたいなの。ま、地下室なんてのは砦とかお城にあるもんだから、この人間たちの社会で一般的に定められていないのもしかたないんだろうけど」
まるで自分自身がこの人間社会の外にあるような言い回しに少し引っかかったけど、私の戸惑いを解せず会長はさくさくと話を進めた。
「ギルドの地中で生活してる人がいたとしても、現状のルールだと罪に問うのは難しいらしいのよね。なので、この件については不問です。パンパカパーン、おめでとー」
「は、はぁ……」
「んで、次。ダンジョンの外層を破壊した件なんだけど、これも色々と調べてみたら同じく罰則が定められていないのよね。ま、こっちはそもそも壊せないってのが前提条件だから、それを破壊した場合の取り決めなんてないのは当たり前なんでしょうけど。たとえ空を落としたとしても、その罰が定められていないのと同じでね。ただ、そんな絶対的なルールすらも捻じ曲げちゃうその爪は、とんでもない代物よ」
「………………」
それは私自身も、外層を破壊した時に考えたことだった。ひょっとしたらこの暗黒土竜の力は、人が手にしてはいけないものだったのかもしれない。
「ま、爪に関しては今はわからないことだらけだし、追い追いってことで話を戻しましょう。前述した二件については不問ではあるけど、モグラちゃん、今回の件あなた自身は何が一番いけないことだったと思ってる?」
「え、えっと……」
少し考えた末、自分なりに答えを出してみた。
「楽してお金を稼ごうとしたこと……でしょうか?」
「すばらしいわ。不正解、0点ね」
「うぅ……」
「楽しようが苦労しようが、お金を稼ぐことになんの問題もないわ。そもそも冒険者なんてアコギな職業よ。規律と規則に触れるギリギリのところでやってるくらいがちょうどいいって話ね」
地中の無断利用も、外層の破壊も、モグラ屋さんの商売も、すべては不問。
だとしたら、一体何が悪かったのか――
「ヒントをあげましょう。今回、モグラちゃんはダンジョン内の異物を引っ張ってきました。それはなんだったでしょうか?」
「お、お湯です……」
「正解。しかもただのお湯じゃない。有益な効能を持つ、それだけで街の財政を潤してしまうような資源をあなたは引き当てたの。これはまさしく功績と呼んでいいわね」
「え?」
あれ、なんだかほめられてない? もしかしてアラクネ会長、今回の件で罰を下すつもりなんてないのかな?
「でもね、もし――」
そんなふうに事態をゆるく考えはじめたところだった。次の瞬間、会長の言葉が私の背筋を凍らせた。
「もし――外層から噴き出してきたものが温泉ではなく、マグマや毒ガスだったら今頃この街はどうなっていたと思う?」
「あっ……」
地中から引っ張ってきたものが、アラクネ会長が言うとおりもし人体にとって害をなすものだったら……きっと、被害は尋常ではないものになっていただろう。
「間違いなく、現状とは正反対の結果になっていたでしょうね。下手したら、冗談抜きでみんな街ごと滅んでいたかもしれない」
「わ、私っ……」
「モグラちゃん、これで
「……はい。私、何も考えてなかった……」
「今回、モグラちゃんの一番悪かったところをあげるなら、それは想像力の欠如ね」
すべては可能性の話。
でも、可能性がわずかに違っただけでも、すべてはおぞましい結果に変わっていた。
「ギルド会長として、あと街のまとめ役としては最低のことを言うようだけど、今回モグラちゃんが最悪のリスクを考慮した上で外層を破壊したっていうのなら、私はその選択を責めなかったでしょうね。危険を冒して成果を収めるのは、冒険者のあり方としては正しいことだから。だけど、モグラちゃんは起こり得る最悪について想像する努力を怠った。これは冒険者としては致命的よ」
「……」
「もちろん今回の件、話を持ちかけてきたマストンたちが一番悪いわ。本来なら年長者がそういうことを教える立場ですらあるはずなのに。だからあいつらには地獄のほうがまだマシだって思える程度には、しっかりと罰を与える予定よ。
でも、同時にねモグラちゃん、私はあなたにもしっかり罰を与えようと思う。まだ子供だからかわいそうだとか、初犯だから罪を軽くしようだとか、それを今ここで私がしてしまえば、あなたはきっと許されたと勘違いしてしまうかもしれない。だからね、今回の失敗を省みることを続けてもらうためにも、これをあなたに科すことにするわ」
会長はそこで一枚の紙切れを取り出すと、私にそっと差し出した。
―――――――――――――――――――――――――――
借用証
冒険者ギルド・アリスバレー支店様
200,000,000マネン也
私、エミカ・キングモールは上記金額を借り受けたことを
ここに証明いたします。
【署名: 】
―――――――――――――――――――――――――――
それは二億の借用証書だった。
金額の根拠は、温泉場建設にかかった費用とおおよその損害額の合算らしい。
でも、マストンさんが提示した成功報酬と借用書の額面が同じなのは、きっと偶然ではないんだと思う。
「安心して、別に取って食おうってつもりはないわ。これは商売の話でもある。モグラちゃん、あなたの商才を見こんで温泉場の経営を任せるわ。とりあえずは出た利益の半分を借金の返済に充ててくれればそれで十分よ」
「………………」
すべては何もかも、考えてのことなんだろう。
そして、この人は大人で、私は子供なんだ。当たり前だけど、痛烈に今それを思い知った。
「私、ほんと愚かでした……」
「悪いと思ってるなら、今はひたすらに後悔すればいいわ。反省し続けることで人は多少なりにも正しくなれる。ま、多少なりにだけどね」
「……はい」
私は涙ぐみながらその場で借用書に署名した。
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