6.エミカ・キングモールは隠し部屋に入る。


「次はこの鉱山地帯にしよう。また君のスキルで頼む」

「お安いご用でー!」


 コロナさんの指示の下、地質調査は地下二十一階層からはじまった。作業はまず、使い古したシャベルとつるはしで横穴を掘り、ある程度の奥行きを確保。そしたら次に小さなスコップを使い、土や石、岩のかけらなどを採取する。最後にラベルの貼った瓶に、それらを種類ごと詰めてしまえば完了だった。

 ふふ、楽勝♪


「エミカちゃん、すごーい!」

「マジかよ、姫さん。モグラ並みだな……」


 歓声を上げるホワンホワンさんと、若干驚愕気味のガスケさん。自分のスキルをほめられたのは、たぶん生まれて初めてで、素直に嬉しかった。


「えへへ」

「でも、こんな大きな穴掘っちゃったら、あとで埋めるのが大変ねぇ」

「あー、それは心配なしですよ。長くても一日ぐらい経てば勝手に塞がっちゃうので」

「〝状態回復作用〟ってやつだな」


 モンスターの数が減ったり、通路に抜け道が開けられると、まるで生きてるみたいにダンジョン内部では元に戻ろうとする力が働く。四年間、この私が掘り続けてるのにかかわらず、地下一階が見渡す限りの大部屋にならないのはこの作用のおかげだったりするわけだ。


「めぼしい場所は回った。そろそろ次の階層フロアに進むとしよう」


 そのあとも順調にサンプル回収は進んだ。何度か屈強なモンスターに遭遇する場面もあったけど、コロナさんたちはそのたびに抜群の連係を見せ難なく局面を突破。そうしてやがて地下三十階層を越えると、景色にもまた変化があった。


「ここからしばらくは"水晶宮エリア〟だ」


 壁も天井も床も、白色の水晶で覆われた巨大な洞穴。端的に言えばそこはそんな場所だった。


「皆承知していると思うが、ザコでも大型のモンスターが出てくる。あらためて気を引き締めてくれ」


 サンプル回収を効率よく進めるため、地下三十~三十二階層はスルーして、私たちは三十三階のゾロ目階層を目指した。先発したなんとかっていう攻略組がボスを倒してくれていれば、リスポーンするまでのあいだボスフロアは安全地帯と化す。その平和な時間を狙ってサンプル回収をリスクなく行なう作戦だ。


「よし、敵意の気配を感じない。行けそうだ」


 コロナさんのGOサインで、私は水晶の壁をつるはしでガンガン採掘していく。やがて表面の水晶を壊し終えると、真っ赤な土でできた地層が見えてきた。


「おお、これはめずらしいな。そのままどんどんまっすぐに掘り進めてくれ」

「いえっさー!」


 表面の水晶とは違って、赤い土は粘り気はあるものの掘りやすい粘土層って感じ。私は気合を入れてシャベルに持ち替えると、指示どおりに掘り進めた。


「おりゃおりゃおりゃおりゃあー!!」


 ――ボコッ。


「え?」


 ボコッ?

 十五フィーメルほど掘り進めた辺りだった。聞き慣れない妙な音がしてシャベルの先端を見ると、その先に手のひらほどの空洞ができていた。こっそり覗いてみる。どうやら別の場所に繋がってしまったっぽい。とりあえず人が通れるほどの開通口を作ってから元の場所に戻る。


「あの、なんか変なとこに繋がっちゃったみたいなんですけど……」


 事情を話しつつ、コロナさんたちを穴の向こう側へと案内する。


「これは!?」

「ヒュー、こいつはすげえぜ!!」


 掘り進めた先にあった広い空間は見渡す限り全面が真っ赤なブロック層でできていて、天井部分は黒煙の空に覆われていた。水晶宮エリアの冷たく神秘的なイメージとは一転、おどろしい気味の悪さを感じる。その雰囲気に私は少しだけ帰りたくなった。


「なあ、騎士さんよ。あんた水晶宮エリアにこんな場所があるなんて聞いたことあるか?」

「いや……アリスバレーのダンジョンに潜ったのは今回で三度目だが、このような不気味な場所は初めてだ。そもそもこの部屋はギルドで購入した最新のマップにも示されていない」

