第8話  ダメ女の典型

 ミサキを連れて寮のわたしの部屋に行く。

 この気持ちはなんなんだろう? ものすごく複雑だということは確かだ。

 恋敵にわたしはいま、料理を教えようとしている。


 放っておけばいいんだ。そうしたら彼女は自滅する。ヴィンセントはわたしのものだ。

 でもそれもできない。

 だって彼女はわたしなんだもの! 不格好な真似はさせられない。


「ねえ、ハンカチにしようと思わなかったの?」

 彼女はわたしの顔をぼーっと見た。確かにそんなことを聞いてくるのはおかしいかもしれない。

「刺繍入りハンカチのことですか? 恥ずかしいんだけど……縫い物はまったくできないんです」

「……」


 読めない。

 エルメラの場合、確かに刺繍入りハンカチだとするとチクチク刺繍をしなくてはならない。例えばヴィンセント様のイニシャルとか。

 でもあなたの場合、ゲームでしょう? 選択肢を選べば多少のゴールドは減るけど、手間いらずでハンカチは手に入るじゃない。


 ……そう言えばこの子、まだ制服着てるし。

 やだ、質素倹約でトゥルーエンドにたどり着こうっていうの!?


「とにかく、わたしがこの世界でのクッキーを教えるわ」

 この世界での、のところで彼女は驚いた顔をした。それはそうだ。わたしがなにか知っていたらおかしいもの。


「昨日は日の曜日。ヴィンセント様はやさしかったでしょう?」

「なんで知ってるの?」

「噂になってる」

「……なるほどです。実はわたし、ヴィンセント様に一目ぼれなんです。わたしなんかが相手にされるわけないけど」

 わたしは小麦粉の容器を置いて彼女を振り返った。彼女はシュンとした顔をしてうつむいていた。


「ねえ、もしかして知らないの? わたくし、卒業したらヴィンセント様と結婚するのよ」

「そんな……」

「コリンの話、よく聞いた?」

「長かったので、読み飛ばしちゃったかも。どうしよう? あの! ほかの男性にも婚約者やライバルはいるんでしょうか?」

「そうね。ライバルはともかく、わたしと勉強で争わないと認めていただけないかもしれないわね」

「そんなの無理です……。成績は良くないんです」

 そんなの知ってる。ゲームばっかりしてるからよ。攻略チャート作るくらいなら歴史の年表を作ればよかったのよ。


 エルメラを見てご覧なさいよ。わたしだってここに来るまで知らなかったけど、子供の頃から英才教育で自由なんてほとんどない。努力の塊なのよ。


 涙をこぼす彼女に少しだけ同情する。

 でもそんなのは一瞬で、次第に怒りが湧いてくる。


「あなた! いい加減にしなさいよ。少しは努力したら!? 大体、最初のゴールドで『木綿のドレス』は買えるでしょう? その格好、ここではかなり浮いてる。ヴィンセント様が相手にする訳ないじゃない。おまけにこのクッキー。ほら、調理台にぶつけると割れないでコンコンって石みたいな音がするわよ。刺繍入りハンカチを買いなさいよ。お金? お金のことまで面倒は見られないわ。日頃から節約しないからこういう時に困るんじゃない。え? 回復素材と媚薬をたくさん買っちゃったの? 金銭感覚ってものがね……」


「エルメラ様、どうかされました?」と戸口から別の生徒の声がして我に返る。なんでもないわ、と答えてクッキーをゴミ箱に捨てる。

「黙って実行よ!」

 ミサキは怖気づいて走って逃げた。


 まったく、もうひとりのわたし『ミサキ』はダメ女の典型よね。あんなんでヴィンセント様を支えていけると思ってるのかしら。

 国政をする王を長年そばで支えるのは妃の役目なのに。まったくわかってない。

 わたしは揺り椅子に座りながらレース編みを続けていた。これでリボンを作って、ヴィンセント様に花束のお返しをしようと思いついたから。


 あ、もしかしたら……。


 ゲームにエンディングの翌日はないのかもしれない。背筋に寒いものが走る。

 わたしは特装版『百人の王子と百の恋』の角に頭をぶつけてどうやら死んでしまったらしいから、ここで次の死まで人生を続けるけど、プレイヤーキャラってどうなるのかしら?


 仮にミサキが帰ってしまったあとのNPCやヴィンセント様はどうなるのかしら? ライバルキャラでもエルメラが妃になる方がみんなしあわせになれるんじゃないのかしら……。

 そんなに先のこと、わたしにだってわからないけど。これからエドワードやギュスターヴがミサキに接近してくる。あの子、どうするんだろう?

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