第16話 隠しパラメーター
学園に入ってからは噂が絶えなかった。
みんながわたくしを見てはなにかを話している。
婚約者同士といえども、パーティーや公式の場でもなければエスコートなど普通しないものだから。
そしてその噂とともに流れているのが、今朝の御者の言葉。『身分が上の者が先に降りて当たり前』と言ったように取られても仕方がない。周りのひとはまさかミサキの馬車に体当たりされたと思ってないのだから。
「ミサキさん」
そこで思い切って話をしてみることにしたの。いままでは画面越しの自分と話をするようで、ミサキと話すのを避けていた。でもここまで拗れたら、放置もないでしょう?
「まあ、エルメラ様! 声をかけていただけるなんて光栄ですわ!」
声がいちいち大きい。
「わたし、全然話しかけてもらえないからてっきり嫌われてるのかと思ってたんです!」
……声が大きい。
周囲の目ばかり気にするのもなんだと思うけど、自分の身分を考えればそれも大事だと思う。
それにしたってなんでこんなにミサキは野性的なんだろう? ゲームが始まって二回目の月の曜日。もう少しこの雰囲気に馴染んでほしいと思うの。自分のことだけに……恥ずかしい。
「今朝のことだけど、ごめんなさいね。あなたもあなたの御者も嫌な思いをしたのじゃないかと思って」
「ああ、皇太子妃がどうのってやつですよね? 全然気にしてません。エルメラ様も忘れて下さい」
「そういうわけにも……。そうだわ、次の日の曜日にうちにいらしてはどうかしら? 精一杯のおもてなしをさせていただくわ」
ミサキは背が低いので、わたくしを上目遣いにじっと見た。わたくしの中のなにを見ようとしているのかまではわからなかった。でも、次に彼女はこう言ったんだ。
「一度起こってしまったことを、お茶で濁そうなんてあまりにも簡単ではありませんか? わたし、今朝、馬車の中でひどく恥ずかしい思いをしたんです。エルメラ様の御者が罵ってきたのに、エルメラ様がヴィンセント様に助けてもらうような形になって、まるでわたしが悪者みたいじゃありませんか!?」
「なんて無礼な! 先に後ろから馬車を何度もぶつけてきたのはそちらでしょう? 礼節を重んじるのは大切なことよ」
「本当に礼節を重んじるレディなら、こんなみんなの見てるところで口喧嘩なんてしないでしょう?」
失礼します、と言ってミサキは脇を通り抜けた。
一体どうしてこうなったんだろう? わたくしは両の手のこぶしを握りしめた。謝りに来たのに恫喝されるなんて……。
どうしてわたくしとミサキはすれ違ってしまうのかしら?
S極とN極のようなものなの? この世界では決してわかり合えないの?
ミサキは現実世界でのわたし。
わたくしはゲーム世界でのわたくし。
ゲーム上ではどうやったって敵同士であることには変わりない。でもゲーム上でもふたりが親友になることはある。隠しパラメーターでエルメラと主人公の親密度があるんだ。
でもいまのわたくしとミサキの親密度は……ゼロ! どう考えてもゼロ!
……どうしてかしら? お茶の誘いも断られたり、わたくし、この短時間でめちゃくちゃ嫌われてる!?
どうしよう、ドキドキする。
気がつくとほかの令嬢が後ろからそっと手を背中に添えてくれていた。
「エルメラ様、顔色が優れませんわ」
「ありがとう、心配してくださって。大丈夫よ」
教科書をそろえて席を立つ。
動揺が隠せない。親切にきちんと応えられない。こんなことがあってはいけないのに。
とにかく、現状を整理してみよう。
ゲーム内の知識としては、攻略対象 は六人のはず。
①ヴィンセント
②エドワード
③ギュスターヴ
④ミカ
⑤レオン
……六人目はまだ登場していない。
誰?
不便なことにそれが思い出せない。ゲームの知識がところどころ欠落してるんだ。
ミサキは攻略チャート、見てるんだろうな?
考えられる彼女の攻略対象は、ヴィンセントかその隠しキャラレオン、或いはレオンより出現条件の低い『誰か』。
それが誰なのか気になるところだけど、いまのところ、現状で手一杯だし。
ヴィンセントルートなんだけど、ギュスターヴとミカがずいぶんくい込んできてる。
……なんて考え方は面白くないわね。だってみんなやさしくしてくれてるんだもの。
ギュスターヴなんて親しくなるまではしかめっ面の冷血漢だと思ってたのに、本当の彼はまるで違う。
ギュスターヴ推しがいるのも納得。
それから騎士レオン……。彼との隠しルートはものすごくロマンティック。情熱的で恋に焦がれてしまうから、ついレオンルートに流されそうになるのは否めないのよね。あの仕事命みたいな男のくせに、ルックスも明るいブロンドのせいで笑うとタンポポみたいにパッとしたり……。
いけない、いけない。浮気は命取りよ。
第一、隠しルートってハッピーエンドに持っていくのはなかなか難しいんだから。
大人しく、ヴィンセントのことを考えていよう。陰キャだったわたしにはもったいない素晴らしいひとだ。一生を共にする価値のある。
それにしても、第六の男は気になる……。
誰なんだろう?
もう出てきたのかな?
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