第47話 王陛下のお招き②
わたくしも隅の目立たない席で休憩をとる。
お父様はさも満足げだ。子供の頃からダンスを良い教師に習わせておいて良かったと、内心思っているに違いない。
時々、ミサキの赤いドレスがひらりと輪の中に揺れた気がしたけれど、相手はヴィンセントではないようだった。
いくらアットホームなパーティーといえど、彼は今日はやたらな女性と踊るわけにはいかない。王子であるということはそういうことで、だからわたくしが一番手だったわけだから。
「レディ」
グラスをふたつ持った殿方が近づいてきた。目を上げると、ずっと会うことのなかった人の姿があった。
「レオン。あなたも?」
「私は騎士ではありますが、一領主の息子でもあり、今日は田舎の父の代理で来ているのです」
「ずいぶん久しぶりになってしまったわね」
「そうですね。あなたとあの日、ふたりきりでいたことが夢のようだ」
隅の席、と言っても周りに人がいる。満足に言葉が交わせない。
彼は時間をずらせて廊下に出ようと言った。
多少危険が伴うことはわかっていたけれど、彼と話をするというのはそういうことなんだと頷いた。
「お会いしていない間、どうなさってましたか?」
「どうともないわ。ヴィンセントはあなたが一番よく知っている通り、わたくしのところには現れないし」
「······バロワ公の」
ドキッとする。
そんなことがレオンの口から出るとは思ってもみなかったのだもの。
「どうして?」
「······ヴィンセント様もご存知ですよ。ギュスターヴ様はヴィンセント様に忠告された。いまのような状況がいかに王子とあなたの関係にヒビを入れているかということを。そうしてもしこの状況が続くのなら」
「ストップ」
わたくしは彼の口の前に手で戸を建てた。
「よくわかったわ。ギュスターヴが心配してくれたのね。そうして事態はもっと複雑になっているということなのね」
「そういうことでしょう」
その時、通り過ぎようとしたひょろりとした白髪の男性がレオンに目をとめた。
「バーハイムの息子よ。父君は元気にしておるかね?」
「はい、変わりなく」
「そうか、そうか。きみの噂はよく聞くね。優秀な騎士だと。きみが王都にいるようになってから父君はちっとも王都に寄り付かない。元々そういう男だからな。学園の同窓生なんだよ」
「そうですか。父に伝えましょう」
そしてその紳士はわたくしをまじまじと見た。気が引ける。レオンと一緒にいたところを見られてしまった。
「貴方はヴィンセント様の婚約者だね。先程のダンスは素晴らしかった。そのあと、リアム様と踊られたのは驚いたがね。あの方がいらっしゃること自体が稀であるし。どんな魔法をかけたのかな? 魅力的な女性というのは罪だな。レオンも彼女が麗しいと認めるだろう?」
「私にとっては主君の婚約者ですから。――いまも、人混みでご気分が優れないようでしたのでお連れしたわけです」
「······なるほど。きみのような有能で容姿端麗な若い騎士と、麗しの王妃の悲恋の話はいくつもある。彼女に魂を奪われないように気をつけることだな。まぁ、すべてお伽噺だよ、気にしないでおくれ」
ははは、と笑いながら紳士は廊下の先へ歩いていってしまった。わたくしたちはなにも言わず、それを目で見送った。
そうしてレオンはぽつりと言葉を落とした。
「すべて、もう遅いですね。私の心はすべてあなたのものだ。例えあなたがほかの男を見ていたとしても。あなたほどの女性に近づく男が多いのは仕方の無いこと。ましてや主君の婚約者であれば⋯⋯。届かない恋です。先にどうぞお戻りを。私はあなたへの想いを少し冷ましてから参りましょう」
寂しげに微笑む彼から離れ難い。でも、王家主催のパーティーでいつまでもこんなところにいられない。ドレスを翻そうとする。
――と。
「エルメラ、こんなところに!」
「まぁ、いらしてたのね」
心の準備ができていなかったせいでドギマギする。まさかこのタイミングでギュスターヴに会うことになるとは。
「ああ、きみはヴィンセントのお抱え騎士だな。レオン=バーハイム」
「名前を覚えてくださっているとは光栄です」
「貴君の父君も素晴らしい騎士だったと父から聞いている。もっと堂々として構わないのではないかい? バーハイム公の跡取りでもあり、優れた騎士でもあるのだからね」
「ありがとうございます。身に余るお言葉です」
レオンはすっと頭を下げた。
バーハイム領は王都からは確かに距離があるけれど、身分的にはレオンだって公爵の息子。ギュスターヴにそれほどへりくだる必要はないと思うのに。
「ではレディはいただいていくよ。行こう、エルメラ。せめて壁の花でいてくれなくては、ずいぶん探したよ」
「ギュスターヴ、今日はあなたと踊れないわ。わたくしたち、お互いの家のために今日はそういたしましょう? どうせ今度、家の晩餐にいらっしゃるでしょう?」
「その時はその時だ。それに父はもうとっくに僕がきみに熱心だとご存知だよ。きみの父上とは折り合いが悪いようだから、なにも言わないが」
「⋯⋯困るわ。わたくし、少なくとも今日はヴィンセントの婚約者でいなくては」
「ヴィンセントの魅力的な婚約者であれば、いろいろな男からダンスを申し込まれても当然だろう。問題ないさ」
ギュスターヴはわたくしを強引に大広間に引き戻した。
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