第57話 花冠はしあわせの象徴

 卒業前の最終試験。

 わたくしは最優秀賞をいただき、ヴィンセントも今回はその位置を取り戻した。

 二人揃ってブローチをいただく。その栄誉もこれまでだ。


 頭を垂れて王陛下からティアラをそっといただく、それを女の子らしく夢見ていた時代は過ぎ去ってしまった。

 真っ白なドレスに当たる淡い光、大聖堂の厳粛な空気。衣擦れの音。

 とうとう、皇太子妃として認められるんだ······。なんとも感慨が深い。

 ヴィンセントのやわらかい微笑み。ああ、腕の中に飛び込んでしまいたい!




 ――はっ!

 全部夢だった。

 頭の中がぐるぐるする。

 どこからどこまでが夢?

 窓から小鳥たちの囀りが耳にやさしく聴こえる。どこからか馬の走る音が近づいてきて窓の外で止まった。

 まだぼんやりしたまま窓の外を覗く。


 そこには――。


「疲れてしまったの? エルメラ。昨日は村の者たちと遅くまで祭りの準備をしていたからね」

 わたくしは両手で顔を覆った!

 ベッドの上にかけられていたのは手縫いのキルト。赤を基調とした暖かい色合いのもの。あれは、結婚の時にお義母さんからプレゼントされたもの。


「そこで待っていて! すぐに行くから」

「いや、まだ仕事が」

「少しはいいでしょう? 花嫁を寂しくしないで」

 急いで着替える。アイリーンがそんなわたくしを見て笑う。わたくしはギンガムチェックのコットンの軽いワンピースを着て走り寄る。

 それは、その先はわたくしだけの騎士ナイト、レオンだ――!


「おはよう!」

 馬から降りた彼の首に手をかけて、朝一番のキスをする。「おはよう」のキスだ。

 レオンはまだ慣れない顔で赤い顔をわたくしに見せないように斜め下に目線を落とす。わたくしは意地悪をして、彼の目を覗き込む。


「エルメラは大した女優だよ。結婚前はあんなにお淑やかで物静かだったのに」

「あら、じゃあこういうわたくしはお嫌い? 実家に返されちゃうかしら」

 ぎゅっ、と体が軋むくらいの強さでわたくしは抱きしめられる。こういう時に本当の幸せを感じる。

「返さない。もうどこにもやらない。きみはもう私のものだ。逃がしたりなんかしない」

 彼の言葉をうっとり、耳元で聴く。

 なんて甘ったるくて蕩けそうな――。




 卒業後、ヴィンセントは正式に皇太子殿下になった。わたくしも参列して彼の立派になった姿を遠目に見た。

 一度、ギュスターヴに抜かれたからこそ、人生には思いもしなかったことが降りかかることもあると実感したんじゃないかと思う。よくしまったいい顔をしていた。

 わたくしの知らないヴィンセントの一面を作ったのは、それは、ミサキだ。


 ミサキがヴィンセントの婚約者になるという噂は風車のように社交界をくるくる回って、本人の方が萎縮してきた。

 もちろん王陛下にもその噂は届いたのだろうし、それをヴィンセントに追求したのだろう。

 わたくしたちの婚約は破棄され、たくさんの違約金がうちにやって来た。お父様はもちろんカンカンに怒って、顔を赤くして倒れそうだった。お父様には悪いけれどわたくしはすっきりした気持ちで使者に礼を言った。




 お父様がわたくしの婚約相手をキリキリと探し始めたところ――レオンが声もかけられていないのに一番に現れて······。

 ロマンティックすぎてその時のことは言葉にならないくらい。

 彼はわたくしのために王宮の騎士を辞めてしまった。ヴィンセントへのけじめだと語った。

 そうして、父君から領土を譲り受け、若い領主として、公爵として、お父様の前でわたくしを「欲しい」と。


 心から欲する相手に、心から欲しいと思われる幸福――。


 お父様は少し迷ったようだった。

 でもその後日、現れたギュスターヴを見て気持ちが固まったらしい。

 ギュスターヴの父君がミサキの後押しをしたせいで娘は皇太子妃になる道を絶たれた。その息子に娘をやるものかと彼を体よく追い返してしまった。


 そうしてわたくしに「温室育ちのお前に田舎暮らしができるのか?」と尋ねた。わたくしから意見を述べるのはマナー違反かと思ったけれど、それまでのどんな時より父親らしく見えたお父様に「わたくしをどうか彼の元にやってください」とお願いした。




 わたくしはどなたよりもしあわせな花嫁となった。

 結婚式は彼の城で、もてなしの心が詰まった素敵なものが行われた。領土に住むみんなが領主の結婚を喜んでくれているようだった。

 わたくしたちはバルコニーに出て、永遠の愛と領民のしあわせを誓った。


 社交界でお母様は散々な目にあったらしく泣き暮らしていたけれど、結婚式に参列して考えを改めたらしい。

 絹のドレスよりも働きやすいドレスを数着、冬には暖かなガウンを贈ってくれた。


 わたくしは誰よりもしあわせな花嫁だ。

 彼の逞しい腕に抱かれて、時々、馬に乗せてもらう。

 領土の大半は山がちなので、少し走るとすぐに見下ろした景観のよい場所に出る。

 彼は花冠は作らないし、草花を摘んでもくれない。わたくしが花と戯れているのを草むらに転がりながら微笑んでみている。


 そんな彼にわたくしが作るのだ。

 たよわい草花を編んで作った花冠を。

 彼は笑って「似合うかな」と言う。「似合うわ、絶対よ」と返すと「じゃあこれを壊さないように城に帰ろう」と、また馬を走らせるのだ。

 ――わたくしたちの小さな、暖かい城へ。


(了)

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【完結】いつか王子様が~悪役令嬢なりにがんばってみます! 月波結 @musubi-me

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