第35話 水本家にご招待

「幸、ちょっと顔洗ってくるね」


 泣き止んだ幸ではあったが、大分涙や鼻水で汚れていたのでそういい残して洗面所に向かう。

 そして、俺とほのかさんは


「公平くん、今日の予定はこの後初詣に行くんですよね?」


「ええ。歩いて十分くらいですかね、近くに小さな神社があるんですよ。そこに初詣に行く予定です。その後は来客の予定もないので、家でまったりするつもりです」


 そのように今後の予定を話していたら、ほのかさんのスマホが鳴りだした。

 画面を見たほのかさんは、少し悩んだ後仕方無さそうに電話に出た。


「もしもし、ほのかです」


『…………………』


「申し訳ありませんが、すぐには戻れません。でも、今日中には一度戻りますよ」


『…………………』


「……はい、それは私が悪いので反省しています。ですが、私にとって何よりも優先すべき事だったんです。そこだけは理解して下さい」


『…………………』


「ありますよ。でもそれ以上に大事なものがあるだけです。……とりあえず、母様と代わって下さい。お説教なら帰ってちゃんとされますから」


『……、……………』


「はい、母様。……はい、無事受け入れていただきました。それで、今度からは橘家で一緒に生活する予定です」


『…………………』


「でもそれは公平くんとさっちゃんの都合もありますし……少し待って下さいね」


 ほのかさんが話している間に戻ってきた幸と俺の方を見て


「……あの、母様が公平くんとさっちゃんも一緒に水本家に来てもらってはどうか、と言っているんですがどうしましょうか?」


 と、そんな事を言ってきた。




 その後、車で迎えに行くとの事で水原家への訪問が決まった。

 ほのかさんは乗り気でないようだったが、俺は一度ご家族に挨拶したかったし


『ともえママと会えるの?じゃあ、幸行きたい!』


 と、幸は乗り気だったので訪問が決まった。

 そして待っている間、神社に初詣に行き神様にお願いをしておいた。


(どうか俺と、幸と、ほのかさんが今年も健康で幸せでありますように)


