第13話 妖精の魔法
日の曜日がやってきた!
そわそわしながら髪を念入りにブラッシングする。そうして綺麗に一束ずつ分けて巻いていく。
「お嬢様、ドレスを」
アイリーンが持ってきたドレスは全面に蔦が描かれたものだった。
「アイリーン、よそ行きのものを持ってきて。お願い、願掛けなの」
くすくすとアイリーンが笑って、頬が赤く染まっていく。だって、来てほしい人に来てほしい。
「意中の方はヴィンセント様でしょうね?」
「恥ずかしいからそれ以上、なにも言わないで!」
「ふふ、お似合いですわ。なにも気になさることなんてありませんわよ」
「そ、そうかしら……。ヴィンセント様が、ほら、ほかの女性に心を奪われたり」
アイリーンは新しいドレスを持ってわたくしの前に腰を下ろした。ドレスを差し出しながらめくばせをひとつした。
「どこにそんな素晴らしい女性がいるんです? わたしの知ってる中ではエルメラ様おひとりですわ」
「そうかしら」
また頬が熱くなる。
「どうぞ自信をお持ちになって」
現れたのはギュスターヴとエドワードだった。ふたりはお互いに牽制し合うように、離れたところに席を取った。
「お待たせしました」
水色のサテンのドレスは瞳の色に合わせて選んだものだ。わたくしと、ヴィンセントの。なのにヴィンセントが見えない。
「エルメラ、誘ったのだけれどヴィンセントは今日は先約があると言って」
誘い合うものなのか、と知る。
恋のライバル同士でも騎士道とやらが守られるものなのかしら。恋のためならどんなことも捨てて殿方は参るものなのかと思っていたけど。
わたくしが欲しいならひとりでいらっしゃればいいのに。――なんて考えてしまうのは、ヴィンセントがここにいないからだ。
「いない方のことを気にしても仕方ないわ。皆さんでお茶とおしゃべりを楽しみましょう。そうそう、庭の林檎が実ったの。庭師に言って採ってこさせるわ」
笑顔が少し寂しくなってしまうのは許してほしい。
アフタヌーンティーの小さなデザートたちを取り分ける。あまり気乗りしなくて小さなものをいただく。
「姫様」
後ろからこそっとアイリーンがやってきて耳打ちをする。
「林檎の件なんですが、昨日、ミカがたくさん採ってきてくれたんです。それを用いてパイをシェフが作りまして」
「ミカが?」
昨日を思い出す。そして、真っ赤に染まった林檎の実のことも。
「焼きたてです。お持ちしましょう」
焼きたての、シナモンの良い香りのするアップルパイのこともあり、お茶はとても盛り上がった。あまりよく話す印象のないエドワードとギュスターヴが話を盛り上げてくれる。
ふたりはそれぞれわたくしに贈り物をくれた。
エドワードは薄桃色の髪飾りを。ギュスターヴはレース編みの白い手袋を。
どちらも趣向の凝らされたまたとない逸品で、乙女心をくすぐられる。
「まあ、とっても素敵。ありがとう。学園でも使えそうだわ」
ふたりは満足そうに微笑んだ。
そうして話はミサキのことに移った。
「あの子はどこでも出没しすぎじゃないか? 学園のあちこちで見かけるような気がするのだけど」
「活発なんだろう。まあいいじゃないか。面白いよ」と受けたのはエドワードだ。どうやらエドワードはミサキとの親密度が上がってきているのだろう。
「エドは活発な女の子が好きなのね。そういう子はかわいらしいものね」
「そうだね、小動物を見ているみたいだ」
「おいおい、エルメラの前でほかの子を褒めるのか?」
「エルメラとミサキは全然違うよ。ギュスターヴも話してみるといい。個性的な子だ」
それはそうだ。ミサキはみんなの知らない世界を知っている。話題も真新しく受け取られるだろう。それでいて彼女のリアクションもかわいらしく見えるんじゃないかしら。彼女にとっては初めてのことがいっぱいだから。
「失礼。風に当たってくるわ。盛り上がりすぎたわね」
屋敷の外側をぐるっと回っていつかのポーチの下のブランコに座る。腰をかけるとウエストに圧力を感じる。今日はアイリーンができる限りの力でウエストを細く締めてくれた。
……わかってる。
ヴィンセントの心はわたしを離れたわけじゃないってこと。
ミサキは使ったんだ。妖精の魔法を。ゲームの中で三回だけ使える、チャームの魔法。それでヴィンセントを呼んだんだ。
たった三回しか使えないけど、序盤で一回使う意義は大きいもの。わたしだってそうする。
ヴィンセントの心は、ほんの少しと言えどもミサキに傾いた。長年育んできた想いがすり減ってしまった。
ポタポタと涙がこぼれ落ちる。
「お嬢様、貴族でいるのはそんなにお辛いですか? 主役がパーティーにお戻りにならないと。……それとも、自由民になりますか? 新しい大地で」
声は、近くの木の陰から聞こえてきた。まるでからかうように、慰めるように。尋ねなくても誰なのかわかる。
自由民。それもいいかもしれない。新しい世界には親密度を測るものはきっといらない。
涙はドレスにたくさんのシミをつけた。
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