12.モッコモコー狩り
「不束者ですが、どうかよろしくお願いします!!」
まさしく天の助け。
そして、切羽詰まったこの状況だ。遠慮してる余裕なんてこれっぽっちもなかった。
さっそく翌日、コロナさんのご厚意に甘えて、私は稼ぎもかねた指導を受けることとなった。
「ダンジョンで一番大事なのは、常に安全を意識して進むことだ。敵の多い場所、退路が確保できない場所は避けなければならない。だからこそ、最新の
「なるほど……」
未だに地下一階で迷うこともある私にとって、それは驚嘆に値する心構えだった。いや、そもそも
「帰りは転送石があるが行きは自力で進むしかない。余計なことで時間を食えば、それだけ狩りの効率が悪くなってしまうわけだ。よって狩り場までの道中は、モンスターとの接触は極力避けて進むのが基本となる」
「行き当たりばったりじゃなくて、目的はちゃんと決めてってことですね」
「うむ。とりあえず今回は地下十二階層を目指す。ガスケ殿の情報では、そこに初心者向けの良い狩り場があるそうなのでな」
げっ、地下十二階!? 前回を考えたらだいぶ浅いけど、大丈夫かな……?
「不安はあるだろうが、まずは私の背中にしっかりついてくることだけ考えろ。荒療治だが〝習うより慣れろ〟というのも、ある面では物事の本質を突いた言葉だ」
「は、はいっ!」
「よし。では、行こうか」
見慣れた地下一階からコロナさんは駆けた。
うわ、速っ! もうあんな先まで!?
「ひいいぃ~!」
体力的につらいってなんてもんじゃなかったけど、私はなんとかその背中についていった。
てか、前回の経験も踏まえて、コロナさんはあらかじめ最短ルートを調査してくれていたらしい。一つ下の階層へ下りたかと思えば、またすぐに次の階段という感覚だった。トントン拍子に、信じられない速度で私たちはダンジョンを潜っていった。
結局、最初のボスが出現する地下十一階層まで戦闘は一度も起こらなかった。
「あれがこの階層のボスだ」
「ひえっ、ボスとか初めて見た!」
前回、休憩場所として使った大広間のド真ん中。
そこには半人半牛の怪物がいた。身の丈は人の二倍ほど。両手にはそれぞれ巨大な斧と棍棒が握られている。
「〝ミノタウロス〟だな」
「あ、あれが……」
ミノタウロスの周囲では、五人の若い冒険者が武器を振るっていた。まさにボス戦が行なわれてる真っ最中だった。
「このまま十二階層に下りちゃいます?」
階段は広場の一番奥にあった。今なら注意が向いてないので、円周に沿って進めば楽に下りられそうだ。
「……いや、若干旗色が悪いようだ。少し加勢しよう」
そう言うとコロナさんはこちらが返事をする間もなく、ものすごい勢いで飛び出していった。接近してくる彼女を撃退するため、斧を振り上げるミノタウロス。だけどその動きは、コロナさんと比べるとあまりに鈍かった。
「グガアアアァァァアアッー!!」
まずは右足を切りつけ、相手の体勢が崩れたところを背後へと回りこむ。そして、がら空きの背中を一突き。
見蕩れるほど、それはあざやかな連撃だった。
「今だ、圧せ圧せっ――!!」
敵が怯んだと見ると、そこからは周りの冒険者も一気に攻勢に出た。次々と刃が振り下ろされ、きっ抗していた戦闘はあっという間に一方的なものに変わった。
「はへぇ……」
どうやったらあんなに速く、そして舞うように動けるんだろう。今、自分に足りてないもの。そのあまりの多さに気づかされ、ただ圧倒されるばかりだった。
まだ、狩り場にも着いてないのに……。
「もう彼らだけで問題ないようだ。先へ進もう」
「あ、はい!」
そのまま地下十二階層に下りると、私たちは東にある森へ向かった。
「いたぞ、エミカ。あれが今回の獲物だ」
「うわ、なんですかあれ? か、かわいい……!」
鬱蒼と茂る木々の中、そこにいたのは白い綿毛のモンスターだった。スイカほどの大きさで、愛くるしいその姿は、まるまるとふわふわしている。
「あれは〝モッコモコー〟だ。捕まえるとショック死するほど臆病なモンスターだが、動きは素早い。あれを狩っていけば、俊敏性や命中力を高める良い修練になるだろう。必ずドロップする良質な綿毛も素材として高い値がつく」
「おー、高級素材!?」
なるほど、攻撃してこないモンスターならば私でも安心。まさに、打ってつけの相手だった。
「よっし、じゃんじゃん捕まえるぞー!」
――狩りを開始して二
「ぜぇ、ぜぇ……、ぜぇっ……」
ただ今の成果、未だ0匹。
「そっちにいったぞ!」
「う、うぐっ……!」
――サササッ!!
