41.試練②

「ほら、これでそのブーツ洗えよ、ゲロ子」

「ううっ、ありがちょ……」


 ちょっと足元が汚れてしまったので、パメラに魔術で水を出してもらった。ばしゃばしゃと片足ずつ洗浄する。


「うがいもしとけよ、ゲロ子」

「あ、うん」


 ――ガラガラガラガラ、ペッ。

 ――ガラガラガラガラ、ペッ。


「よし。んじゃいくか、ゲロ子」

「あ、あのぉ……」


 さすがに三回連続なので聞き間違いじゃなかったし、スルーできなかった。なんか嫌なあだ名つけられちゃってる。


「あんだよ?」

「あ、あのね、その呼び方はやめてほしいかな。お姉ちゃん、ちゃんと名前で呼んでほしいな……」

「いいじゃん、別にゲロ子で。間違ってねーし」

「間違ってないから余計に嫌なんだよー!」

「あっ。てか、お前なんて名前だっけ?」

「えー! エミカだよ、エ・ミ・カ! ちゃんと覚えて!!」

「まーいいや」

「よくない! よくないよ!?」

「さっさといくぞ、ゲロ子」

「う、ううっ、ゲロ子じゃないもん……」


 こっちの言い分を一切聞かずに、パメラは私の腕を乱暴に引っ張って死骸で埋もれた通路に向かう。進行方向から敵がきたわけなのでわかってはいたけど、やっぱあの地獄絵図の中を進まないとダメみたい。

 緑の血で汚れた景色が迫ってくる。

 うわー。

 近くで見ると、さらにこれは……。


「ちょ、ちょっと待って! やっぱ無理っ!!」

「あ? 今度はなんだよ?」

「私……また吐き――うぷっ!」

「げっ!?」


 こみ上げてきそうなものを必死になって堪える。


「……うぐっ」


 激しい攻防の末、今度はなんとか踏み止まることができた。


「危なかった……」

「ちっ、このゲロ子野郎! 驚かせやがって!!」


 顔を上げるとパメラがかなり離れた場所でプンスカ怒ってた。どうやら一瞬であそこまで退避したらしい。

 さすがは名のある冒険者。すごい跳躍力と逃げ足だね。


「ご、ごめん……。でも、私この中を進む自信ないよ。別の道はないの……?」

「おいおい、マジで言ってんのか……? まー、あるにはあるけどよ、すげー遠回りになるぞ。五階層のことも考えればこの先の階段を下りるのが一番だし、あきらめて覚悟決めろよ」

「えぇー……」


 他には自然消滅するまで待つって方法もあるけど、ダンジョンがモンスターの死骸を吸収するのに半日はぐらいはかかってしまう。なので時間制限がある今回の試練では、そんな悠長なことはしてらんない。

 もう進むしかない状況だね。パメラの言うとおり腹を括るしかないか。

 そこでもう一度、ちらりと前を見た。

 ――デロデロデロ、グログログロ。


「………………」


 うーん。いや、でもなぁ……。


「たくっ、世話の焼ける女だな! 〝いでよ、我が大剣マテリアライズ〟――!!」


 ウジウジしてると、パメラがまた蛇人間たちを屠ったあの巨大な剣を取り出した。

 はっ! ま、まさか、足手まといな私を亡き者にするつもりじゃ!?


「よっと」


 なんてこっちの不安はよそに、彼女は切っ先を通路の奥に向けてピタリと動きを止めた。


「……何してるの?」

「いいから黙って見とけ」


 言われたとおり口を噤んでると、すぐに異変は起こった。


「わっ、何あれ!?」


 死骸の山から、何やら霧のようなものがふわふわと漂いはじめた。視界を閉ざす、黒い霧だ。それは見る見るうちに通路の床を満たし、溢れていく。

 やがて霧は空中で糸を紡ぐように一本の線になると、そのままパメラが握る大剣の先端に向かって流れてきた。


 ――シュウウゥゥ~!


 剣が、霧を吸いこんでる……?

