38.認定会議
よっぽど疲れが溜まってたみたい。起きたら翌々日の朝になってた。
ティシャさんが回復魔術には多少の副作用があるとは言ってたけど、まさかこんなに長く熟睡することになろうとは。てか、ちょっと損した気分……。
「準備はよろしいですかな」
「はい、大丈夫です」
そんな感じで眠り姫状態だったので、打ち合わせもできず認定会議の日を迎えた。
会議は王都冒険者ギルドの建物内で行なうそうだ。ラッセル団長と数名の騎士さんに護衛される中、私は形式に則った形で馬車で送られた。
「おう、来たな」
「おはようございまーす」
「案内してやりたいが俺はまだ準備がある。先に上の大広間に行っててくれ」
ギルドに到着するなり、ベルファストさんに最上階へ向かうよう言われた。どうやらそこに会議場があるようだ。
階段を上って重厚な両開きの扉を押すと、巨大な大理石の円卓が現れる。中ではギルドの職員さんたちが世話しなく動き回り、会議の準備を進めていた。
えっと、私はどこに座れば?
「エミカちゃん、こっち」
困ってると広間の一番奥から私を呼ぶ声があった。そちらを向くと栗色の髪の女性が手を振ってる。よく見ればアンナさんだった。いつもの落ち着いた感じの私服ではなく、運輸局の制服(?)姿だったのですぐにはわからなかった。
「いよいよね」
「ですね。でも、私は一体何をすればいいんでしょうか?」
「エミカちゃんはね、ただここに座っててくれれば大丈夫よ。あとは私とベルでうまくやるから」
え、ほんとにそれでいいの? 受章に当たって、意気ごみとかを熱く語ったりするもんだとばかり思ってたけど。
少し心配だったので、遅れてやってきたベルファストさんにも同じ質問をしてみた。
「お前は何もしなくていい。というか、絶対に何も喋るな。いいな?」
「ふぁい……」
でも、答えは同じ。てか、完全に戦力外扱いだった。
ま、それで目論見どおりに終わるなら、何よりだけどさ。
ベルファストさんがやってきて少しすると、会議室の席も埋まりはじめた。ざわざわと騒がしい円卓。なんかそこかしこから視線を感じる。なんだろ、この雰囲気。落ち着かない……。
「あれが例の冒険者で?」
「まだ子供じゃないか」
「あんな小娘が一人でだと?」
「まったく信じられん」
「だが、こないだの〝竜殺し〟の件もある」
「ああ。見た目だけでは判断できんぞ」
「まさか、あれも
「ダンジョン攻略者ならばその可能性は高いだろう」
「しかしだな――」
う、ううっ……。なんか、知らないおじさんたちに噂されちょる。
怖い。怖すぎる。
「ゴホン。どうか皆、静粛に願う」
好奇の眼差しに私がブルブル震える中、頃合いと見たのか左隣のベルファストさんが席から立ち上がった。
「王都ギルド会長のベルズ・ベルファストだ。本日は多忙な中、貴兄らにお集まりいただき感謝する。さっそくだが、進行役としてこれより認定会議を開きたいと思う。しかし、まずこれに当たって異論、及び意見がある者は挙手を願う」
ざわつきが徐々に治まり、やがて会議場は完全に静かになった。そのあいだ手をあげる者も現れず、認定会議そのものに異は唱えられなかった。
「了解した。信任を得たものと判断する。次に本題に入るが、本日の議題は事前通告したとおり、アリスバレー・ダンジョンの攻略者であるエミカ・キングモール氏の処遇についてだ。
今度はバラバラと手があがっていく。その中で、ベルファストさんは右側の席にいた初老の男性を指名した。
「ベルファスト会長、観測室の結果を疑うわけではないが……やはり、まずはここにいる多くの者が疑問に思っているであろうことを述べさせていただく。事前通告で受け取った資料では、そこに居られるキングモール氏の冒険者ランクは最低とある。これは即ち、これまでなんの依頼も受けた経験もない中でダンジョン攻略者となった。そういう理解でよろしいのですかな?」
コロナさんの依頼なら受けたし、経験がないわけじゃないよ。てか、そもそもダンジョン攻略者じゃないから、その理解は二重の意味で正しくないね、うん。
「その理解で正しい」
……正しくないよ?
「しかし一言、ここにいるキングモール氏は冒険者として『特殊な環境』にあったことを補足する」
「ほお、その特殊な環境とは?」
「彼女は冒険者ギルド・アリスバレー支店の長である――イドモ・アラクネ会長の信頼を勝ち取り、現在その人物を師として仰ぐ立場にある。彼女が通常の依頼を受けてこなかった、或いは受けてこられなかった理由はその事情あってのことだとどうか理解していただきたい」
「つ、つまりそれは……そこのキングモール氏が、イドモ・アラクネ氏の秘蔵っ子であるということかね?」
――ざわざわ。
「イドモ・アラクネだと!」
「あの元
「引退してから一切噂を聞かなくなっていたが、アリスバレーにいたのか」
「しかし、どうしてあんな中途な街のギルド会長なんぞに……」
――ざわざわ。
――ざわざわざわざわ。
なんかアラクネ会長の名前が出たら、また場がざわめき出した。てか、その前に、これなんの話をしてるのかな?
私がアラクネ会長の信頼を勝ち取ってる?