これでもう何十回目か。
息も絶え絶えで顔を上げると、コロナさんが追い立ててくれたモッコモコーが、また木々のあいだを縫うようにしてこっちに向かってきているのが見えた。
「こんのぉ――!!」
今度こそ!
という想いで両手を伸ばし正面から飛びつくも、白い綿毛は素早く、そして無情にも方向を変える。
――ドガッ!
次の瞬間、木の根元に激突する私。
まぶたの裏側で、チカチカと火花が散った。
「痛っつ~!!」
「大丈夫か、エミカ・キングモール!?」
「う、うぅ……うっきぃ~! 一匹も捕まえられないぃ~~!!」
「あまり根を詰めてもしかたない。ここらで少し休憩としよう」
「ふぁ、ふぁい……」
私は木漏れ日の中、そのまま寝転んで深緑の枝葉を眺めた。
「あ~あ……」
やっぱ私ってダメダメだ。
具体的に何がダメって、動きがほんと鈍い。あと、判断も悪い。
焦るとわけわかんなくなって、何もないとこでコケたりするし。たぶんこれじゃ冗談抜きでモッコモコーを一匹捕まえるのに、十年ぐらいかかっちゃいそうだ。
「はあああぁ~……!」
「エミカ、静かにっ!」
完全にやる気を失って大きなため息を吐いてると、唇に人差し指を当てたコロナさんが深緑で埋まった私の視界に入ってきた。
あれ、もう休憩終わりですか? いや、それにしては早すぎるか。何かしらの事態を察した私が静かに起き上がると、コロナさんは目配せしたあとで言った。
「見ろ、特殊体だ」
「……え? うわ、金ピカ!?」
離れた木々の根元だった。
そこに、黄金色に輝くモッコモコーがいた。
「見るからにレアモンスターっぽいですね……」
「私が回りこんでこちらに追い立てる」
「えぇ!? さすがに逆のほうがよくないですか?」
「いや、ダメだ。それでは意味がない。あれは君が捕まえるんだ。いいね?」
「あっ……!」
私の返事を待たず、コロナさんは森の奥に入っていった。だけど大回りする形になるので、あの特殊体の裏を取るにはまだしばらく時間がかかるだろう。
そのあいだに私は覚悟を決めた。
「よし!」
これがもうラストチャンスだと思え! どんな手を使っても、必ず捕まえるんだ!
「行ったぞ――!」
――ササッ、サササッ!!
何度も繰り返した作戦どおり。やがて回りこんだコロナさんが、金のモッコモコーをこちら側へ追い立てた。
きたっ! くっ、特殊体だけあってさらにすばしっこい!?
でも、焦ってはいけなかった。
もっと、もっとだ。
ギリギリまで引きつけて、木の影から飛び出さなければ。
――サササッ!!
よっし、今!!
タイミングとしては、ここしかなかった。
鉢合わせた瞬間、相手がこちらに驚いて進路を変える。金色の輝きが鋭角に曲がる一瞬だった。その動く方向に、私は山を張った。
右へ!!
飛ぶと同時、金の輝きは目の前にあった。
やった! 賭けに勝った!!
――シュンッ!
「えっ!?」
歓喜も一瞬、獲物は突如として加速。モグラの爪先に触れるすんでのところをすり抜けた。
離れていく、金色の毛玉。
空中にいるこちらが加速する方法はない。
もう残された手立ては――
「――ぬうっ!」
いや、まだだ。
まだあきらめない。
「どりゃああぁぁー!!」
頭から地べたに突っこむ間際のこと。
私は、とっさに
――バコォン!!
鈍い衝撃音とともに地面が消え、目の前に暗闇が生まれる。次の瞬間、私は上半身から金のモッコモコーと一緒にそこへ落ちた。
「うべっ!?」
「キュゥ~!?」
――ポンッ!
あ、モッコモコー! なんか弾けた!?
