34.相談
ベルファストさんが相談相手を呼びにいくというので、私は公園で待つことになった。
それでも、運輸局の建物はギルドからそんなに離れてないみたい。早ければ二十ミニットほどで戻るとのことだった。
「ランチを用意してまいりました」
ちょうどお腹もペコペコ。空き時間を利用して、少し遅めの昼ごはんをいただくことになった。
「わー、おいしそう!」
「簡単なもので申しわけありません」
公園のベンチに座ると、ティシャさんがサンドウィッチの入ったバスケットを出してくれた。
「それにしても、エミカ様はすごいことをお考えになられますね」
食べはじめるとティシャさんがいきなりそんなことを言い出したので、口一杯にモグモグと頬張りながら私は首を傾げた。
すごいこと?
「
「はい。地下に道路を敷設しようだなんて、普通思いつきません」
――モグモグ、ゴクッ。
そうなの? ま、たしかに、地下での仕事歴が長い私だからこその発想ではあるのかもだけど。
「それにご自身の卓越したお力を、世のため、人のために使う。そんなエミカ様の道徳心にも頭が下がる思いです。やはり偉業を成す方のお考えは私めのような俗物とは違いますね」
「……」
世のため人のため? 道徳心?
いいえ。地元じゃ100%お金儲けのため、力をフル活用してました。しかも、ダンジョン攻略者でもありません。ごめんなさい。ごめんなさい……。
「は、ははっ……」
なんて真実をここでベラベラ白状するわけにもいかないので、私は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「待たせたな」
ぱぱっとランチを食べ終えて、ティシャさんが淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついてると、やがてベルファストさんが一人の女性を連れて戻ってきた。
「ベルからあなたの話は聞いたわ。冒険者のエミカちゃんよね。私は、アンナ・アルフォート。王都の運輸局で局長をやっている者よ」
「……え、えっと、エミカ・キングモールです。本日はわざわざお時間をいただきありがとうございます。アルフォートさん」
「あはは、気にしないでいいわ。ちょうど仕事も一段落ついたところだったしね。あ、それと、もっと気軽に呼んで頂戴。アンナでいいわよ」
背中まで伸びた栗色の髪に、すらっとした体型。しっかりとした印象の大人の女性で、言葉を少し交わしただけでもその人柄の良さが知れた。
「エミカちゃんはアリスバレーから来たのよね。イドモの奴は元気?」
「あ、はい。いつも恐いぐらいに元気ですよ。アンナさんも会長とお知り合いなんですか?」
「まー、腐れ縁だけどね」
話を聞くと、アラクネ会長とは旧知の仲らしい。会長同様若く見えるので信じられないけど、なら実年齢は四十前後ってところかな?
てか、今さらだけど局長って最高責任者ってことだよね。ものすごい偉い人なんじゃ……。
「それで、ベル。相談したいことって?」
「ああ、まずは見たほうが早い。こっちだ」
ベルファストさんを先頭に、私たちは再び公園の地下へと下りる。
「何よこれっ!?」
巨大空間を前に、目を見開くアンナさん。ベルファストさんと同じく、ものすごい驚きっぷりだった。
「この地下空間、こいつが一人で掘ったそうだ」
「冗談でしょう?」
「内容は明かせないがイドモの手紙からも信憑性は高いと判断できる」
「でも、これだけの空間を一人でなんて……」
「ああ。しかも、今日の朝から昼までのあいだに掘ったそうだ」
「えぇ……」
正確に言えば、大部分はモグラの爪の能力を調べる時間に費やしたから、実際にかかった時間は相当短い。それにイメージのコツをつかめたので、後半は作業効率も上がってた。たぶん次掘るときはもっと作業を短縮できると思う。
「それと原理は不明だが、地下の一歩は地上の四歩分になるらしい」
「それが本当だとしたらさらに驚きだけど……この空洞、強度は? いきなり崩れてきたりしないの……?」
「どうなんだ、エミカ?」
「あー、それなら心配ないです。どんな大魔術を放っても崩落どころか砂粒一つ落ちてきませんでしたから」
たしか、アラクネ会長曰く〝時空間による断絶効果〟とかなんとか。その効力のおかげでモグラの爪で掘った穴は、どんな衝撃も無効にするらしい。
これはモグラの湯をオープンする際、施設の安全性を確認するために行なった実験でわかったことだ。
検証に立ち会ったアラクネ会長は、「これは穴であって穴ではないわね」みたいなよくわからない哲学的なことを言ってたけど、早い話モグラの爪は土や岩を掘ってるのではなく、そこにある空間を丸ごと切り取ってるんだとか。
「すごいわ、この壁面……時空間魔術の類だろうけど、風の術式も組みこまれてるみたい。だけど、魔術印も無しにどうやって空気を……?」
安全性を確認後、地下空間を調べはじめたアンナさんは、すぐに空気の流れが存在していることを突き止めた。どうやら彼女自身、かなり専門的な魔術の知識を持ってるみたい。やっぱアラクネ会長やベルファストさんと知り合いなだけあって、アンナさんも元冒険者なのかも。
「詳しい仕組みは不明だけど、これなら窒息の心配もないわね」
そういえば何も考えてなかったけど、モグラ屋さんのときも息苦しくなるようなことはなかったっけ。
「これはまだ正式には通達されていないことだ。極秘扱いで頼む」
アンナさんが壁や床を調べ終わったのを見て、ベルファストさんが声を潜めて本題に入った。私が、
今、私たちが直面してる問題を説明したあとで、ベルファストさんはいよいよ話の核心である計画に触れた。
「つまりはこいつを王都の交通問題を解決させた功労者にしちまおうって話だ」
「なるほど、それで私に相談ってわけね……」
「お前なら立場上、計画の主導も難なくこなせるだろ」
「昔からあなたって困ったら私に無茶振りしてくるわよね」
「今回に限っては別に悪い話じゃないだろ。王都の交通事情が改善されれば、お前の手柄にもなる。で、どうなんだ? お前が話に乗るなら、この娘を無償で貸し出してやってもいいぞ」
貸すって、私は物ですかい……? ま、黙ってれば勝手に話が進んでくれそうなので、ここは抗議しないけど。
「あなたにいいように使われるのは癪だけど……ふふ、面白そうじゃない。いいわ、この話乗ってあげる!」
アンナさんは不敵に笑うと、二つ返事で引き受けてくれた。
「あの……ありがたいですけど、ほんとにいいんですか?」
「ええ、もちろんよ。まずは建設計画を立案しないとね。すばらしいものにするから楽しみに待っていて頂戴」
そんな感じで無事話はまとまった。
とりあえず計画やら申請に時間がかかるということなので、その場は解散。私は一旦アンナさんの準備が整うのを待つことになった。これで少なくとも一週間ぐらいはシホルとリリと一緒にのんびり過ごせるかな。
「それじゃ、今日からよろしくね!」
「へ?」
なんて思ってたら翌日のこと。私は早朝からアンナさんに呼び出された。
話を聞くと、寝ずに建設計画を完成させたらしい。そして諸々の申請もすでに局長権限で受理済みだとか。
「さあ、いざ行きましょう、エミカちゃん!」
「え、ちょ待っ……!」
徹夜明けのせいかテンションの高いアンナさんに腕を引っ張られる形で、その日から王都地下交通網の建設ははじまった。
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