25.気づけばそこは・・・


 とにかく、問題を起こされる前に元の場所へ帰さねば――!

 この天使の処遇について私は速断した。

 だって、正体がバレて捕まりでもしたら大変だよ? 昔、希少なモンスターや亜人種がどう扱われる(扱われていた)のかを解説してる本を読んだけど、今も恐くて悪夢に出てくるほどだもん。

 きっとサリエルも王都とかの研究機関に連れて行かれた挙句、全身の血を抜かれたり、おなかを切り開かれたりされちゃうはず……。


「ねえ、サリエルはどうやって天獄に帰るつもり?」

「煙突の中に入っちゃえば、ぱぱっと帰れるよー」

「ぱぱっと……?」


 その意味はよくわからないけど、とりあえずダンジョンの入口まで連れて行けば問題ないらしい。

 ならば善は急げだ。私はサリエルを脱衣所まで引っ張ると、まずは彼女の濡れた金髪をタオルで拭いてあげた。


「よし、次は身体を――って、その服じゃダメだね……」

「んー?」


 サリエルが着てる白いワンピースはびちょびちょで、至るところ肌が透けていた。

 いや、というかこの子、下になんもつけてないや。肌どころか色々とスケスケだよ。胸もかなり大きいし、全裸の私なんかよりもよっぽどエッチで艶めかしい。てか、そもそもこの服じゃ翼だって丸見えだ。


「はい、バンザイしてー」

「は~い♪」


 とりあえずやたらと伸びる不思議な材質でできたワンピースを脱がして、サリエルの全身を隈なく拭く。

 それを終えたあとで私は先に自身の着替えを済ませた。


「着替えを取ってくるから絶対ここを動かないでね、いい?」

「エミカー、あたしのど渇いたー!」

「あんた私の話、まったく聞いてないな……」


 てか、天使ものど渇くんだね。


「むぅ……」


 このまま放置するのは危険な気がする。

 とりあえず欲求が満たされてるうちは余計なことはしないはず。そう考え、私は脱衣所に備えつけられた大型の保冷器(内側に水の魔術印が施された物)からフルーツ味の牛乳を取り出し、サリエルに与えた。


