第41話 矜持と嫉妬
いつも以上に王子の瞳がやさしく見えた。
これまでのことを踏まえて、誠意を持って接してくれていることがわかる。そして、わたくしの素っ頓狂な話にも付き合ってくれたのだからわたくしも真正面から向き合わなければならない。
瞳と瞳は繋がったままだった。
「ごめんなさい。少し混乱してしまって」
「無理はないよ。僕だって混乱したのだし」
そういうことではなかった。
確かに前世の話が知られてしまったことには動揺するけれど、それ以上に過去を知られた彼とどう付き合っていけばいいのかわからなかった。
かと言って、ほかの殿方との婚約を受け入れる時、わたくしは本当のことを告げるのかしら? お互い知らないままの方が幸福なことがある。それが男女の仲の秘訣なのだと、誰かが話していた。
言えるわけがない、とも思う。
でもその前にとにかく目の前のヴィンセントだ。彼に応えなければいけない。
「こんなことを伺うなんて卑しいことだと思うのですが……ヴィンセント様の心はミサキにあるのではないのですか?」
「エルメラ·····」
透き通る水のようなヴィンセントの瞳に、一点の曇りが見える。少しも心を奪われていない、というわけではあるまい。
それに!
――ああ、どうしていままで考えてこなかったんだろう? それくらいわたくしたちの仲は良かったからだ。
もしも、ヴィンセントと結婚したとして、彼が妾を取らないとは限らない。このひとはわたくしだけを一途に想ってくれるかしら?
以前はそう信じていたけれど、いまは。
「わたくしにはミサキに負けたくないという矜持はありませんけれども、それでも嫉妬は心の内に持ち合わせているのです。ヴィンセント様はわたくしひとりだけを、この世が終わるまで愛して下さいますか? この答えはいますぐに、とは申しません。わたくしとミサキをよく見て、そしてどちらかを選んで下さればいいのです。あなたにはその資格があるのですから」
「席を立たないでくれ、エルメラ! そうしてほかの男のところに行くというのかい?」
「まさか。わたくしの所有権はあなたにあるのです。あなたの手の内にいるうちは、どの殿方もわたくしの指先ひとつ触れることは叶わないでしょう。でも――あなたがわたくしを見限る素振りを見せたなら·····慰めてくださる方がいらっしゃるかもしれません。女は所詮、手駒。あなたの気持ちおひとつで、行き先が決まるのです」
わたくしは悠然と振り向かずに歩いた。そして、温室のドアにかける指先は震えていた。
――さあ、サイを振ってしまったわ。後戻りはできない。後ろ手に扉を閉めて、校舎へのレンガ道を歩く。その先の中庭、噴水の寒々しいベンチにリアムが座っていた。
「どうだった? きみも隣に座りたまへ」
「リアム様、足によろしくないです。温室にお戻りになっては。せめて建物の中に」
「僕の心配よりきみが重要だろう? 少なくともいまは」
冬枯れの温室外の花たちの中でも、リアムの微笑みは花のほころびのように美しかった。目を奪われる。ハッと我に返る。
「いけません、暖かい場所へ」
「きみは温室に戻れないだろう?」
じわっと涙が滲み出て、彼の穢れを知らぬ白い指先がそれを拭う。
はい、と小さく俯いて答える。
座ったままの彼はわたくしの頭を抱えてひとしきり泣くまで待ってくれる。
「いい子だ。きっと良いことが起こるよ」
はい、と答えることはできなかった。ただ頷くだけで精一杯で。
抱えられた頭はしっかりと受け止められていて、彼の吐息は温かかった。
「ヴィンセントはまだきみのものだっただろう? だからあそこにいることを許したのだが」
「わかりません。わたくしには、なにも。彼女と一緒にいる時のヴィンセント様をご覧になったことが? まるで子供の時のように――」
「僕の知っているヴィンセントも、きみのことになると子供のような笑顔を見せるけれど」
「·····もうそんなこと、昔の話なんです。変化はどこにでもあって、思わぬうちに進んでいるものですわ」
彼が憐れむような目でわたくしを見たのは知っていた。けれども今度は涙は出なかった。
ミサキは素直で快活だ。宮廷生活の真逆を行く。ヴィンセントから見たら新鮮なのも肯ける。
·····わたくしにはそれをあげられない。
生前のわたくしも、彼の王子としての苦しい立場を考えたことはなかった。彼はいつもわたくしに「やあ、ミサキ」とやさしく声をかけて微笑んでくれたから。
ゲームの内側に入るまで、それぞれの苦しみがあることを考えなかった。わたくしの見たこの世界はあくまで2Dだったから。
わたくしの遊んでいたソフトの中のエルメラも、こうして『
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