第4話 庭師の息子
週末は家に帰ることができる。
いかにエルメラが優等生だとしても、息抜きが必要だ。土の曜日は息抜きの日。家で好きなことをして過ごす。少女時代のように。
ゲームが進んでくるとお忍びで攻略対象の王子たちは日の曜日になるとわたくしに会いにくる――ミサキにも会いにいくんだけど、今日は土の曜日。ゲーム序盤のわたくしはひとり、ポーチに下げられたブランコに揺られていた。
先週までのわたくし。
あのヴィンセント相手なら好きに国政を操ることだってできるだろうと簡単に思っていた。だってお父様たちの望みはそれなんだもの。わたくしを嫁に出す代わりに国政を乗っ取る。ヴィンセントは政治に興味がない、やさしさだけでできているようなひとだ。だからそれは容易いことのように思えた。
わたくしは綺麗に着飾って、お人形でいればいい。
ただし、立場を忘れてはいけない。わたくしは皇太子妃第一候補なんだ。
結婚したらせいぜいかわいらしい珠のような子供をぽんぽん産めばいいのよ。
生まれてからずっと気にしたことはなかったのに、ドレスの腰が締め付けられて苦しい。これじゃスマートなのもうなずけるわね。ウエストが苦しくては食べたいものも食べられないもの。
裾だって重苦しい。
シルクのドレスにはたくさんのフリルやレース、チュールと工夫がなされている。足元がこんなに重いのにミサキが走ってこられたのは制服とBダッシュのお陰だ。好みの王子を見つけたら、画面の隅に消えていく前にまずBダッシュで話しかけるのは定番だ。……と、するとあの『ミサキ』の攻略対象もやっぱりヴィンセントかぁ。ブレないな、
「いつもの元気はどこに消えたんですか? お嬢様」
だらしない姿を見られたことに驚いて顔を上げる。エルメラが威厳を保つためにはいつでもシャンとしなくてはならない。それでこそ
「なんだか覇気がありませんよ」
声の主を振り返ると、そこにいたのは庭師ダンの息子ミカ。つまり、もし攻略対象なら最底辺だ。なにしろ平民で使用人だから。
もちろんミカファンもいる。
ミカは使用人だけあって、やさしくて温もりのあるキャラだ。親しくなるにつれて、本当のお兄さんのようになる。
そんなところに惹かれるファンも多いようだ。
「驚かさないでよ、ミカ。わたしくだって疲れることがあるのよ。学生って言っても大変なことが多いの、あなたが思ってる以上に」
「なるほど。それはおいらにはわからないことで。なんと慰めて差し上げたらいいのか見当もつきませんわ」
「あなたに慰められる必要はないわ。わたくしは自家発電できるし。この立場をフルに利用すれば大抵の事は――」
「自家発電?」
「あ、えーと。自分の力で元気になれるってことよ」
「なるほど。王立学院で教わることは難しいですね」
そうね、と言いながら言葉を濁してまた足で板張りのポーチの床を蹴る。ここは田舎風情溢れる造りなのでほっとする。
すうっと風が通って髪に結わえたリボンが解けて飛んでいく。ミカが急いで飛んでいってそれを拾ってくる。たっぷり日焼けした手には泥もついている。普段ならミカがわたくしに直接物を渡すことは基本、許されない。
「失礼します。リボンが風に飛んだものですから……」
わたくしの髪色に合わせた金色の細いリボンが手渡される。わたくしはそれを細い指先で受け取る。指と指が触れ合いそうになる。
「ありがとう、ミカ。外での仕事は大変でしょうね。きっと学院で勉強をしているわたくしなんかには考えも及ばない苦労があることでしょう。さあ、日が沈むわよ」
ミカはわたくしの顔をじっと見ていた。
わたくしは特になんとも思わない。みんながそうするので顔を見られることに慣れてしまったからだ。
「お嬢様、たいそうお疲れなんですね。いつもと全然違う、別人みたいだ。お嬢様こそお部屋に早く戻ってお休みになられるべきです」
失礼します、と名前のわからない農具を持ってミカは行ってしまった。
いつものわたくし!?
そんなの考えたこともなかった。
エルメラはいつも気高く、容赦なく、才能がありながら努力家で、これっぽっちも手の届く存在じゃなかった。庭師の息子を攻略したのはフルコンプするためだけの作業だった。ミカの手が、泥だらけでヒビ切れているなんて考えたこともなかった。
トゥルーエンドを迎えたのも攻略チャートのお陰だ。
けど、エルメラだって人間らしい一面があるはず。それを押し殺して、ゲームの中ではいつもの彼女を作っていたということなのかしら――?
わからない。
自分がどう振舞ったらいいのかわからない。
だっていつもわたしは『ミサキ』だったんだもの!
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