「わぁ、何これ~、あまーい♪」


 一口含むと、彼女は翼をパタパタと動かした。どうやら嬉しい時の感情表現らしい。

 機嫌がいい時に、猫がしっぽを立てるようなものかな? あ、なんか私、天使の生態に詳しくなりはじめちゃってる……。

 それからダッシュでギルドに行って、備品として保管してあった魔術師のローブを入手。脱衣所に戻ってサリエルにそれを着せると、私は彼女の手を取って外に出た。


「エミカー、この服翼が伸ばせないよー?」

「少しのあいだだよ。我慢して」


 不満を漏らすサリエルを連れてギルドの正面側に出る。あとはダンジョンまで、道なりに北上するだけでオッケーだ。


「ねえねえ、エミカエミカー!」


 だけど、石畳の街並みに興味を抱いたのか、通りに出るとまたサリエルが急に騒ぎ出した。


「エミカはここに住んでるのー?」

「え? そ、そうだけど……」

「どれがエミカの家ー?」

「私の家はこの近所じゃないよ。もっと街の外れのほう」

「じゃあそこまで連れてってー!」

「……はい?」

「あたしエミカの住んでるとこ、見たーい♪」

「……」


 まずい、なんかわがまま言い出したぞ。

 ちょっと甘やかしすぎたかも。ここは一度ガツンと言ってやらねば、このままじゃズルズルと主導権を握られてしまう……。


「もうサリエル、少し静かにしてよ! 私はね、あんたのためを思っ――!!」

「おっ、なんだなんだ揉め事か?」

「あれ? あれってエミカちゃんじゃない?」

「あ、マジだ、モグラ屋の子じゃん。どうかしたかー?」


 危機感から語気鋭く言い放とうとした瞬間だった。そこで依然モグラ屋さんを頻繁に利用してくれていた上級冒険者さんたちに声をかけられた。


「げっ……」


 しまった。今はちょうど酒場が混み合う時間。ギルドの正面入口は同業者との遭遇率が極めて高い場所と化していた。


「な、なななんでもないですっ! みなさんどうかお気にせ――」

「あ? 何ボーっと立ち止まってんだよ、お前ら?」

「何なにー? 何かあったの~?」

「お、なんだなんだ! もしかして喧嘩か!?」

「………………」


 騒ぎに気づいた一人が立ち止まり、また一人が立ち止まるといった感じだった。あっという間に通りには人だかりができてしまった。


「わぁ、人間がいっぱいー! すごい繁栄してるねー!!」

「くっ……サリエル、こっち!!」


 サリエルが周囲の人間に興味を持ち出したのをみて、私は慌てて彼女の手をつかんだ。そのまま駆け足で人混みを抜けていく。

 焦ってたのでダンジョンとは正反対、街の外側のほうに逃げてきてしまったけど、背に腹は代えられない。この際致し方なしだ。


「いい? 約束できる?」

「はーい♪」


 人気のない場所まで逃げ延びたところで、これ以上もう絶対に騒がないことを条件に、私はサリエルをしぶしぶ家まで連れていくことに決めた。


「おねーちゃん、その人だれぇ……?」


 帰宅すると、眠たそうに目をこするリリがサリエルを不思議そうに迎えた。モグラの湯が開店してからは晩ごはんもばらばらで先に寝ちゃってることも多いけど、どうやら今日は帰りを待っていてくれたみたい。


「ええっと、この人はね……お姉ちゃんの知り合い、かな……?」

「わぁ、ちっちゃ~い」


 私が適当にごまかす中、サリエルは腰を屈めて妹に接近していく。

 あー、人見知りだから絶対嫌がるだろうなぁ……、そう思ったけど、予想に反してリリは初対面のサリエルに対してキャッキャとはしゃいだ。


「わー、おんなじー!」

「だねー、同じだねー♪」


 そう言って互いの頭を笑顔で指差す二人。どうやら髪の色が同じ金色だから意気投合(?)してるみたいだ。

 うん。たしかに金髪の人はアリスバレー周辺ではあまり見かけないからね。王都のほうまでいくと多いらしいけど。


「「あはー♥」」

「……」


 てかこの二人、そういえばどことなく似てる気がする。

 だからリリも安心したのかな?


「あ、エミ姉、帰ってたんだ。おかえり――って、お客さん……?」


 そこで裏手の入口から寝間着姿のシホルが入ってきた。タオルで肩まである赤髪を乾かしながら首を傾げてる。見当たらないなーと思ってたら、ちょうどお風呂に入ってたらしい。


「ごめん、シホル! いきなりだけど晩ごはん二人分残ってる?」

「今日は多めに作ったから大丈夫だよ。そちらの、ええっと」

「サリエルだよー♪」

「ならサリエルさんの分も今用意するから、少し待っててね」


 サリエルを居間の食卓に着席させて、私もその隣に座る。

 すぐに食事は運ばれてきた。

 本日のメインは、こねた挽き肉を丸めて焼いた料理。レストランで食べた味を家でも簡単に再現できるようにと、シホルがソースを含めてレシピを改良してできた一品だ。


「わぁー、これが人間の料理ー!?」

「はい、元々は東の民族が食べていた生肉料理をヒントに考案されたもので……え? 人間の料理?」

「さ、冷めないうちに早く食べよう!」

「わぁー! 何これ~美味しいー!!」


 シホルの料理は天使の口にも合ったようで、サリエルはあっという間に皿を綺麗にすると、ちょっと大袈裟すぎるほどに喜びを言葉にしてた。終始ローブの背中がモゾモゾ動いてたので本心からだろうけど、私としてはシホルに怪しまれないか気が気じゃなかった。


「むにゃにゃ……」


 食べ終わる頃にはリリが船を漕ぎはじめたので、私は妹を抱っこして寝室まで運んだ。なぜか後ろからサリエルもついてきたけど、別に止める理由もなかったので好きにさせておいた。