 しばらくして吸引が終わり、黒い霧が晴れると、おどろおどろしかった蛇人間の死骸はすべて真っ白になってた。

 まるで化石みたいだ。完全に水分を失って干上がってる。


「ざっとこんなもんだ」


 パメラが歩み寄って白くなった死骸の一つを剣先で突くと、それは一瞬で形を崩して砂山に変わった。


「ほら、これでもうグロくないだろ」

「たしかにグロくないけど、これって……」

「オレはで色々とできるんだよ」


 私が何をしたのか訊くと、パメラは剣を使って死骸に残ってた魔力をすべて吸い取ったのだと説明した。

 さらに吸引した魔力は、自身の体力の回復や傷の治癒にも使えるという。

 何それ、すごい。

 攻撃と回復が一度にできるようなもんじゃんか。便利だー。


「ところで、その剣ってスキルなの? なんか、まてりあらいず? とか言ってたけど」

「こんな異様なもんがスキルだと思うか? まー、たしかに〝特殊スキル〟なんて呼び方する奴もいるけどよ。オレから言わせればこりゃスキルなんかじゃねーよ」

「なら、めずらしい武器かなんかとか?」

「……お前って、ベルファストが言ってたとおりほんとなんも知らねーのなぁ。一体どんな手使ってダンジョン攻略者になったんだよ。オレから見ればそっちのほうがよっぽど謎だぞ?」


 はい。天使にラスボス倒してもらいました。

 でも、決して狙ってダンジョン攻略者になったわけじゃないよ。あと世間知らずでごめんね。


「えへへ、世の中って不思議なことでいっぱいだよねー!」

「はぁ……まー、言いたくねぇならいいわ。この大剣はな、オレの〝天賦技能ギフト〟さ。武器でもスキルでもねー」


 ため息混じりに呆れたあと、パメラは自分の力について私にもわかりやすく説明してくれた。


「文字どおり、天が与えた技能。通常では会得できない能力。人類の中で数万人に一人、あるいは数十万人に一人の確率でオレみたいに、魔術にもスキルにも当てはまらない特別な力を宿して生まれてくる奴がいるのさ」


 驚くべきことに、白き光を帯びた大剣は幼い頃からすでに、パメラの頭の中にイメージとして存在してたらしい。そして物心ついた時にはもう、その出し方も使い方も特性もすべて把握してる状態にあったという。


「ちなみに、天賦技能ギフトを持ってる奴は二十歳以下に限られてる。二十年前から突然生まれるようになったって言えば、さすがにお前にだってわかるだろ?」

「二十年前? なんかあったの?」

「おい、お前マジか……! 二十年前といえば史上四度目のダンジョン攻略が起こった年だろうが! 冒険者なのになんで知らねーんだよ!?」

「あー、そういえばそんな話、聞いたことあるような……ないような?」

「ないのかよ!」

「ん? ってことはつまり、天賦技能ギフトはダンジョンの攻略によって齎された恩恵ってこと?」

「ああ、そうだよ。だからオレを含めて、みんな二十歳以下の連中しかいないってわけだ」

「その天賦技能ギフト持ちの人って、みんなパメラみたいに武器を自由に出し入れできる力を持ってるの?」

「いや、無限に物が入る不思議な袋を実体化したり、目を合わせただけで一瞬で相手を服従させたり、力の種類は千差万別だ。中にはただの水を葡萄酒に変えたりなんて酒飲みにしか使いどころのない技能もあったりするぞ。まー、かといってオレだって同属の知り合いがたくさんいるわけじゃないからな。力については噂程度に聞いた話がほとんどだけどよ」


 そっかそっか。数万人から数十万人に一人だもんね。相手が冒険者やってるとは限らないだろうし、出会うだけでも奇跡だよね。


「でも、固有の技能とかすごいね。持って生まれただけで超幸運だ」

「そうでもねーさ……」


 そこでパメラは首を小さく横に振ると、少し寂しげな表情を見せた。

 初めて見る顔だね。もしかして私、気に障ること言っちゃったかな?


