第42話 思わぬ事故

 曇天。

 もう少ししたら白い妖精たちが街に降りてくる。

 そうして、わたくしたちの感謝祭の休暇は始まる。華々しく、或いは家庭的に。

 休暇始めには各自の家からの馬車が迎えにやって来る。やわらかい毛でできた上着を着てそれを待つ。

 かわいらしい下級生たちがわたくしに頭を下げて前を通り過ぎる。にこりと笑うと、歓声を上げて小走りに去る姿が愛らしい。


 ――結局、休みが来るまでの間に再びヴィンセントとこれといって長く話す時間は来なかった。帰宅するための支度と、学園内でのちょっとしたパーティー。それで時間はすっかり潰されてしまった。


「エルメラ様!」

 ミサキがいつも通り、暖かそうなオレンジ色のコートを着て走ってきた。ほら、そんなに走ると危ない、と思った拍子に彼女は滑った。

「きゃっ! こんなところが凍ってるなんて思わなくって。わたしの住んでいた街ではこんなに雪は降らないんです」

「そう、温暖なところで育ったのね。あなたがいつも元気なのがわかった気がするわ」

 ふふっ、と笑うと、彼女もバツの悪そうな顔をして笑った。


「ミサキは感謝祭の休暇はどうするの? 家を借りていると聞いているけど、ひとりで慣れない土地ではさみしくはないの?」

 彼女は口元に人差し指を当て、斜め上の方向を見た。


「感謝祭の間はどなたにも会わないんですか?」

「いいえ、家によっては家族だけで親密に過ごすところもあるけれど、別の場合、賑やかなパーティーを催すこともあるのよ」

「それじゃあ、わたし、パーティーに行きたいです! 楽しくて大好き!」

「……でもね、ミサキ。そういうパーティーには招待状が必要なのよ」


 ミサキは途方に暮れた顔をした。

「誰からももらってないんですけど」

「こればかりはわたくしにもどうしようもないの、ごめんなさいね」

 良い感謝祭をね、と彼女に手を振って馬車に乗り込んだ。




 感謝祭のパーティーはもちろんゲーム内イベントだ。意中の男性からの招待状を待ってしまう。それはゲームの中でも、外でもそう。




 はぁっ。

 手袋をつけているのに意味が無いのはわかっているのだけど、わたくしは手に息を吐いた。指先が氷に触れているようだった。


「やぁ、馬車が遅れているのかい?」

「そのようね」

 ギュスターヴはわたくしを上から下までまじまじと見た。まるで値踏みをするように。

「レディ、いくらなんでもそんなに寒そうな格好でここに立ち尽くすわけにはいかないんじゃないかな?」

「仕方の無いこともあるわ。時には我慢が必要よ」

「うちの馬車で送ろう。そうすればきみの家の馬車にどこかで会うだろう」

 どうしたものかしら、と思う。でもここで待っているのは確かにもう数える程の人数しかいない。


「馬車に乗るだけだよ。なにも怖いことはない。それとも僕がきみを連れ去るとでも? それはなかなかいい考えだ」

 いつも通りのどこまでが本当なのかわからない軽口を叩いてギュスターヴは目を細めた。


 仕方ない。

 行為に甘えて馬車に同乗させてもらう。ギュスターヴは特になにかを話すというわけではなくて、わたくしの顔を見つめていた。

 その真摯な瞳にいままでのことを思い出す。


 ――彼は本気だろうか?  本気でわたくしを愛していると?


 愛されている人に嫁いだ方がしあわせになれるに違いない。愛ある分、やさしくしてくれるだろうし。王宮に入ったとしても愛のない生活だったら……。そんな風に自分を追い詰めるのはやめよう。まだなにもわかってないし、決まってないのだから。


「ああ、向こうに見えるのがきみの家の馬車だ。車輪をやられてしまったようだね」

 馬車は止まり、ギュスターヴの家の馭者がわたくしの家の馬車を見に行ってくれる。


「こんなに寒い日に災難だね」

「ええ、ギュスターヴ、とても助かったわ。わたくし、修理が終わったら自分の馬車で帰るわね」

「どうかな? そんなにすぐ直るだろうか?」

 会話の途中に馭者が駆け戻ってきて、わたくしの馬車の現状を告げた。ギュスターヴは真面目な顔をして話を聞き、わたくしを振り返った。


「すぐ直りそうな見込みがないそうだ。この馬車でやはりきみを送って、ここに増援を連れてこよう」

「だって、そんな、悪いわ」

「悪くないとも。想い人を守るのは騎士の栄誉。光栄だよ、エルメラ」


 思わぬやさしい瞳に射られてドキッとする。

 そしてその一方で、会うことも叶わぬ身になったもうひとりの騎士を思い出す。


 彼は今頃休暇をいただけたのかしら? 凍るような寒さの中の古い城に、橙色の灯火が暖かくともる。城の中では落ち着いた、やさしい歓談が聞こえるに違いない。


「ではいいね?」

「ありがとう。このご恩を忘れずにお返しするわ」

 現実に返ったわたくしは、彼に笑顔を見せた。

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