第5話 不思議な縁

「エルメラ、学校はどう?」

 お茶の時間に急に話を振られて、あわててカップを置く。いけない、気を抜いていた。話の流れについていけないのは社交界では大きな痛手だ。

「問題なく過ごしておりますわ、お母様。先生も、学生の皆さんもみんなとてもやさしくしてくださいますもの」

 計算したわけではないのににこっと笑顔になる。これは生まれてからいままでに身につけた技のひとつなんだろう。


「ご学友と言えば。ヴィンセント様はお変わりなく?」

 来た!

 お母様は結局それが知りたいんだ、いつだって。わたくしがヴィンセント様の婚約者になって社交界でも鼻高々だろう。


 と、冷たい目で見てしまうのは、ミサキがトゥルーエンドを迎えた時にお母様はわたくしエルメラを決して許してくれることはないからだ。ゲームの画面には「なんですって! うちのエルメラのなにが劣るというの?」と怒りの形相がワンカット入る。

 この時、自分がプレイヤーだと「ふふん」と思うところだけど、エルメラとしては堪らないところだろう。


 そんな思いはしたくない。

 でもわたくしはヴィンセントが好きなのかわからない。

 ゲームのキャラクターとしてはほかのゲームキャラに比べても比べきれないくらい、毎日がヴィンセントのことでいっぱいだった。

 そしてこの世界の中でも確かに幼い頃の思い出は胸にキュンとくる。男の子に花冠を作ってもらうなんて素敵なことだ。ましてヴィンセントみたいに容姿が優れていると。


 でもそれはそれ。

 この世界に来て、わたくしはどんなわたくしエルメラを望むのかしら?

 プレイヤーにとってのバッドエンドはライバルであるエルメラがヴィンセントと結ばれること。それからエルメラが学園で最優秀生徒に選ばれること。このふたつは重なることもある。プレイヤーとしては最悪の結末……。


 それ以外のバッドエンドを迎える理由もわかってるし。

 まず、ほかの男にフラフラしないこと。

 なおかつほかの男ともそれなりの友好度を保って信頼されること。

 それから、学生としての本分を忘れず、常に成績上位であること。女であるとはいえ、政治、経済、法律まで詳しいことが求められる。


 ――でもまあ学業はがかかってるから問題ないだろう。いままでも学業で困ったことはないし。

 なにしろ裏から見ると、エルメラってすごく努力してるんだよなぁ。予習、復習はもちろん、社交界でのそつのない交友、空き時間には攻略対象男子はもちろん、女子生徒とも交流を持って。


 いつもゲームしながらパラメーターの上がり具合に、「鬼だな」と思っていた。でも理由はあったんだ。


 今日だってほら、保険付き。勉強をするはずの土の曜日なのに来客がある。これはすごい反則技だわ。お母様のお客様、という形でエドワードはわたくしに会いに来た。

 エルメラはゲームの中でもそうやって点数を稼いでいたのかしら?


「義姉上ともうお呼びしても構わないんじゃないですか?」

 お母様がほーっほっほっほと高らかに笑う。鳩ではない。

「それは早すぎますわ、エドワード様」

「義兄上はいたくエルメラ様にご執心のご様子。あれでなかなか義兄上は頑固なところがありますから、誰がなんと言ってもエルメラ様を娶られるでしょう」

「そうであったらいいのですけど。お茶のお代わりはいかがですか? わざわざ取り寄せた珍しいものですのよ」

 バッサバッサと扇子をあおぐ。

 危ない。気づかないままでいたらわたしも数十年後、ああなっていたに違いない。


 エドワード様はヴィンセント様の弟君。

 ただし妾腹であるため、評判はあまりよろしくない。このゲームでは主人公やエルメラ、ヴィンセントは現実社会で言うところの高校三年生。その一年間を競うわけだけども、エドワード様はふたつ年下。まだ十六におなりになったばかりだ。

 ちょっと生意気なところが鼻につく。反面、強引なリードに心惹かれるところもある。


 お茶の香りを楽しみながらチラリと顔を見ると、向こうもこちらを見ていた。

 エドワードの母親は異国の踊り子で褐色の肌に漆黒の髪色だったという。それに青い瞳を嵌め込んだのがエドワードだ。波打つ髪は異国情緒に溢れている。


「そう言えばなんでも珍しいことに転入生が来たそうですね。エルメラ様はご存知ですか?」

 口の端がにやにや笑ってる。ドキッとする。わたしと彼女の起こした騒動を知っているに違いない。

「ええ、もちろん知っていてよ」

「さすが学園のクイーン。情報が早い。なんでも義兄上が身寄りのない彼女の保証人となって入学させたらしいですよ。それもご存知でしょう?」

 ふふん、と鼻で笑われる。


 そんな、それは知らなかった。ゲームではエルメラとぶつかったあとすぐに学園長に会って、古いお屋敷をひとつ、お借りするんだもの。


「彼女に興味がおありかな?」

「いいえ。彼女のことならよく知ってますの。学園の噂話は彼女のことばかりですから 」

 嘘をつけ。自分のことだからよく知ってるんだ。

 彼女はいまごろ妖精のコリンにこの世界の仕組みについて説明を受けてるはず。

 それから明日の『日の曜日』にはヴィンセントとの謁見を――ヴィンセントに会うのよね。チュートリアルと言えども胸がきゅーっとなる。

 それで彼はこう言うの。

「不思議な縁を感じる」と。

『わたしもです』と『そうでしょうか』のふたつの選択肢が表れる。わたくしの選択肢はいつも『わたしもです』だった。


 これはわたくしがエルメラの場合でも同じ選択なのかしら?

 いえ、同じはず。ゲームのプレイヤーとキャラクターが恋に落ちるなんて……不思議な縁としか呼べない。


 月の曜日まで会えないヴィンセントのことを思うと、エドワードの話は耳をすり抜ける一方だった。

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