「くだらねー長話が過ぎたな。さっさといくぞ」

「あ、待ってってば! 置いてかないでー!」


 心に引っかかるものはあったけど、先を急ぐパメラにはそれ以上何も訊けなかった。そのまま最終階層を目指して、私たちはダンジョンを突き進んだ。

 そして、一アワほどが経過――

 現在、あっという間に地下二十階層へ到達。

 道中を言い表すなら『パメラ無双』の一言だ。

 蛇系・蜘蛛系のモンスターが多くて、どれも単体ではなく大群で襲いかかってくるケースが大半だったけど、毎回彼女が大剣で蹂躙して終わりだった。正直、やられる姿が想像できない。それだけパメラの暴れっぷりはすさまじいものがあった。


「おら、爆ぜやがれ!」


 これなら最終階層に到達するのも時間の問題だろう。


「うーん……」


 でも、ほんとにこれでいいのかなって、少し考えちゃう。小さい子ばかりに戦わせて自分は高みの見物って、どうなの? やっぱ、私も少しぐらいは役に立たないといけないんじゃないかな……。

 ――ヌチャ、ヌチャ。


「ん?」


 パメラの活躍を見ながらそんなことを考えてると、不意に背後から奇妙な物音が聞こえた。反射的に振り返ると、壁の隅にへばりつくブヨブヨとした物体を発見する。


「おっ、私でも倒せそうなのいるじゃん!」


 アリスバレー・ダンジョンで見る奴となんか色が違って茶色っぽいけど、それはどこからどう見てもスライムだった。まさしく弱いモンスターの代表格。こっちが攻撃しなければ敵対してこないので、一撃で倒せば反撃を食らうこともない。

 よし。パメラは蜘蛛の大群と戦ってて忙しいし、こいつは私が責任を持ってちゃちゃっと殺ってしまおう。


「あ、でもスライムってたしか、直に触ると火傷するんだっけ?」


 なら、直接爪で攻撃するのはやめておいたほうがよさそうだね。だけど、今は武器も持ってないし。なんか距離を置いて攻撃できる方法はないかな?

 しばしその場で思案。

 そして、ピッカーンと閃く。


「左爪で岩の塊をリリースした瞬間、右爪で殴って飛ばすって方法はどうだろ」


 名づけて、新技〝モグラシュート〟だ。

 モグラクローだとリリースしたブロックをまた取りこんでしまうだけなので、ぶっ飛ばす時のモグラパンチのイメージが何気に重要だね。スライムならブロックが直撃すれば丸ごと潰せて一撃で倒せるはずだし。うん、さっそくやってみよう!


「モグラリリース」


 岩の塊を左爪から出現させる。

 ブロックが目の前に出現した瞬間、即座にコカトリスを葬ったあの時のイメージでパンチを打ちこんでいく。

 同時、岩を取りこむのではなく、岩を弾き出すビジョンも強く描いた。


「モグラシュート――!!」


 ここまではイメージどおり。何もかも完璧だった。

 ――ドガァンッ!

 だけど、次の瞬間、ブロックは大きな音を立てて空中で爆ぜる。さらに砕けた岩の破片は壁に当たると、最悪なことにそのまま私のほうに返ってきた。


「痛たっ! 痛たたっ!!」


 両爪で頭を守りながら、その場にしゃがんでやり過ごす。

 うー、まさか岩盤すらも粉砕しちゃうとは……破壊力を甘く見てたよ。


「ふー、やれやれひどい目に遭った……」

「バカ野郎、何やってんだお前!!」


 一難去って顔を上げると、蜘蛛の群れを殲滅したパメラがこっちに向かって駆け出してきていた。なぜかその表情は険しい。

 どうしたんだろ、パメラ? 新技に失敗して危ない目に遭ったのを怒ってるのかな? てか、そろそろ止まってくれないとぶつか――


「――る”っ!?」


 直後、パメラの体当たりが炸裂して、私はその場から問答無用で弾き飛ばされた。

 えー、そこまで怒らないでも!? なんて一瞬思ったけど、私はすぐにパメラの行動の真意を理解した。


「あっ」


 スライムだ。

 スライムだった。

 さっきの茶色いスライムが、私の目と鼻の先にいた。次の瞬間、飛びかかってきていたそいつは私を押し退ける形で入れ替わったパメラの右腕に音を立てて取りついた。

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