第53話 最後の晩餐

 感謝祭の休暇は残りが少なくなり、お父様は約束を果たさなければならなくなった。自分の口で言ってしまったんだもの、自業自得。

 そうして年が明けて新学期が目の前になった時にギュスターヴは我が家を訪れた。


 お父様にとっては苦々しいことこの上ないに違いない。政敵とも言える宰相の息子がうちの敷居をまたぐ。

 しかも招きに応じて堂々と。

 機嫌の悪いお父様は、お母様にとりあえず部屋で静かに待っていて、時が来たら客人に挨拶をするよう勧められた。

 そんなにギュスターヴが、或いはその父親が気に入らないものなのかと不思議に思う。確かに彼も少し変わって見えるけれど。


 時間だ。

 大広間の時計が鳴ると同時にギュスターヴは現れて、家族のそれぞれに挨拶をしていく。

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」

「いやいや、堅苦しいのはよそうじゃないか。私の家の者が世話になったのだから、こちらこそ礼を言うべきなんだ。きみは礼儀正しい青年のようだな」


 晩餐は厳かに行われた。決して和やかではなかった。みんな、そう約束をしていたかのごとく必要以上に口を開かず、わたくしは食べ物の味もよくわからなかった。


 そのまさに食事が終わって居間に移ると、肩に乗せられていたものが一気に下りた気がしてどっと疲れを感じる。

 ――あの時、馬車が壊れなければ。

 そんなことを考えてもなにも変わらないのに、いまはそう考えずにいられない。


「素晴らしい食事だったね。特に仔羊が僕は好きなんだ。ワインとの相性もいいしね」

「気に入っていただけたのなら良かったわ」

 本来ならホスト役であるはずのお父様は早々に引き上げた。

 わたくしとギュスターヴの仲が深まるのはお父様にとって面白くないはずなのに、だ。

 もしかすると宰相だけでなくギュスターヴ本人も苦手なのだろうか、とわたくしは思った。

「きみの家の料理番は素晴らしい腕をしているね」

「そうね、そう思うわ」

「この前の王家のパーティーでは踊ることも叶わなかったけれど、こうしてきみを独り占めできるのなら、それも忘れてしまうよ」

 わたくしは曖昧に微笑んだ。


 彼の気持ちにどう応えたらいいのだろう。

 本物のエルメラならスマートに断ったのかもしれない。心の中を整理してしまえば、あとはもう決まってしまっているのだから。

 唇が震えるくらいのところまで、声は出かかっているのに、かけるべき言葉が形にならずに縮まっている。


 ギュスターヴは始終ご機嫌だった。

 今日ばかりはわたくしの婚約者候補として扱われていると思っているようだった。

 お父様と異なり、もっとお父様と話をして仲を深めたいと語った。それは無理な話だとわたくしは思い「お父様はご飯のあとはご自分の部屋で少しゆっくりしたいようなの。そのうちいらっしゃると思うわ」と適当な理由をつけた。


 アイリーンがそばに控えていた。

 ギュスターヴが席を外すように告げた。

 アイリーンはわたくしを思って、目で合図を送ってきたけれどもわたくしはうなずいてアイリーンを外にやった。


 これでふたりきりだ。

 意味がない、ということはあるまい。


「わかっていることと思うが――僕の花嫁になってはくれないか?」

 膝をついたギュスターヴは思っていた通りの言葉を発した。わたくしは足先から凍っていくような恐れを感じていた。

 とうとう、この時が来てしまった。


「お気持ちはうれしいけれど、わたくしは幼い頃からずっと、いまでさえヴィンセント様の婚約者です。簡単にYESと言える立場ではありません。おわかりでしょう?」

「立場だけじゃないか! きみはまだあの浮気者を愛しているとそう言うのか?」


『愛』······。

 そうね、確かに一緒に育った兄弟のようにヴィンセントを愛しているかもしれない。

 でもそれは時間の経過から生まれた『愛』で、もしかするとわたくしがいままで目を瞑っていた『愛』の形があるのかもしれない。


「ごめんなさい。わたくしの愛はあなたに差し上げることはできないわ」

 声にならなかった言葉がするりと喉を通って勝手にこぼれ落ちた。

 決定的な、無情な言葉だ。

 いままで好意を寄せてくれていた彼にこんな言葉を告げなければならないなんて······。

 けれどわたくしはひとりで、何人もの殿方のものになるわけにはいかない。思いがけない自分の言葉に、自分でなぜか傷ついた。


「王陛下には僕から、いや、ダメなら父上から話をしていただくよ」

「そんなことできるわけないじゃない」

「ヴィンセントにはミサキがいるじゃないか? あの、蝶のように気まぐれな彼女は皇太子妃になれれば納得するんじゃないか?」


 ミサキならそう思ってもおかしくない。

 ゲームのエンディングにレアキャラを例え狙っていたとしても、皇太子妃エンディングは納得のいくものだ。なにしろそれがベストエンディングなのだから。


「ヴィンセントだって彼女を手放せずにいたじゃないか? きみだって見ただろう? 先日のパーティーのラストに、あの派手派手しい真っ赤なドレスを翻してミサキがヴィンセントと派手に踊ったのを。きみは社交界には興味はないようだけど、その話で持ち切りだよ。あの娘はなにものなのか? ヴィンセントとどんな仲なのか? ヴィンセントは何を思って彼女とラストに踊ったのか――? あいつは馬鹿者だ。自席に座って最後まで大人しくしていればいいものの、まるで蝶が花を求めるように――」


「やめて!!」


 耳を塞いだ。

 自分の声の大きさに驚いた。




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