「大丈夫か!?」
駆けつけてくれたコロナさんが、すぐに私の両足を引っ張り上げてくれた。
「ぷはぁ~!」
地上に出て、頭から埋まっていた場所を見ると、そこは見事に真四角に抉られていた。
深さは、私の腰の高さよりちょっと高いぐらいだと思う。横面は土で覆われ、底面にはダンジョンの外層である赤黒いブロック壁が露見していた。
「……これは、君がやったのか?」
「え? あ、はい。一か八か、びっくりさせてやろうと思ったらなぜかこんな大穴が……。もともと地面に空洞でもあったんですかね?」
「いや、おそらくその爪の力だろう……。しかし、穴が深くなくてよかった。底の一面に赤黒い外層があるということは、そこで力が打ち消されたのだろう。知ってのとおりダンジョンの外層はあらゆる打撃も魔術も打ち消すからね。ま、その上にあった土がどこに消えたかという興味深い謎は残るが……」
「んっ? コロナさん、今穴の中で何か光りませんでした?」
もしかしたらモッコモコーが落としたアイテムかもしれない。底面を調べるため、コロナさんの了解を取ってから私は再び穴の中に入った。
「……あれ?」
なんか足元、よく見たら亀裂が入ってるような? いや、でもこれ破壊不能のダンジョンの外層だし、気のせいだよね?
「………………」
「エミカ・キングモール、どうかしたか?」
「あ、いえ!」
うん。とりあえず、見なかったことにしよう。
それより今は、光の正体を探るほうが先だ!
「たしか、この辺だったような気が……お、あった!」
底に落ちていた硬い物をつかみ上げて、木漏れ日の下にさらす。すると次の瞬間、ずっしりと重い謎の塊は激しく輝いた。
「コロナさん……これ、なんかものすごく魅惑的に光ってるんですけど、何ですか……?」
「ふむ。この輝きは間違いなく金だな。少なく見積もっても、三百万以上の価値はありそうだ」
「さ、三百っ!?」
まさに絵に描いたようなお宝。特殊体のモッコモコーがドロップしたのは、こぶし大の金塊だった。
「あわ、あわわわわわ!」
思いがけない貴重品を手に入れたため、私たちは転送石を使って早々に帰還した。
「――え、なんでですか!?」
そしてダンジョンを出ると、私とコロナさんは取り分の問題で揉めた。
「一緒に協力して狩ったんだから、せめて半分こにしましょうよ!?」
「いや、その金塊はすべて君のものだ、エミカ・キングモール。ダンジョン内で発生した利益はすべて冒険者が手にする決まりだからね。王都の研究員として調査資格はあっても、アイテムの入手権利は私にはないんだよ」
「で、でも……!」
そんなの、黙ってれば別にバレないじゃないですか!
なんてことを言ってしまいそうになって、私は慌てて自分で自分の口を塞いだ。それはおそらく、コロナさんが一番嫌いそうな考え方だ。
自分に厳しそうな人だし、何があっても彼女が儲けを受け取ることはないだろう。
ただここまでお世話になった上、最後まで譲られっ放しというのも心苦しかった。何かちょっとでも、私から返せるものはないか……。
「明日の夜、ウチにきてください!」
考えた末、私はコロナさんを晩ごはんに誘った。
「ごちそう用意して待ってますから!」
「いや、しかしだな……」
それも最初は断られたけど、しつこく誘って決して譲らない姿勢を私が見せると、コロナさんも最後にはポッキリと折れてくれた。
「はぁー、やれやれ……君も相当な頑固者だな。わかった、私の負けだ。明日は昼食を抜いた上で伺わせてもらうよ」
「ほんとですね!? 絶対ですよっ!」
しっかりと約束を交わしてコロナさんと別れると、その足でギルドに向かった。
まだ日は高い。ギルドの窓口も余裕で開いてる。
なので、私はさっそくアイテムの換金を試みた。
「エ、エミカ、あなたついに……」
だけど金塊の査定を頼むと、なぜか受付のユイには哀れむような眼差しで見られた。
「生活が苦しいからってダメよ! こんなことしては!」
「へ?」
「怒らないから正直に言って、こんなものどこから盗んできたの!?」
「……」
どうしよう。私の信頼度、低すぎだった。
「だーかーらー! ちがうんだってばー!」
「ご、ごめんなさい……あなたがつらい時期に、力になってあげられなくて。でもね、今ならまだ間に合う、間に合うから……」
結局、そのあとも衛兵所への自首を涙ながらに促され続け、誤解を解くまではかなりかかった。
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