第46話 王陛下のお招き①
お父様のエスコートで大広間に入る。
今日は『アットホームな』パーティーだそうなので、婚約者ヴィンセントのエスコートではなく、家族と来たことを強調する。
まずはアットホームといえども王陛下にご挨拶をする。パーティーの主催者だ。
「おお、エルメラ、よくここへ来てくれたね。貴方はとても優秀だと聞いているよ。それでいて美しい。ヴィンセントをどうか見捨てないであげておくれ」
「とんでもない。畏れ多いです。お招きいただきありがとうございます」
「そんなに固くならず楽しんでいってくれたまえ。王宮と違ってここは無礼講なのだから」
わざわざ誂えたベルベットのオペラピンクのドレスをつまんで挨拶をする。こんなに派手な色のドレスを着るとさすがに気後れする。それくらい集まった方々はきらびやかな人たちだった。
「エルメラ! 待っていたよ。今日も一段と美しいね」
「ヴィンセント! なんだか緊張してしまってひとりじゃ心細かったところだわ」
会話が繋がらない。
オーケストラの流麗な音楽がふたりの間を通り抜けていく。なにを言ったらいいのかわからない。
目のやり場に困って視線をさまよわせていると、視界に真っ赤なドレスを着た彼女を見つけた。目が合うと、パッと花が咲くように笑顔になって走ってくる。
「エルメラ様! 新年早々お会いできてうれしいです」
「まぁ、ミサキも来ていたのね」
「はい、ヴィンセント様が王様に話をしてくれたそうで、そうしたら外国からのお客様待遇になったんです」
「そうだったの」
ヴィンセントは微笑んでいるような顔をしていた。バツが悪いんだろう。
わたしとは休みが始まってからなんの連絡もとっていないのに、ミサキとはそんなに親密なのかと思うと、自分でも嫌なほど妬けた。
大広間で華麗なダンスが始まる。上から見ているとまるで円を描くようにドレスが舞い、円を描くようにみんなが動いている。
――ああ、嫌だ。
ダンスは得意だったけれど、こんな気持ちのままヴィンセントと踊るなんて考えられなかった。でもここは順番として婚約者であるわたくしがヴィンセントと踊らなければならない······。
「私と踊って下さい」
ヴィンセントはマナー通りに膝まづいてわたくしの手に接吻した。
わたくしと彼は弧を描くように設計された階段を一歩ずつ下りて、広間に着いた。
周りのペアがみな、気を利かせて若い婚約者同士であるわたくしたちに場所を開けてくれる。
わたくしは右手を彼の手の中に、左手を彼の方に置いて三拍子のダンスを踊り始めた。
お父様も見ている。
それ以外のみんな、皇太子妃候補であるわたくしを覚えようと視線でプレッシャーをかけてくる。
「どうしたの? 顔色が悪いみたいだけど」
「ごめんなさい、緊張しちゃって。ほら、名だたる方々の中で踊るなんてないことだから」
慣れるから大丈夫、と彼らしいやさしさでわたくしをやわらかくホールドした。丁寧でパートナーを気遣うステップ。夢のように音楽は流れ、人形のようにわたくしはその中心で舞い、気がつくと拍手の中にいた。
笑顔で拍手に応える。
ヴィンセントと共に周囲に挨拶を送る。わっと声が上がって、たくさんの方がわたくしたちを取り巻いた。
みな口々にダンスの感想と、わたくしたちの結婚の予定について早口で訊ねてきた。
わたくしはできるだけ華やかな笑顔を作って、期待に満ちた目でヴィンセントを見上げる。彼はしどろもどろになりながらも、質問にひとつひとつ答えるものだから人だかりは一向に減りそうになかった。
「失礼。レディをお借りしてもよろしいかな?」
現れた殿方を見て周りのみんなはどっと沸いた。そうしてヴィンセントは助かったという顔をした。――わたくしに手を差し出したのはリアムだった。
リアムが舞踏家に出たなんて聞いたことがなかった。足のせいだ。けれども彼は律儀に約束を守ってくれた。
「私の足は上手く動かないのだけど、それでもいいかな?」
オーケストラの演奏が緩やかな音楽に変わる。ゆっくりステップを踏めば踊れる曲になる。予めリアムがそうするように指示していたのかもしれない。
「リアム様、ありがとうございます。わたくし、本当に緊張していたのでお誘いくださって本当に助かりましたわ」
「そう? なら良かったけど。ほら、周りを見てごらん。さっきとは違う見方で僕たちを見ているよ。僕は王室の幽霊だからね、誰も怖くて真っ直ぐに見られないんだ。だからきみも緊張は解くといい」
いつも通りの魅力的な笑みで彼はわたくしを見た。
ほうっというため息があちこちでこぼれている。
彼の言ったことはあまりあてにならなかったようで、ダンスが進む度にみんなが振り返る。
――わたくしたちはどう見られているのかしら?
弟の婚約者と踊る兄は別に問題は無いはず。
だとしたらみんなの目にはどう映っていて、どうして申し合わせたようにため息をつくのかしら?
「さぁ、僕はきみとの約束をひとつ守ったのだから次こそは僕に絵を描かせてもらわなくてはね」
「確かにそうですわね」
わたくしは笑った。
すっかり緊張はほぐれて、夢見心地だった。
時間は長いようで短くて、気がつくとわたくしたちはお辞儀をしていた。
「向こうにバロワがいる。ギュスターヴも来ているはずだよ。ギュスターヴもわきまえているとは思うが、彼と今日は踊ってはいけないよ。きみの父上と彼の父上のためにもね」
はい、と答えて下がった。
リアムは疲れたようで席に戻って行った。
確かにそう。
ギュスターヴとは今日は踊るわけにはいかない。
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