第6話 咲きかけの赤いバラ
日の曜日にヴィンセントは現れなかった。初めての日の曜日。いまはミサキが妖精コリンから説明を受けて、ヴィンセントに会っているはず。
と言っても強制イベントなのでそれで親愛度が急に上下したりしない。穏やかなものだ。
エルメラはその頃なにをしてるのかと思ったら、日の曜日らしく来客があった。昨日に引き続き、なにを考えているのかよくわからない男。
「やあ、エルメラ。ご機嫌麗しゅう」
呼ばれて部屋を出てみればそこでお茶をしていたのはギュスターヴだった。
ギュスターヴの父親はこの国の宰相、つまりある意味国王に最も近い人物だ。
わたしの父親は皇太子妃候補の親として王陛下に近いと言える。しかし宰相ほどじゃない。
この男のどこが気に食わないのかと言えば、常になにか含んだものがあるところだ。冷血漢で無表情。
「あら、ギュスターヴ。あなたが来てくださるなんて思いもしなかったわ」
「つれないね。今日はヴィンセントはなにか用事があるようだったし、きみは暇を持て余してるんじゃないかと思ったんだが」
ほら、ヴィンセントの話をさり気なく持ってくる。そういうところが嫌なのよ。
エルメラにとってヴィンセントに会えない日の曜日は寂しくもあり、屈辱でもあるのに……。そう、寂しい。いつも子犬のように内気ながらわたしに懐いているヴィンセントがいないのはなんだか寂しいものだ。
でも感傷に浸ってるわけにはいかない。
「ところでなんの御用かしら?」
「きみにこれを」
ギュスターヴは下男に合図をすると、下男は一抱えの箱を持ってきた。テーブルの上に置かれたその箱は布地が貼られた上等のもので、金色の大きなリボンがついていた。
「そんなに見つめなくても箱はなくならないよ。リボンはきみの髪の色に合わせたんだけど気に入った? さあ、開けてみて」
緑色の翡翠のような瞳を細めてギュスターヴはわたしと箱を見た。いままで、彼からこんなに大きなプレゼントをもらったことがない。
「まあ、素敵!」まずアイリーンが箱を開けると同時に感嘆の言葉を漏らした。様々なエルメラの装飾品の管理をしているアイリーンが驚くとはなにを持ってきたんだろう?
「姫様、ご覧になって下さい。きっとお気に召しますわ」
怖々と、興味が上回って箱をのぞく。そこに入っていたのは、つばにレースのようなチュールを贅沢に使ったつば広の帽子だった。その帽子は白く、特筆すべきことに帽子をぐるりとめぐるサテンのリボンの終わりには咲きかけの真っ赤なバラがついていた。もちろん作り物であるのは百も承知だけども……。
「困るわ、ギュスターヴ。こんなに豪華なもの、いただけない」
実際、真っ白な帽子に赤いバラをつけていてはパーティー会場で主役より目立ってしまう。それはマナー違反だ。恥ずかしい思いをすることになる。
「ほう、きみは僕には帽子ひとつ贈らせないというわけか。さすがだね、エルメラ。その気高いきみに、かぶってくれとは言わないがもらってはくれないかい?」
アイリーンが少々お待ちを、と言い別室に帽子とわたしを放り込んだ。そして人差し指を立てると「しーっ!」と言った。
よく馴染んだブラシでわたしのふんだんな髪をとかしながらアイリーンはわたしによくよく言って聞かせた。
まず、今回は断ることができないこと。殿方のプライドに関わるからだ。
しかし、ヴィンセントとの関係上、高価なものは二度と受け取れないこと。婚約者のいる身の上で、ほかの男性からのプレゼントはもらうわけにいかない。
それから――。
ギュスターヴには学園生活も含めて十分気をつけること。王と宰相のように、ヴィンセントと近しい間柄でありながらこんなことをするには裏があるとアイリーンは言った。
鏡の中のわたしは嘘みたいに美しくなった。
ギュスターヴを待たせていた部屋に戻ると、彼は使いの者となにかを話していたが、ドアの開く音を聞くとゆっくりこちらを振り向いた。
「これは驚いたな」
彼の口からこぼれたのはまずその一言だった。
「まるで天使か女神かというところか」
「それは天に対する冒涜です」
「違うだろう? きみの存在自体が冒涜なのさ」
ギュスターヴは自分の言葉に笑った。
そういうところが嫌なやつなのだ。自分のジョークに自分で笑う男はあまり好かない。
「その帽子はやはりきみの物だ。ほかの者には決して似合わないよ。やはりきみが持っていたまえ。ヴィンセントとの婚約でも結婚でも、なにかの祝いの品だと言っておけばいいだろう?」
彼は仰け反るように椅子に座って得意げな顔をしてみせた。悔しいけどセンスのいい帽子だ。もっとも彼のデザインとは思えないが。
「まだなにか不服があるのかい? そうだな、僕がきみを想って作らせたというところが不服だろうね」
彼の顔のラインギリギリで切ったストレートのダークブラウンの髪が、彼の言葉とともに揺れた。
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