「ふかふかだー♪」


 私がベッドにリリを寝かすと、すぐにその隣でサリエルが横になった。


「んー、ふにゃぁ……」


 慣れない地上で疲れたのだろう。そのまま安らかな寝息を立てはじめる天使だった。

 しかし、金髪の少女が二人、寄り添い合うように眠る姿はまるでむつまじい姉妹を見てるかのようで、私としては少し複雑な気分でもある。


「むぅ~」


 ま、いっか。

 このまま朝まで大人しくしてくれるなら、それはそれで。

 夜から深夜にかけて、ダンジョン周辺は冒険者も含めて人通りが多い。やっぱ明日朝一番に動くのが最善だろう。


「二人とも寝ちゃったんだ?」

「うん。てか、いきなりお客さん呼んでごめんね。明け方には一緒に出かけるからさ」

「いいよ、別に。お仕事関係の人なんでしょう?」

「え? あ、まぁ、そんなとこかな……」

「それなら気にしないで」


 居間に戻って片づけを手伝ったあと、私も寝る準備を整え寝室に入った。

 普段私一人が使ってる小さなベッドと、シホルとリリが使ってる大きなベッド。二台ある寝台をくっつけてなんとかスペースを確保。サリエル、リリ、そしてシホルと私の順番で横になった。


「狭いね。寝ぼけて落ちないようにしないと」

「ふふっ……」


 私の胸元近くで眠るシホルが、上目遣いにこちらを見ながら笑う。何がおかしいのか不思議だったので訊くと、姉としてなんかキュンっとする答えが返ってきた。


「ううん。ただ、エミ姉と同じベッドで寝るなんて久し振りだから、嬉しくて」

「……シホルって、かわいいよね」

「えー、そうかな? 私はエミ姉のほうがかわいいと思うけど」


 からかうようにそう言うと、クスクスと本格的に笑いはじめるシホルだった。

 くそ、やっぱかわいいじゃないか。


「最近、エミ姉さ」

「ん?」

「温泉場の仕事はじめて、ダンジョンに行かなくなったよね」

「うん」

「実は私ね、それがけっこううれしかったり」

「……」

「ごめん。冒険者やってる姉に、こんなこと言っちゃいけないよね」

「いいよ、別に」

「エミ姉にはね、もう危険な思いとか辛い思いとかしてほしくないの。だから、このままこの暮らしが続くといいなーって、私、ちょっと思ってる。少し前みたいに裕福でも、さらにその前みたいに貧乏でもなくて、生活的にもちょうどいい感じで……」

「心配しないでよ。もう無茶はしないからさ」

「本当?」

「ほんと。死んだお母さんに誓うよ」

「わかった……それならいいの。おやすみなさい、エミ姉」

「おやすみ、シホル」


 妹が吐露した真情を少し考えたあとで、私は眠りについた。

 ――暗転。


 翌日は、いつもどおり四時に起床。


「起きろー」

「う、う~ん……」


 サリエルの頬をペチペチと叩いて起こしたあとで、出発の準備に入る。

 一度ローブを脱がしてから、外に干してたワンピースを着せ、さらにその上からもう一度ローブを着こませる。

 これで準備は完了。私たちはそのままダンジョンに直行した。


「ねえ、ほんとに一人で帰れる?」

「うん、ぱぱっと帰れるよー」


 無事誰にも咎められず、ダンジョン内に入ったあとで私が尋ねると、サリエルはあっけらかんと答えた。


「いや、だからぱぱっとって何……?」


 まさか階層を一段ずつ下りていくわけじゃないよね? そんなことしたら絶対冒険者と遭遇しちゃうぞ。

 そんなふうに心配に思ってると、不意にサリエルに腕をつかまれた。




 ――ドウ”ゥ~~~ン。




 え、何この音?


「ほら~、こんなふうにね、天使はんだよー♪」


 気づけば、周囲の景色が一変していた。


「へっ? こ、ここ……どこ……?」


 見慣れた地上一階の大きな通路は消えて、今、私の眼前には湯気が昇り立つ巨大な湖が広がっていた。

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