 多分幸とほのかさんも同じ様な願い事だろう。

 行きも帰りも幸を真ん中にして手を繋いだ俺達は、家に帰って迎えの車を待つのだった。



 そしてほのかさんに電話があってから二時間後、再びほのかさんのスマホが鳴った。


「もしもし。……はい、分かりました。すぐ出るので待っていて下さい」


 ほのかさんは電話を切り


「迎えの車が来たようです。それでは水本家に向かいましょう」


 そう俺達を促した。


 家を出ると、家の前に車が止まっていた。

 ……いや、この車って、確か


「うわ~、でっかい車だね。ほのちゃんのパパが運転してるの?」


「いえ、うちの運転手ですね。さあ、乗ってください。さっちゃん、公平くん」


 その言葉通り、俺達の姿を確認して運転手さんが後部座席のドアを開けた。


「お待たせしました、ほのかお嬢様。お連れの方々もご搭乗下さい」


「ありがとう、武藤。昨日今日とわがままを言ってごめんなさい」


「いえ、これが私の仕事ですから」


 年齢は四十後半くらいであろう、男性の運転手に促されて車内に乗り込む。


「うわ~。すっごいね~、ほのちゃん」


「乗り心地は良いと思いますから、安心して下さいね。公平くん、さっちゃん、何か飲みものが欲しかったら彼女に申し付けて下さい」


 豪華で広い内装の車内には、いわゆる女中さんのような格好をした二十台後半くらいの女性がいた。


「高坂、この二人は私の大切なお客様です。しっかりとおもてなしして下さいね」


「畏まりました、ほのかお嬢様。お客様、御用がありましたら遠慮なく申しつけ下さいませ」


 まだ理解が追いつかないうちに、いつもの様に幸を挟む形で着席する。


『それでは発車いたします。元旦ですので多少の混雑が予想されますが、およそ一時間半ほどで到着いたしますのでおくつろぎ下さい』


 武藤さんと呼ばれた運転手さんの声が、スピーカーから流れてくる。

 そして発進したのだが、明らかにバスや他の自動車とはスムーズさが違う。


「……あの、ほのかさん。この車っていわゆるリムジンですよね?」


「はい。ただ、私はあまり車に詳しくないので、正確な車種とかまでは分からないんです。ごめんなさい」


 ……いえ、この車が超高級車だって分かればそれで十分です。

 駄菓子を食べた事ないって言ってた時から薄々思っていたけど、もしかしなくてもほのかさんってお嬢様、だよなあ。


「あの、ほのかさん。手土産を用意していないんですが、どこかで買えますかね?」


「う~ん。お正月ですしお店は開いていないと思います。それに手土産なら……」


 そういうと、ほのかさんは幸を見て


「少なくとも母様と妹はさっちゃんがいれば大丈夫ですし、父様と弟は母様が味方なら文句は言えないと思いますよ」


 笑顔でそう言いきったのだった。


 その後、ほのかさんに実家の事を聞いてみたが


「着いてからのお楽しみです。まあ、歴史だけは古い家なんですよ」


 と、詳しい事は教えてもらえないまま時間だけが過ぎていった。

 ちなみに、途中で出されたジュースなんかは明らかに高級品だった。

 幸はそのジュースを飲んで


「~~~ッ!ほのちゃん!このジュース、すっごく美味しいよ!」


「そうですか。まだたくさんありますけど、飲みすぎには注意して下さいね」


 と、大興奮していた。

 ……幸、それって多分お前が思ってるよりずっと高いからな。

 また飲みたいって言われても、俺困るぞ。



 そして思ったよりも混雑がなかったのか、一時間半はかからず水本家に着いたのだが、俺の認識が甘かった事を痛感させられた。


 まず、入り口にはもの凄く大きな門がある。

 イメージとしては、セレブの豪邸にあるでっかい鉄格子みたいなアレだ。

 そこを抜けると長い山道を車で五分ほど走ると、水本家に到着した。

 そしてそこにあったのは、俺の想像を遥かに超える大豪邸であった。


 二階建ての洋風建築なのだが、庭園っぽい庭も含めると少なく見積もっても何百坪という大きさだ。

 いや、入ってきた門までが敷地だとしたらこの山全体が敷地という事になる。

 しかも明らかに歴史ある建築物で、雰囲気がテレビで見た重要文化財級の家に良く似ていた。


 ……うん、どう見ても維持費だけでもとんでもないお金がかかる。

 少なくとも俺が想像する『お金持ち』程度じゃ建てられないし、住めないし、維持できない。

 

『ほのかお嬢様、正面玄関はお客様が参られますので、裏口に回ります』


 停車してドアを武藤さんに開けてもらい、車から降りたのだが


「公平くん、さっちゃん、ごめんなさい。お正月は来客が多くて、玄関からだと目立ってしまうんです。次の機会には向こうから入って、家を案内しますから」


 ……いや、ほのかさん。裏口でさえ十分豪邸クラスなんですよ。

 ほら、幸の奴驚きすぎて口開けっ放しでしょ?


「……あの、ここが実家って事は、ほのかさんの家ってもの凄い名家だったりします?」


 そんな俺の質問に、一緒に降りた高坂さんが


「申し訳ありません、橘様。貴方様はほのかお嬢様の事を、どう認識されていらっしゃったのでしょうか?」


 と、聞いてきたので


「同じ会社の先輩です。すごくお世話になっていますし、恩人ではありますが」


 まだ恋人だとか、婚約だとかの話はしない方がいいような気がしたので、そのように答えておいた。


「……ほのかお嬢様、いくらなんでも説明不足ではありませんか?」


「だって、今まで聞かれなかったんだもの」


「車内で説明する機会はありましたよね?」


「ん~、着いてから説明した方が驚くかなって」


 悪戯っぽく笑うほのかさんと対照的に、高坂さんは頭を抱えてる。

 だが、ここまで来たら説明しない訳にはいかないらしく


「……橘様、水本家とはこの辺りを支配した戦国大名の一族です。明治時代には華族となり、当時の日本に多大な影響力を持ちました。今現在でも日本有数の名家として政界や経済界で大きな力を持ちます。その家の長女であらせられるのがほのかお嬢様で『水本の姫』と呼ばれる、現代における本物の『姫様』なのでございます」


 というなかなかに衝撃の事実を教えてくれた。

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