第3話 究極の姫君

『百人の王子と百の恋』は記録的、伝説的な乙女ゲーだ。

 実際は百人の王子が一度に出てくる訳じゃなくて、いくつかのワールドから好ましいところを攻略する。

 中華風の後宮もの、和風のタイムトラベルもの、最近流行っているエジプト王朝ものなどなど。

 わたしが選んだのは見ての通り西洋風の物語。パッケージイラストに描かれたヴィンセントに一目惚れだった。


 この世界の攻略対象は隠しキャラも含めて六人。まあ、ちょっぴり少ないかなという気もするけど、ひとりひとりと密接に関われるのはいい。

 つまりヴィンセント以外にも心躍る隠しキャラが! いつもつい浮気しそうになるくらい魅力的なキャラが!

 あれ? ほかに誰がいたっけ?




 ……たくさんの学生が倒れたわたくしの元に駆け寄った。先に行っていた者も、後ろをのんびり歩いていた者も。わたくしの背中でぺちゃくちゃおしゃべりに興じていた取り巻きのひとりがわたしを支え、ヴィンセントが長い足がもつれそうな勢いで走ってきた。


「エルメラ!!」

 ……そう、思い出してきた。わたくしは本当はエルメラじゃなかった。本名は……なんだったかしら? 向こうでもここでも頭を打って、記憶が曖昧になる。スエットとドレスが交互に目の前にチラついて……。

 ミサキ……そう、彼女と同じ、ミサキ。

 でも、手を伸ばせばあんなに恋焦がれた画面の中のヴィンセントが目の前に。そっと、その心配そうな顔に手を伸ばす。




「心配なさらないで。わたくし、大丈夫ですか……」

「すみません!!」

 大丈夫ですかに被ってる! 次期皇太子妃に対してどういうつもりかしらと目をそちらに移すと、そこにはよく知った顔が。

 細身で小顔、赤茶色に塗られた髪の毛はこちらでは赤毛に分類されるんだろう。大きな赤いリボンを着けている。膝丈までのチェックのスカートはこちらでは考えられない。の学校の制服だ。


「わたしが悪いんです! 廊下を走ったりしたから。申し訳ありません、お怪我はありませんでしたか」

「ええ」

 いや、違う。ここはもっと毅然として答えたくては。

 でもあの子の頭の上に、『申し訳ありません』と『そちらの不注意です』の選択肢が見えた気がしたんだ。

 そう、あの子はいつものわたくし。登場してくる男の子たちに名前で呼ばれたくて本名を入れている。だから……。


「あなたの名前は?」

「わたしの名前は『ミサキ』です」


 ほら。

 ミサキは紛うことなきわたくしの名前よ。

 でもわたくしはいま『エルメラ』だわ。『ミサキ』とこれから恋のライバルになって立ちはだかる公女エルメラがいまのわたくしなのよ!

 わたしの隣に膝をついていたヴィンセントが、ほら。いままであんなにわたしに忠実だったのに、頬が赤くなって彼女を見る。

「きみのほうこそ大丈夫かい?」

『うなずく』。

『聞こえなかったふりをする』をここで選ぶとヴィンセントルートは消えてしまう。

 いまはまだなかなか名前で呼んでもらえないけど、もう少し親しくなれば王子に顔を覚えられる。そうしたら。そうしたらわたくしは――。


 ふらふらする頭で少しずつ考えを整理する。そうだ、この時エルメラはどうするんだっけ?

 すくっと立ち上がり、ミサキを侮蔑する。あたかも汚らしいものを見るように。

 ああ、わたくし偉い。ふらついてるのに、みんなにそれを悟らせないように立ち上がった。


「廊下を走るなんて、女子生徒としてあるまじき行為ですわ。ミサキ、あなたの名前は覚えましてよ。ここの女子生徒の中では最優秀生徒のわたくしが法律。――さあ、皆さんまいりましょう。先生がきっとお待ちだわ」

 キュッと踵を返して取り巻きと共に教室に向かう。取り巻きたちはいまのわたくしの正々堂々とした態度に感銘を受けている!

 わたくし、すごい! あの長台詞を言い切った!

 ゲームの中のエルメラはすっごく賢いのよね。どの学問もトップ、身分も女子の中ではトップ、容姿も敵うものはなく、まさに姫君の中の姫君!

 カッコイイ!!


 そこで「クスリ」と誰かが漏らした気がした。周りを見回すと、誰かがいた様子はなかった。自分で自分を「カッコイイ」なんて思ってるところはひとに見せるものじゃないわ。


 ……あら? そもそもいまのでよかった?

 あの場面でわたくしの悪役っぷりが決まるんじゃなかった?

 繊細なヴィンセントは、気の強いわたくしよりミサキに心を寄せて行くんじゃなかった?


 取り戻すのよ、なんとしても玉の輿。

 エルメラならできる!

 このゲーム、トゥルーエンドが難しくて有名なの。でも全ルートを把握しているわたくしなら行けるはず。ミサキに間違った選択をさせればいいのよ。

 ……いい、わたくしはエルメラ。第一王子の婚約者という立場を忘れないことよ!

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