「おいおい、じゃあもう決まりだなー! 姫さん、大発見だぜ!!」

「ふぇ? だいはっけん……?」

「ああ、間違いねえ。ここは通常の方法ではたどり着けない〝隠し部屋〟だ! 探索され尽くした階層で見つかるのは稀だが、発見した時点で未探索領域だってのは確定! とんでもねえお宝が眠ってるかもしれねぇぜ!!」

「……え? お、お宝っ!? ほんとにー!?」


 居心地の悪さも吹っ飛んで、一気にテンションが跳ね上がった。

 これで家賃払える! いや、それどころかお宝次第では億万長者も……!?


「ガスケさん、どこっ!? お宝どこにあるの!?」

「はは! このフロアのどこかにあるはずだ!!」

「探そう探そう! お宝探そうよっ!!」

「おうよ、善は急げだな!!」

「二人とも少し落ち着いてくれ。ここがまだ安全かどうかも確認できていない」

「そうだよぉ、コロナちゃんのいうとおり。罠だってあるかもだしー」


 走り出そうとした私とガスケさんの行く手を阻んだのは、コロナさんとホワンホワンさんだった。


「で、でも……そこにお宝があるんですよ!? しあわせな未来が待ってるんですよ!? お願いです! 行かせてください!!」

「こうなったら多数決だな! もちろん俺も〝行く〟に一票っ!!」

「なぁ、お主らよ――」

「聞いてくれ、エミカ・キングモール。私も別に探索自体をあきらめろと言ってるわけじゃない。ただ、もう少し慎重になって事に当たるべきだと言っているんだ」

「隠し部屋って、色々危ないって聞くもんねー。せめて盗賊職は一人いないとだよー」

「お主ら、ちとワシの話を――」

「お宝があれば妹たちにだって、もっといい教育を受けさせてあげられんです!! 今まで不甲斐ないお姉ちゃんでしたけど、頼れるお姉ちゃんになるチャンスなんです!!」

「へー、姫さん妹いんのか?」

「あ、あの……すまんが、わしの話を聞い――」

「くっ、エミカ・キングモール……!! き、君はそこまで妹たちのことを想って……う、うぅっ……」

「あれぇ? なんでコロナちゃんが泣いてるのー?」

「わ、わしの話を聞いてく――」

「ガスケさん行きましょう!」

「おうよー!」

「……」

「はっ! ま、待て、二人ともっ!」

「もぉー、いい加減にぃ――」

「おいごるあああぁ! いい加減わしの話を聞かんかぁぁぁぁああいっ!!」

「「「「――っ!?」」」」


 突然の、ブライドンさんの大絶叫。もちろん私を含めて一斉に振り向いた。


「ぜえ、ぜえ……お、お主らよ……」


 目を尖らしたおじいちゃんを見て、ふと、我に返った。


「あ、えっと……ご、ごめんなさい!」


 怒られるのって、あんま慣れてないんだよな、私。しかも、この感覚は幼少期以来だ、たぶん。

 罪悪感。反省。うっ、なんか色々こみ上げてきた。


「あ、いや……わしも突然大声を出して悪かった……」

「おいおい、爺さん。いきなりどうしたんだ?」

「うむ、ちょっと気になることがあってのぉ~」

「気になることぉ~?」

「お主ら、出てきた穴の入口がどこにあったか、覚えておるか?」


 そう言われて、私は自分が掘った穴のほうに視線を向ける。って、あれ? おかしいな。自分が掘った穴だ、忘れるはずがない。それも、この部屋に入ってきたのは今さっきの話。だけど不思議なことに、横穴はどこにも見当たらなかった。


「な、なくなってる……!?」

「は? 本当か、姫さん? もうちょっと奥のほうじゃなかったか?」

「でもぉ、見渡す限り穴なんてどこにもないよー?」

「状態回復作用……」


 そうぽつりと、コロナさんが呟いた直後だった。




「――キギイ”イ”イ”イイイイイイイイイイイイィィィィィッッ~~~!!」




 耳を劈く。瞬間、私は竦みながらに背後を振り返った。

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