第37話 嘘と真実

「ごめんなさい、困らせるようなことを言って。決して嘘ではないの」

「では真実まことでもないと?」

「……まだ誓うことはできないの。あなただってそうでしょう? わたくしは単なる手駒。自分の意思を持つことを許されていない」

「……申し訳ありません。辛いのはあなたでしたね? エルメラ……。いまだけそうお呼びしても」

「でももしわたくしが手駒ではなくなったとき、その時には必ずあなたが」

「名乗りを上げましょう、エルメラ。その時はこの身をあなたのために差し出しましょう――」

 先に、と彼は言った。

 わたくしは彼の開けた重い扉をすり抜けてまた廊下を部屋まで歩いていった。心の残り火を、足跡と共に残して。


 ミサキは次はどう出てくるのかしら?

 皇太子妃という立場に興味があるようではなかった。とすると、ヴィンセントだけが手に入ればいいのかしら?

 そのことでヴィンセントがどれだけ苦しむことか――。

 わたくしなら、わたくしがミサキであるなら、ヴィンセントとのベストエンディングを選ぶはずだわ。最上級のしあわせをゲームの上でくらい味わいたいもの。

 なのにあの子はそうしない。


 なぜ?


 ミサキは本当にわたくしなの?

 転生前のわたくしなの?




 月の曜日は当然、別々の馬車で学園に戻った。馬車を停めるための小さないざこざがあちこちで起こり、わたくしもようやく学園に戻った――。


「エルメラ様。お邪魔ですか?」

 横笛を戯れに吹いていたわたくしの部屋にミサキが現れた。こんなことはいままでなかった。

「お入りになって。美味しいクッキーがあるのよ。パンプキンのクッキーなの」

「ハロウィンは過ぎましたよ?」

 ハロウィンの話がここで出てくるとは思わなかった。けれどエルメラであるわたくしがそれを知っているのはおかしいので、素知らぬ顔をする。

「なんのことかしら? 過ぎる、と言えばもうすぐ感謝祭よ。中庭のシンボルツリーにも飾り付けが始まるわね」

「クリスマス?」

「いいえ? ミサキのところではそう呼ぶの?」

「ツリーの飾り付けをするのはクリスマスです」

 そうなの、と相槌を打ってまた笛の音と戯れる。横笛の透明感のある音には精霊が宿るというひともいる。もしそうなら魔法の笛だ。

「学園はもしかして冬休みになります?」

「なるでしょう。来週からかしら?」

「そんなぁ!」

 喜怒哀楽の激しいミサキに思わず笑いがこぼれる。ゲームの中ではわたくしはいつもこんなにコミカルだったのかしら?


「休みになると困るの?」

「·····ヴィンセント様にお会いできません」

「今日は?」

「ダメでした。お勉強ですって。次は主席を取るつもりらしくてお顔も見せてくれないんです。エルメラ様にもですか?」

「さあ? 今日は伺ってないから」

 ミサキはなにやら怒り始めた。両腕を組んで、部屋の真ん中のソファにドサッと座った。寒さで締め切った部屋にホコリが舞う。

「ねぇ、ヴィンセント様とエルメラ様は婚約なさってるんでしょう? どうしてそんなに冷めてるんですか? 親の決めた結婚だから?」

 彼女の剣幕に、わたくしも横笛を置く。

 彼女の目にはそう映っていることに戸惑う。

 わたくしたちは冷めた婚約者らしい。

 確かにみんなの見ている前で特に親しくしない。それはマナー違反だから。でもたまに、学園内の催し物の時にはヴィンセントがわたくしをエスコートしてくれる。それでいいのではなくて?

 そして、人目のないところではわたくしたちは口付けも交わしたというのに·····。


 あれが間違いだったのか、わたくしにもわからない。

「別に冷めてはいないわ。現に先の週末は一緒に補習をして過ごしたわ」

 自分の言葉にくすくす笑う。確かに言葉の通りだから。

「お願いだからヴィンセントをもう少し自由にしてさしあげて。彼には彼のやらなければならないことがあるのよ」

「つまらない」

「あなたも休みの間は勉強を進めたら? 次の試験でわたくしを下してみるといいわ」

 ミサキは思ってもみなかったことを言われたようで、キョトンとしていた。

「勉強は苦手なんです」

「だからこそするのよ」

 パンプキンクッキーを何枚か彼女に持たせてやった。こんなふうに話をすると、最近は彼女がまるで妹のようにかわいらしく見えることがある。

 見えないディスプレイの向こう側にはわたくしがいて『月の曜日~エルメラを訪れた』と表示されているに違いない。

 わたくしがわたくしをかわいいと思うなんておかしな話だけども。

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