第44話 上四家集合

 その後皆で夕食を食べて、俺には本館一階の客間があてがわれた。

 ちなみに幸にも一室あてがわれる予定だったが、女性陣の協議の結果本日は巴さんの部屋に、明日は遥ちゃんの部屋にお泊りする事となった。

 そしてその女性陣は、現在本館の大浴場で仲良く入浴中だ。


 ちなみに水本家には大浴場以外にも小浴場、使用人用の浴場、更に別館にもあるというのだから凄い豪邸ではある。

 ちなみに俺は既に入浴を済ませている。

 頼彦さんから


『もう家族も同然なのだから付き合え』


 と言われ、頼彦さん、光輝くんと一緒に大浴場に向かったのだ。

 俺としては結構緊張していたのだが、光輝くんは特にそんな事もなく


『これで肩の荷が下りましたよ。姉さんは立場上、誰かとお試しで付き合うって事が出来ませんでしたから』


『あ~、やっぱりそうなんだ。だから会社の内外でモテてるのに、誰とも付き合ってなかったのか』


『まあ、半端な相手じゃ父さんや母さんが認めないでしょうしね。それに仮に認めたとしても、今回のように親族やグループの人間から反対される可能性が高いですですから』


『……それだと、俺の場合反対されるんじゃないのかな?』


 そんな俺の疑問に答えたのは、それまで沈黙を貫いていた頼彦さんだった。


『その心配は無用だ。上四家の内『碓井』は反対だろうが『渡辺』と『坂田』は賛成に回るだろう。残る『卜部』も『碓井』の味方はすまい。下七家は全て君の味方だろうしな』


『父さん、義兄さんに上四家や下七家とか言っても分かんないよ。要するに……』


 つまり上四家とは戦国大名の頃、家老であった『渡辺』『坂田』『卜部』『碓井』の家の事で、現在でも主要な部門の責任者を務める事が多いらしい。

 対して下七家だが『高坂』『内藤』『馬場』『山県』『山本』『武藤』『真田』という上四家よりは一ランク下がるがそれでも重臣の家系の事だ。


 下七家もかなり重要な部門を任されていて、一部では上四家に匹敵、又は凌駕するほどの実績を挙げた家もあるそうだ。

 『水本家』で使用人をやっているのは各家の跡取り以外の人間らしいが、それでも『水本家』に信頼されているからこそ任される名誉ある仕事なのだそうだ。


『義兄さんが姉さんに愛されてるのは、使用人達は知ってるからね。後、今日の騒動で真田に責任は無いって庇ったでしょ。あれで下七家は味方になったよ。元々優一は嫌われてたからなおさらだよ』


 そりゃあんな態度とってたら嫌われるだろう。自業自得だな、あれは。

 こうして俺達は話を終えて、風呂から上がったのだった。



 その後は、疲れていたのでさっさと寝た。

 ちなみに、寝る前にほのかさんが来て


『……一緒に寝ますか?私達婚約者ですから』


 と言ってきたが、お帰りいただいた。

 ……部屋から出る際に、楽しげな顔で文句言うの止めてくださいよ、本当に。




 翌日の十一時頃、窓の外を見ると次々と来客があった。

 俺には縁の無さそうな高級車でから降りてくるのは、誰も彼も只者じゃない空気を纏っている人達ばかりだ。


(……あれが上四家。水本グループの中枢を担う人達か)


 その誰もが、日本を支えていると言っても過言じゃない大物ばかり。

 落ち目と言われている『碓井』でさえ、企業ランキングではまだトップ30に入っているのだから、他の三家はどれだけ凄いのかって話だ。

 

 正直、あの面子に混じると思うと憂鬱だが、ほのかさんの婚約者として認められる為には避けて通るわけにはいかない。

 ……緊張するな、なんて無理な注文だ。所詮俺は入社二年目の平社員なんだ。

 下手に考えるな。どうせ俺に出来るのは全身全霊でぶつかる事だけなんだから。


「……よしッ!気合入れろ!どうせ小細工なんて通じる相手じゃないんだからな!」


 そうしていたら、ほのかさんと幸が俺を呼びに来た。


「公平くん。準備が整ったので応接間に向かいましょう」


「こうちゃん、頑張ろうね」


「ああ。ちゃんと皆に納得してもらって家に帰ろうな」


 高坂さんを含む四人で向かうのは、本館一階の洋風の応接間だ。

 本来この家は一階が来客用、二階が家族と使用人のプライベート空間だそうだ。

 だからこそ優一が二階に勝手に上がったのは、無断で他人の部屋に入るのに等しい行為で、それが主家である『水本家』に対してなら本当に無礼な事なのだ。


 俺達が部屋の中に入ると、中にいた人間全員の目がこちらに向いた。

 そしてその多くは、俺と幸に固定されている。

 今日ここに来た人間のほとんどが初対面なのだから、それも仕方ないだろう。


 その中に一人見知った顔を見つけた。

 二人掛けの豪華なソファーに中年の男性と壮年の男性が座っている。

 その壮年の男性こそが、うちの会社の本部長である渡辺剛志さんだ。

 と言う事は、あれが『渡辺家』なのか。

 

 他にはやたらと恰幅の良いいかつい中年男性と、見るからに紳士と言った中年男性が俺と幸を見定めるように見ている。

 そして最後に忌々しげな視線を送るのが、優一と俺とは初対面となる『碓井家』の当主夫妻だ。


 俺達は上座に近い三人掛けのソファーにほのかさん、俺、幸の並びで座った。

 向かいでは光輝くんと遥ちゃんが並んで座り、遥ちゃんは幸に手を振っている。

 幸も嬉しそうに手を振っていると、扉が開き頼彦さんと巴さんが入ってきた。


 その瞬間、空気が張り詰めて場が静寂に包まれた。

 そして全員が立ち上がり、深く頭を下げて頼彦さん達を出迎えた。

 ……そうだ。昨日のやり取りで勘違いしそうだったが、頼彦さんはこの『水本家』の当主であり、ここにいる誰よりも『偉い人』なのだ。

 俺達もそれにならい立ち上がり頭を下げていると、頼彦さん達が席に着き


「もう良い。全員座れ」


 と口にした。

 その言葉で全員が腰を下ろし、次の頼彦さんの言葉を待った。


「連日呼び立ててすまぬな。今回お前達を呼んだのは、昨日連絡した通りほのかの婚約者を決定したからだ。公平くん、自己紹介を」


 頼彦さんに促され、俺は立ち上がる。

 全員の視線が俺に集中する中、俺は


「橘公平です。このたびほのかさんと婚約する事となりました。皆様、どうぞよろしくお願い致します」


 と挨拶した。


「それでは今回の婚約の件について意見を求めたい。質問があれば遠慮なくぶつけるがよい」


 その頼彦さんの言葉で、俺という人間の品定めが始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る