第10話 申し訳ありません
取り巻きがやや減った。
この辺はゲームの通りだ。
もしわたしが『ミサキ』なら、ここでがんばって取り巻きを増やすところだけど、いまのわたしはエルメラだ。そうムキになる必要は無いはず! マイナスから始まるミサキとは違うと思うの。
まあ確かに、考えてみればヴィンセントだけが男じゃない……。
でもやっぱりダメだ、ダメ。自分の気持ちに嘘はつけない。
だって転生する前からわたしがすきだったのはヴィンセントだけだもの!
どれだけ長い時間を彼と過ごしたことか。それは、ゲーム内でもここでも同じだ。
今日はありきたりな小花柄の綿のドレスを着たミサキが前から歩いてきた。赤毛によく似合う白地に赤い小花柄。
コソコソっと、周囲が声を立てる。わたくしにわざと聞こえるように、くすくすと笑う。
我慢ならなかった。昨日まで確かにわたくしはここの女王だった。ふらっと現れた女なんかにバカにされるなんて我慢ができない!
「あなた!」
ぴたり、とミサキは足を止めた。周囲がまたコソコソとうるさくなる。
「どうしてそんなに堂々としてられるの? わたくし、あなたに親切にして差し上げたいと思って手助けを申し出たのに……周りのひとの話を正すことなくまるで噂通りのことがあったような顔をして。あなたのしたことは正しいことと言えて? あなたには気にならないことかもしれないけど、わたしは嘘がいちばん嫌いよ。どうしてわたしを貶めようとするの? みんなの前で噂をきちんと否定してちょうだい!」
やだ。
目の端に涙が滲んできちゃった。
あんなに頭の中で何度も練習してきたのについ感情的になりすぎちゃった。わたしらしくない。
ほら、みんな引いてる。
その時、ミサキが一歩前に出て口を開いた。
「申し訳ありませんでした。丁寧なご指導、ありがとうございました」
ぺこり。
マナー通り、スカートを摘んで膝を折った。
――申し訳ありませんでした。丁寧なご指導……。
くらっと、一瞬めまいがする。
その時がっしりした男の人の腕がわたしを抱きかかえた。
「大丈夫か、エルメラ」
逆光で顔が見えない。でもこのサラッとしたブラウンの髪と声からしてギュスターヴだとわかる。わたしは足に力を入れて、なんとか立ち上がった。
「ええ、ありがとう、ギュスターヴ。とても助かったわ」
また打ちどころが悪くて死んでしまっても困る。
ギュスターヴは鋭い目をしてみんなを見た。そして、ミサキを見据えた。
「エルメラがどんな人物なのか、みんな知っているだろう? たったひとつの面白い噂で彼女を地に落とすのか?」
辺りはしぃんとなった。
宰相の息子であるところの彼の声は凛として、よく通った。そうしてそれは説得力を伴うものだった。
「謝罪がなんたるものかきみは知っているかい? 国語の勉強を少しした方がいいようだね、ミサキ。なんなら僕から国語のハリス教授にお願いしようか?」
図らずもじーんと来てしまう。
いままであのしかめっ面した宰相の息子である澄ました彼を『いいひと』だと思ったことはなかった。少し避けていた。
なのに、わたしのピンチを助けてくれるなんて、これは、これは……。
三人目の攻略対象。
決定。
身分的にもキャラ立ち的にも問題なし。しかも彼はわたしに好意を示している。
もしわたしがミサキなら、この親密度マイナス状態からゲームを始めなければならない。このゲームの攻略の面白さのひとつは、ライバルに想いを寄せている男性キャラを落とすことだ。
ああ、ギュスターヴが輝いて見える。
そうか、突然あんな豪華な帽子を贈ってきて……彼はわたしをそれほど想ってたのか。
ミサキは興味無さそうに次の授業に行ってしまった。なぜならここは場面転換だからだ。
ちなみにさっきの台詞、思い出したけど『申し訳ありません。丁寧なご指導……』、あれは選択肢だ。もうひとつの選択肢は『噂なんてばらまいてないわ! 失礼なひとね』だ。
彼女に非はなかったのだ。
……でもそれは黙っていようと心の中で決めた。嘘の嫌いなわたくしを封じ込めた。
「ヴィンセントはどうしたんだ?」
「さあ、今日は姿を見ていないわ」
ラベンダーを渡せなかったあの日から、ヴィンセントと個人的にお話しする機会がない。
避けられているのか。
彼女に誘われているのか。
わたしだってミサキだった時、エルメラから散々、ヴィンセントと一緒に過ごす時間を毎日少しずつ奪い続けてきたんだもの、想像がつく。
最初の頃は挨拶さえぎこちなかったヴィンセントは、そのうち考えられないくらいおしゃべりになって自分の考えを話してくれるようになる。
国について。
結婚について。
自分自身の考えについて。
いまはどの辺まで話したのだろう?
ふたりはどれくらいの親密度になったんだろう?
ああ、画面の親密度ゲージが見えたらな……。そんなものが見えたって、彼はわたしのものにならないけど。
ミサキだった頃のわたしは、エルメラがこんな気持ちだったなんて考えてもみなかった。
なんでも持ってる嫌味な女から男を奪う。しかもそれはゲーム上の話。心が痛んだりしなかったのに。
ギュスターヴはわたしの手を、手袋越しにぎゅっと握りしめた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます