11.再びのミニゴブリン


「とにかく見たことも聞いたこともない症状だから、あなたの状態が危険なのかどうかも判断できない。私もギルド会長と相談して、情報を集めてみるけど、それまで決して無茶はしないように。いい?」

「ふぁい……」


 最後に、ユイから忠告を受けてギルドを出ると、私はその足でダンジョンに向かった。羽根はものすごい高値で売れたけど、目標額には依然届いてない。モンスターに憑かれようがくよくよしてる暇などなかった。


「う、うぅ……生活は苦しいし、借金はあるし……なんかモグラの怨霊みたいのに取り憑かれちゃうし……もうやだよぉ~!!」


 ま、さすがに心に負ったダメージは甚大で、くよくよどころか号泣しながら穴を掘ってた次第です。

 んで、そんな精神状態が影響したのかどうかは不明だけど、その日の稼ぎは散々だった。掘れども掘れども、魔石クズのでないことでないこと……。結果は、昼から開始したとはいえ、この四年間でワーストの記録。泣きっ面に蜂だった。

 やっぱ、地下一階は掘り尽くしちゃったっぽい。

 資源の枯渇問題は、こんな苦境の土壇場で重くのしかかってきた。

 期限まで残り四日。それまでにあと十五万は稼がないといけない。寝ずに穴を掘ったとしても、よっぽどの運に恵まれないかぎりは難しそうだ。

 あ、しかも私、幸運がマイナスのG判定になってるし、もう無理なんじゃ……?

 そんなこんなで、私は採掘場所を変える決心をした。

 翌日、いざ単独ソロで地下二階へと赴く。

 何、問題はないさ。

 すでに私は地下三十三階層まで下り立った女。

 あの高い空を知り、屈強で凶悪なモンスターたちと対峙した経験を持つ者。もはや冒険者として、中級の域に達してると言っても過言ではないだろう。たかが地下二階層ごとき、恐れるものなど皆無!


「そろぉり、そろぉり……」


 ……ん? おお、なんだなんだ、やっぱ楽勝じゃん! モンスターぜんぜんいないし。いや、それとも私に恐れをなして逃げたか?


「かっはっは! 口ほどにもない!!」


 そんな余裕しゃくしゃくの感じで、曲がり角に差しかかったところだった。


「「「キー、キー!」」」

「ひい”っ!?」


 ばったり出くわしたのは、トラウマのミニゴブリンの群れ。

 私の膝ほどの高さしかないそいつらは、目が合うと一斉に襲いかかってきた。


「「「キー、キー!」」」

「「「キシャアー!」」」

「いやああぁぁぁー!!」


 咄嗟に反転して逃げるも、私はすぐに思いとどまって両足を踏ん張った。


「くっ……!」


 いやいやいや、なんで逃げてるんだよ! 私の腕力めっちゃ上がってたじゃん!

 SだよS!! 100超えのS判定だよ!?

 こんな奴ら、あっという間にミンチにできるはずだ!!


「「「「「「キー、キー! キシャアー!!」」」」」」

「くく、能無しのザコどもめ! そっちがその気なら四年前の恨みここで晴らしてやる! うりゃああぁぁぁあああ――!!」


 次の瞬間、激しくぶつかり合う、自称中級冒険者vs.ミニゴブリンの群れ。




 ――ブンッ!


          スカッ。



 ――ブンッ!


          スカッ。




「……あ、あれ?」

「キー!」

「あっ! ちょ、やめ――うぎゃあぁぁぁ~!!」



 結果から言おう。

 私は負けた。

 完敗だった。



※以下、ダイジェストでお送りします。


 まず一番先頭のミニゴブリンに私は先制。必殺のモグラクロー(あとから命名)を放つ。だけどこれがかすりもしない。あっさりとかわされる。その時点でもう頭が真っ白になる私。焦燥の中、さらに立て続けに放った二発目は何もない虚空を切るというありさま。完全に攻撃の機会を失う。

 そして背後に回りこまれた奴から飛び蹴りを食らい、あっさり転倒。そのまま次と次と群がってきたミニゴブリンに、私は袋叩きにされた。


「ぎゃああぁぁぁぁああああ――!」


 ゲシゲシ、ポカポカと殴られる中、私はなんとか隙を見つけ抜け出すと、猛ダッシュ。すぐさま階段を駆け上がり、命からがら逃げのびた。


「い、痛ぐぅ……う、うぅっ……」


 結局、その日も私は資源の乏しい地下一階層で採掘をするハメになった。

 ちょっとは強くなったと思ったのに、まさかまだミニゴブリンにすら勝てないなんて。正直、暗黒土竜の件よりよっぽどショックが大きかった。


「どなどなどーなー、どーなー……はは、あはは……」


 二日連続で少ない稼ぎを手に、私は死んだ魚の眼で帰路についた。


「た、ただいまぁ……」

「やあ、お邪魔しているよ」

「へ?」


 家に帰ると、白いドレスを着たきれいな女性のお客さんがいた。てか、よく見たらコロナさんだった。


「あれっ!? ど、どうしたんですか!?」

「エミ姉にお話があっていらっしゃったみたいだから、上がってもらったの」


 席について優雅に紅茶を飲むコロナさんの代わりに答えたのは、台所から顔を見せたシホルだった。


「うぅー……」


 そんでもってめずらしく迎えにこなかったリリは、その足元に引っついて落ち着きなさそうにしてた。あらら、まだ人見知り直ってないんだな、この子は。


「それじゃ、私リリお風呂に入れてきちゃうから」

「えぇー!?」

「こら、あばれないの。いくよ」


 嫌がるリリを離れの風呂場に連れていくシホルを見送ったあとで、私はコロナさんの向かいの席に腰を下ろした。


「よくできた妹さんだ」

「あはは、なんか気を回されちゃいましたね……。あ、それでコロナさん、今日は一体なんのご用ですか?」

「いや、何、用という用はない。ただやはり心配でね。少し様子を見にきたんだ」

「あー、それはそれは」

「ギルドの受付にはもう見てもらったのかな?」

「ええ、まぁ……」


 私はユイが出した結論を、コロナさんに伝えた。


「……ふむ、人と共生するモンスターか。聞いたこともない……。しかし、もしかしたら〝魔剣〟や〝魔装〟といったものに近いのかもしれないな。そういった類のアイテムは、秘術で生物の魂を宿らせた上で造るからね」

「へ? んじゃ、この暗黒土竜にも意思が?」

「君は黒い箱の前に立った時、声が聞こえたと言ったね。ならばその可能性は高い」

「……」


 うーん。それならこの暗黒土竜、なんであれからずっと黙ってるんだろ? 話ができれば、私から離れてくれる方法も聞き出せるかもしれないのに。


「王都に戻ったら、私もそれ関係の資料を漁ってみよう。専門ではないが、もし何か役立ちそうなことがあればギルドに手紙を送る」

「ううっ、ありがとうございます……コロナさん……」


 ミニゴブリンにボコボコにされたこともあってか、やけに人の優しさが身に沁みた。


「暗黒土竜の件はひとまずとして、何やら君は今ひどくダメージを負っているね。もしや家賃の件絡みかな?」

「これは……そ、その、非常に凶悪で強大なモンスターに襲われまして……」

「ふむ、相当深い階層で稼いでいるわけだな。いや、事情はわかるがあまり無茶をしてはいけないよ」

「えっと、無茶と言いますか……。むしろ右も左もわからないと言いますか……。う、うぅっ……」

「ん、どうした? エミカ・キングモール……?」


 途中から見栄を張った自分が居たたまれなくなって、私は今日あったできごとを半泣きで打ち明けた。

 四年間、何も成長せず、ミニゴブリンにすら勝つことができなかった惨めな冒険者の話を。


「なるほどな……。だが、エミカ・キングモール、人には得手不得手がある。そこまで自分を責め立てる必要もあるまい」

「で、でも……! 私がもう少し冒険者としてマシな部類だったら、ミニゴブリンなんかに……ミニゴブリンなんかに負け――う、うぅっ……!」

「エミカ・キングモール……」


 テーブルに突っ伏し、ついに本格的に泣き出す私。その姿を見かねたのか、コロナさんはそこで一つの提案をしてくれた。


「よし。ならば、私が手解きしよう」

「て、手解き……?」

「ああ。正規の冒険者というわけではないが、これでも仕事柄ダンジョンに潜った経験は多い。初歩的なことならば戦い方も含めて君に指南してあげられるだろう」

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