私がアラクネ会長の秘蔵っ子?
えっ……?
「これまで彼女がアラクネ会長から秘密裏に受けてきた任務内容、及びその性質について語ることは冒険者ギルド規定に抵触する。そのため、ここで詳しく述べることはできない。しかし、彼女がこれまでクリアしてきた記録に残らない特殊任務の中には、
街の存亡に関わる事案?
もしかしてそれって、温泉噴出事件のこと?
いや、それ、そもそもの原因作ったの私だよ? その説明だと私、完全なマッチポンプになっちゃうんですけど?
あ、ヤバい。ヤバいよこれ。ベルファストさんの魂胆が、なんとなく見えた気がする……。
「彼女はたしかに冒険者として最低ランクだが、地元では街を救った英雄である」
「っ!?」
いやいやいやいや、英雄じゃないですから! ただの番台娘ですからー!!
「今回の会議に参加し、決定を下す貴殿たちにはどうかその事情を踏まえた上で正しい判断をしていただきたい」
「なるほど、アリスバレーの英雄か……」
「そう言われると、ただの子供とは思えん……」
「たしかに、底知れぬオーラのようなものを沸々と感じますな……」
あー、あー! ダメですよ、みなさん!
さっきからこの人、適当な嘘ばっか言ってますからー! 信じちゃダメー!!
「ベルファスト会長、それが事実ならば彼女は
「その点はご心配なく」
突如そこで引き継いだのは、私の右隣にいるアンナさんだった。彼女は席を立つと毅然たる態度で続けた。
「現在、運輸局主導で地下道の建設計画が進んでいることは皆様もお耳に挟んでおいででしょう」
「噂程度にだが聞いておるよ。だが、運輸局の事業など今は関係ないだろう」
「そうだ。場を弁えたまえ」
「自局の貢献をアピールしたいのならば別の機会にするがいい」
「まあ、運良く局長の席につけて気持ちが舞い上がるのもわかるがね」
「しかし、魔力列車の早期運用が裏目に出たというのに、新たな大規模事業に着手するなど愚の骨頂としか言いようがない」
「そのとおりだ。そもそも王都の地下に交通網を張り巡らせるなど幾らなんでも計画に無茶があるだろ」
あれ、アンナさんお歴々に袋叩きになってる。運輸局の責任者って、そんなに立場弱いのかな? てか、事情は知らないけど、知ってる人がこうもないがしろにされると腹が立ってくるよ。何よりも、このおじさんたちの偉そうな態度が気に入らない。
まー、かと言って、私にできることは心配することぐらいなんだけどさ。大丈夫かな、アンナさん。
それでも物憂い気分でそっと視線を向けてみてわかった。当の彼女は依然、毅然とした態度を崩してなかった。
「無能な前任者たちが皆様にご迷惑をおかけしたことはお詫びいたします。しかし、今回の事業と今回の認定会議は決して無関係ではございません。何せ、地下道建設に関わるそのほぼ全てを担い開通させたのは、ここに居られるエミカ・キングモール氏に他なりませんので」
「なんだと……!?」
私が穴を掘削した事実をアンナさんが告げると、円卓は騒然となった。
「いや、ちょっと待て……今、
「はい。すでに地下道自体は完成しております。全工程から見ても九割方の作業は終わり、あともうしばしのお時間をいただければ運用を開始できる状況にあります。よって、近いうちに王都の交通問題は確実に解消されることでしょう。そのため本日は、運輸局局長の私が推薦人としてこの場に参加させていただいた次第です。キングモール氏の卓越したお力添えがなければ、二十日ほどで王都の地下に交通網を築くことなど到底不可能でした。もし記録に残る功績が必要とあれば、それはすでにこの王都の地下に張り巡らされていることを保証いたします。私からは以上です」
アンナさんが言い終えて席に座ったあとも、場のざわつきは治まらなかった。称賛を口にする者。疑いを口にする者。驚きを口にする者。反応は様々だったけど、両隣の二人の顔色を窺う限り成果は上々みたいだ。
「やったわね、エミカちゃん。これで認定は確実よ!」
「……」
耳元で囁くアンナさんの言葉に、私は本気で喜んでいいのか微妙な気持ちになる。だって、地下道建設の件はともかく、ベルファストさんの話にはだいぶ嘘が混じってたし。
でも、それを言い出したらダンジョン攻略者だって話がそもそも真っ赤な嘘か。大きな嘘を取り繕うため、小さな嘘を重ねてる状況だ。今さら後戻りはできそうもない。
ま、ただ一つ安心できるところがあるとすれば、これで家に帰れるってことだよ。そこだけは素直に喜んでもいいところだ。
「どうか静粛に頼む。現状、受章の裁定ができる材料は集まったと考える。よってこれより決を採りたい」
ベルファストさんが再び席から立ち上がった。どうやら早々に投票に移って会議を終わらせるつもりみたい。
ほんとに私が喋る必要なかったね。いや、帰れるならもうこの際ほんとなんでもいいけど。
「では、まずは認定に反対の者は挙――」
――バーンッ!!
それは、あまりに不意のことだった。何者かが室外から扉を蹴破ったかと思えば、次の瞬間、会議場内に怒号が響き渡った。
「おいこら、ベルファスト!!」
一同が唖然とする中、姿を現したのは背の小さな女の子だった。
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