第19話 仮面舞踏会

 トゥルーズにはお屋敷のほかに別荘がふたつある。ひとつは避暑のための『夏の家』。もうひとつは客人を迎えるための、迎賓館のようなもの。『トゥルーズ・ハウス』と呼ばれている。


 昨今の互いの行き違いを正し進行を深めるために、わたしはこの館に学生たちを招待した。

 招待と言っても、さすがにすべての学生が入るほど大きな館ではないので招待状を手ずから作り、親交のある友人たちに届けた。

 つまり、パーティーの企画をしたということ。

 これにはミサキも参加することになった。


 ただ、リアムは呼ぶわけにはいかない。事情がそうさせない。


 レオンはヴィンセントの護衛としてやって来るだろう。

 ――心が痛む。

 あれはどういう意味に取ったらいいのか、あの日からずっとぐるぐる考え続けている。

 形だけで言えば、トゥルーズもバーハイムも同じ公爵家であるから、……こんなことを仮定として考えるのは良くないことだけども、レオンとわたくしの結婚には家柄的な問題はない。

 ただ、公爵家より上位である王家の者になろうというわたくしを娶りたいとレオンが申し出れば大変なことになるのは確実だ――。


 そんなことは現実にはないと思うけれど。


 わたくしがミサキなら話は簡単。王族と結婚するより、公爵家の跡取りと結婚する方が遥かに簡単。

 ただし、彼女がレオンの頑なな心を開くことができたなら、だ。


 ミサキは誰を対象にしているんだろう? ちっともわからない。

 変わらずヴィンセントなのか、ノリが合うらしいエドワードか、それともわたくしの知らないうちに親交を深めている誰か?

 その誰かを知りたい気もするし、わたくしはわたくしのままで良いという気もする。


 とにかくパーティー!


 家柄の遠慮なく楽しめるよう、パーティーは仮装にした。わたくしも今夜は普段は着ないシルクに金糸を豪華に刺繍した金色のドレスに、同色のつば広帽、蝶の形をしたマスクを身につけた。普段なら悪趣味極まりないと思う派手さ。


 ヴィンセントが学園長に話をしてくれて、パーティーは週末の二日間にわたって開かれる。仮装は土の曜日の夜を徹して行われることとなった。


 仮面をつけていても大体、相手はわかるというもの。普段よりずいぶん砕けた格好の、王家の者ではないという顔をした男が現れて、わたくしに跪く。わたくしもなにも気がつかないふりをして、その男に右手を与えてキスを受ける。

 そこから音楽が流れ始め、要するにわたしとヴィンセントとの踊りを皮切りにパーティーは始まった。


 めくるめく色とりどりの衣装。

 あちこちでおしゃべりの花が咲く。

 ヴィンセントはわたくしの耳元で「姫君、今夜のお戯れはほどほどに」と謎の男になりきった調子でわたしに釘を刺す。わたくしはマスク越しに彼と目を合わせる。


 ダンスが終わっても音楽は続いて、身分を隠した者同士のダンスが始まる。

 わたくしは少し疲れたので壁際で飲み物をいただいた。

「エルメラ、義兄上とのダンスはいかがだったかな? 次は僕と踊るべきだろう。順序から言えば」

「まあ、あなたって情緒のないひとね。相手が誰なのか知らないふりをするのも余興のひとつだわ」

 彼に背を向ける。

「そういう訳にもいかないだろう? 義兄上も知らない男と踊らせるより、僕と踊らせた方が安心だと思うだろう」


 黒い皮の手袋をしたエドワードはわたしをほぼ無理やり、輪の中に連れて行った。褐色の肌に黒髪の彼は、首の後ろで髪を束ね、肌の色と同じトーンの臙脂の服を着ていた。彼がわたしの腰に手を回し、音楽のリズムが少しアップテンポになる。それに合わせてステップも速くなり、複雑なステップを踏むことになる。

 たっぷりしたドレスを着ていたわたくしは汗だくになり、足が止まった頃、賞賛の拍手をたくさん受けた。

「ほら、僕と踊ってよかったじゃないか。ダンスは義兄上より、僕の方が得意なんだ。先に言っておくべきだったね」


 涼しい顔をしてエドワードは去り、その後、ふたりの名前を知らない男子学生と踊った。こんな時は本当に『エルメラ補正』がよく働いて、わたしは多少疲れても崩れることない笑顔を保つことができた。

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