第23話 『もしも』の求婚
結局、ライバル役に回ったからってプレイヤーのする努力と同じだけがんばらなければいけないんだということを知った。
ゲームの裏側が面白かったんだもの。
普通に攻略していたら一度にたくさんの殿方と仲良くすることはできないし。出会わない人もいる。だから、要するに楽しかったんだ。なんでも手に入るエルメラなら、と油断してしまった。油断禁物。
自問自答する。
――すきなのは誰なの?
誰なの? ……ヴィンセントでしょう? おかしなわたくし。
雨が、硝子窓を濡らして緑を塗りつぶしていく。ああ、あのピョンピョン飛び跳ねた感じの女の子は、あれはミサキだ。ヴィンセントの隣にまとわりつく子犬のように歩いている。
わたくしらしくない。ふたりに会いたくないとすぐ隣の教室に入ってしまった。ふたりの談笑が壁越しに聞こえる。ああそうだ、ヴィンセントはこんなふうに笑うんだ。
悲しくなる権利がわたくしにあるのかしら?
ヴィンセントを蔑ろにしていたのに?
悪いのは誰でもない、わたくしだ。
「そんな顔は似合わない」
誰もいないはずの教室に入ってきたのはギュスターヴだった。日の入らない翳った教室で、彼の髪はいつもより暗いブラウンだった。さらりと流れる美しい髪。
「どんな顔かしら?」
「そうだね、夕方の
「そんなもの……たぶん元からないのよ」
「そうなのかい? 僕はあの紫の華やかな花がすきなんだが。見間違いだったのかな」
ええ、そうよ。近くの椅子に腰を下ろす。どうせ次のレッスンには間に合わない。
「ヴィンセントとあの子のこと? そんな小さなことを気にするなんてきみらしくない」
「違うのよ。小さくなんてないの!」
「落ち着きたまえ」
わたくしの肩は小刻みに震えた。指先も、声も。
「わたくし、もうヴィンセント様をお慕いする権利がないの……」
「よくわからないな。きみたちはその、妬けるくらい子供の頃からお似合いだが?」
「ヴィンセント様が……」
とは言え、なにもかもをギュスターヴに話してしまう訳にはいかない。王家に関わる事態を臣下である彼にあからさまにする訳にはいかない。
「なんでもないのよ。ほら、ほんの少しのことでも妬けてしまうだけ。わたくし、嫉妬深い女なのでしょう」
「エルメラ?」
長く前に垂れたロールした髪で横顔も見えないはずなのに、ギュスターヴは鋭い。空気の変化を読むのが上手いから。
「もしも。これは『もしも』の仮定の話だから聞き流して欲しいのだけど、もし、きみの縁談が破棄されるようなことがあるなら、その時は求婚させてくれ」
ひどく驚くわたくしに、ギュスターヴは近づいてきて跪いた。「レディ、その時はあなたをわたしに」
「ずいぶんお芝居がお上手ね、ギュスターヴ。そんなことは起こらないし、こんな話をどなたかに聞かれたら問題になるわ。わたくしはまだ皇太子殿下の婚約者ですもの。あなたが臣下としての礼節を守らないとなれば罰せられるかもしれない。どうぞ、わたくしのためにもそんなことはお控えになって」
さっきまで泣いていたのに胸を張ってこんなことが言えるのは、それは生まれてから培ってきた教育の賜物だろう。王室に入るためだけに、わたくしは育てられてきたのだわ。
「……やはり僕ではダメなんだろうか? さすがに王家の者ではないが、一応、公爵家の者だ。『もしも』の時、きみにはいい噂がつかないだろう。その時、僕がきみを娶りたいと申し出ればきみの父君はきっとうんと言ってくれるはずだ」
「やめて」
「そんなに強く拒絶するほどなのか?」
「そうじゃない、そうじゃないのだけど。いまはまだ先のことまで考えられないのよ」
ギュスターヴは気落ちした表情で部屋を出て行った。どんなに話し合っても押し問答でしかない。
そもそも、ヴィンセントから正式な婚約破棄がない。もしそれがなされたなら――。
その時にはきっとミサキではなくて馬鹿な自分を恨むに違いないわ。
ここが本当にゲームの世界だというのなら、ギュスターヴに求婚されたわたくしはヴィンセントとの気持ちに遠く隔たりがあるということだもの。
ギュスターヴの申し出は有難いものなのかもしれない。
プレイヤーがヴィンセントを攻略すると、時にエルメラはギュスターヴ・エンドを迎えているもの。それは決して悪くない未来。
父君の跡を継いで宰相になるに違いないギュスターヴとの間に家庭を作る。もしかすると王家に嫁ぐよりずっと暖かな家庭を持てるかもしれない。
それでも。
わたくしは本当に心の底からヴィンセントを消し去ることができるのかしら? ほらもう、消し去ることなど不可能なくらい彼を深く愛してしまっているのではないかしら。
わたくししか知らないヴィンセント。
たおやかな野の花がすきなひと。そんな繊細な彼をわたくしは忘れられるのかしら?
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