幕間 ~天使の休日~


 アリスバレー・ダンジョン地下九十九階層――


 焦げた茶色、くすんだ赤、淡い緑。

 そして、目を焼くような煌びやかな金。

 至るところが隆起し、崖となり侵入者を阻む大地は、この世の物とは思えぬ色彩を放っていた。まるで地獄の釜を引っくり返した如く。斑で異質な地表は、見る者に不気味さと畏怖の念を抱かせる。

 最大で百五十フィーメルを超えるドーム状の高い天井部分は、燦爛と白く輝く未知の鉱石で覆われており、その光は階層の中心に広がる湯面へ降り注いでいた。


 そそり立つ崖に囲まれた円形のくぼ地――アズラエル湖。


「うっふふっふふ~♪」


 ダンジョンの創造主によって名付けられたその畔では今、翼を持った一人の少女が鼻歌交じりに足湯を愉しんでいた。

 整った目鼻立ちに、愛嬌を感じさせる口元。

 真っ直ぐ背中まで伸びた黄金色の美しい髪。

 華奢ですらりとした身体は、純白の薄い衣で包まれている。

 その少女の名は、サリエル。

 彼女は、正真正銘の使だった。


「あはー♥」


 遊び場にしているの様々な名所の中でも、彼女はこのアズラエル湖を特にお気に入りの場所の一つとしていた。


「極楽ごくらく~♪」


 こうして湯に浸かりにきたのも、もう何百回目かも覚えていないほどである。だからその日、湖の底で起こっている異変にサリエルが気づけたのは偶然ではなく必然だった。


「ん? あれれ~?」


 前回訪れた時よりもわずかに水位が下がっている。

 最初に覚えた違和感はそれだった。


「とぉ――!」


 颯爽と湖の中へ飛び込み、異変の正体を探るサリエル。原因はすぐに判明した。薄暗い湖の底部。そこでは、ぐるぐると激しい渦が巻き起こっていた。


 ……?


 その奇妙な光景は、サリエルの好奇心を駆り立て判断を誤らせた。


 あっ!

 このままじゃ吸いこまれちゃ――


 必要以上に接近し過ぎたと気づいた時にはもう遅かった。刹那、天使は螺旋の中心に呑まれ、姿を消す。




 果たして、その行方を知る者は……。

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