第38話 将来そばにいてほしいのは

 ヴィンセントへの気持ちが次第に萎れていくのをただただ見つめていることしかできなかった。自分に想いがなくなったというだけでしまうなんて、子供っぽい恋愛だなと思う。


 でも、考えてみれば小さい頃からなにかあるごとに一緒にいて、「お姫様と王子様」ごっこを地でやってただけなのかもしれない。――そうなのかもしれない。

 いつか大きくなったら結婚することは決まっていた。だから年頃になって『疑似恋愛』にハマってしまったとしてもおかしくないんじゃないかしら?


 そう、わたくしたちはわたくしたちなりの『恋』の形を作ってきたの。あの、花冠の日から。


 土の曜日に窓際にもたれてくれかけた空を見ていると、ふと、自分がディスプレイの向こう側にいた頃を思い出した。

 幼い頃からの許嫁同士の間になんとか割り込むために、あの手、この手、使ったっけな。

 大事な場面では妖精の魔法も切り札をきるように使った。

 そう、例えばこの間みたいな舞踏会の時。

 踊らなければ意味がない。好感度がすごく上昇するイベントなのだし。


 でも、本物の、触れればきちんとそこに居るヴィンセントはなにを思ったんだろう? 「なかなかの踊り手だった」と言っていた。心の中に彼女への想いが湧き起こったのかしら? わたくしがプレイヤーだった時も、魔法まで使ったのにその程度だったのかしら?

 どうして?

 ――エルメラを忘れられないから?


 でもいまはどうかしら?

 全然、自信が無い。こんなに揺らいだ気持ちに悩まされるなら、本当にいっそ遠い彼の地に行ってしまいたい·····。雪が降る頃だと言っていた。こんなガウンじゃとても過ごせないのかもしれない。

 それでも朝、カーテンを開けた時の眩しさは一際美しいのではないかしら?


 ·····ダメね。

 彼とわたくしは結ばれるのは難しいもの。

 それなりに大きな問題がない限り、お互いほかに想い人がいても結婚することになると思う。

 やさしいヴィンセントとの結婚は、国との結婚だ。彼はひとりで何事も決断するにはやさしすぎるから。

 だからわたくしが法律や政治を学んできたのだわ。


 やっぱりわたくしたちはお似合いの、寄り添い合えるふたりなのかもしれない。そのための準備を長いことしてきたのだもの。

 ·····簡単には、未来なんて変わらないものね。


 あんなに生前から恋焦がれたヴィンセントとの結婚を望んでいるのかしら?

 それともいまのわたくしの気持ちを大切にしたいのかしら?


 わからない。ヴィンセントはいつも手の届くところにいて、ディスプレイ越しよりずっと近くにいるのに、あろうことか自分の気持ちがわからないなんて。


 日の曜日は最近憂鬱だ。

 なんの約束もなければヴィンセントは現れなくなってしまった。

 おかしなことに彼の騎士であるレオンともほとんど話さないまま時間だけが過ぎていった。


 ギュスターヴがやって来て、冬枯れの庭園を散歩する。「寒くないのですか?」と聞かれて微笑む。

 寒くないわけはないの、ただ、ここがすきなだけ。

 彼はとても穏やかに話をする。するすると滑るように喋り、わたくしにはわからなかったところは噛み砕いて説明してくれる。そんな時は大抵、わたくしを見て微笑んだ。


 父も母もまったく現れなくなったヴィンセントと、代わりに回数多く通ってくるようになったギュスターヴのことで気を揉んでいるようだった。

 ある日とうとう彼は我が家の晩餐に正式に招かれた。反宰相派の父からしたら、ありえない事だった。


 食事は音楽を流して和やかに行われた。

 ギュスターヴは招かれたことをうれしいと、真っ直ぐに父に伝えた。父はしかめっ面だったけれど「きみが学園で優秀な成績を収めているというのは耳に入っているよ」と彼の有能さを婉曲に褒めた。もちろんギュスターヴは謙遜した。そんな恥ずかしそうな無垢な表情を見たのは珍しかった。


 食後は客間で共にお茶をいただいた。

「柄にもなく緊張してしまったよ」

「そうね。あなたって国の一大事でも顔色を変えずにいそうだもの」

 ふふっ、とわたしは冗談を言った。

「エルメラ、それは冗談にならないんだよ。僕は将来、宰相となるよう嘱望されているからね、一大事だろうとなんでもない顔をしないと、周りが混乱してしまうだろう?」

 将来の仕事についての明確なイメージを聞いたのは初めてだった。ヴィンセントはとにかく『王位を継ぐ』ことにいまはいっぱいいっぱいなところがあるし、レオンは騎士であり、領主である未来を既に受け止めていた。

 ギュスターヴが、将来、自分が掴み取らなければいけない地位の話をするのを新鮮な気持ちで見ていた。


「僕はね、エルメラ。そんな一大事の時に本当は混乱している自分をきみなら癒して送り出してくれると思っているんだよ。きみは聡明で情に溢れている」


 そんな風に考えられているなんて思ってもみなかった。そうして将来に対する具体的な考えをしっかり持っている彼から目を離せなかった。

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