第34話 『家族』になろう
幸の部屋に向かい、無駄だろうと思いつつもノックする。
「幸~、朝だぞ~。起きろ~」
……まあ、当然の様に無反応だ。
そもそもこの程度で起きるなら、毎朝の俺の苦労は何だったのかという話だ。
遠慮なくドアを開けて部屋に入ると、ベッドで寝息を立てている幸の姿があった。
「お~い、幸。朝だぞ~、起きろよ~」
「……う~ん。……まだ、眠いよ。……もう少し、寝させ、て……」
幸の奴はとにかく寝起きが悪い。
目が覚めるまで時間がかかり、目が覚めてからもなかなかベッドから抜け出そうとしない。
例外があるとすれば、何か幸が楽しみにしてる事がある時くらいだ。
そして今回は、幸運にもそれがある。
「幸~、起きなくていいのか~。ほのかさんが待ってるぞ~」
「……ほの、ちゃん?……そうだ!ほのちゃんが泊まったんだ!」
がばっと身体を起こしてベッドから飛び出そうとする幸。
そんな幸の首根っこを捕まえた。
「先に歯磨き顔洗いだ。その後着替えもな」
「え~!ほのちゃんは?ほのちゃんどこにいるの?」
「今、お雑煮作ってくれてるよ。逃げやしないから、先に身だしなみを整えろ」
「……幸、顔洗ってくるね!こうちゃんは着替え出しといて!」
「おい!幸、廊下走るなよ!……はあ、あいつは本当に」
先程までの、起きたくないといった様子は一体なんだったのか?
現金なものだと思いつつ、幸の服の中から暖かいものを選んでおくのだった。
「ほのちゃん、あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます、さっちゃん。今年もよろしくお願いしますね」
「うん!えへへ~、ほのちゃんだ~。ほのちゃんがうちにいるんだ~」
挨拶した後はほのかさんに抱きつく幸。
もはや見慣れたいつもの光景だ。
「それじゃお雑煮食べましょうか?公平くん、さっちゃん、お餅幾つにしますか?」
「幸は二つねー。こうちゃんは?」
「俺は三つでお願いします」
「はい、それじゃお餅が焼けるまで少しだけ待ってて下さいね」
そして出来たお雑煮を三人で食べる。
「「「それじゃ、いただきます」」」
箸を手に取り、ほのかさんお手製の雑煮に手を伸ばす。
具材はブリの切り身、大根、人参、小松菜、椎茸、かまぼこにお餅、そして柚子皮が添えられている。
昨晩こんな感じですよ、とは伝えたが、俺が想像した以上の
見た目も華やかなら、当然味も良い。
昆布に鰹節、椎茸の出汁は風味良く味わい深い。
具材の下処理も完璧で、ブリの生臭さや野菜の青臭さなど一切ない。
餅は市販品の小ぶりなものだが、焦げ目が香ばしく良く伸びる。
「美味しいです、ほのかさん。俺だったらこうは美味しく出来ませんでした」
「うん!ほのちゃんのお雑煮、美味しいね」
「ありがとうございます。……うん、上出来ですね。だからこそ、他の正月料理が作
れなかったのが残念で仕方ありません」
いくらほのかさんでも、昨日の今日で時間のかかる正月料理は作れなかった。
という訳でお雑煮以外では、既製品の黒豆と栗きんとんと伊達巻、かまぼこにハムを切ったものくらいしか今回は用意できなかった。
俺としてはこれでも美味しいのだが、ほのかさんが作ったものならばもっと美味しいであろう事は疑いようはない。
「来年は一からお節を作りますから、二人も協力して下さいね」
「うん!幸、いっぱいお手伝いするね!」
「……お手柔らかにお願いしますね、ほのかさん」
来年も一緒に正月を迎えられるのを、誰一人として疑っていない。
そんな事に幸せを感じながら、俺達は食事を終えたのだった。
食事と片付けが終わると、三人で話したい事があると、幸をソファーに座らせた。
俺の向かいが幸、幸の左隣がほのかさんだ。
「それでこうちゃん、お話ってな~に?」
無邪気に聞いてくる幸に、俺は
「……俺とほのかさんは正式にお付き合いする事になった。それで、今年からほのかさんもこの家で一緒に暮らす事になったんだ」
俺の発言に驚くかと思った幸は、にっこりと笑って隣のほのかさんにこう言った。
「よかったね、ほのちゃん。ね、だから言ったでしょ?こうちゃんはほのちゃんの事
が大好きだって」
「そうですね。さっちゃんが背中押してくれたので勇気が出ました。ありがとうございます、さっちゃん」
どういう事かと聞いてみたら、どうやら昨日の『女の子同士の秘密のお話』とやらで、ほのかさんが俺に告白してこの家で一緒に暮らしたいと幸に伝えていたそうだ。
幸がその提案を喜ばないはずもなく、むしろ積極的に後押ししたという訳だ。
……いや、幸なら嫌がらないとは分かってたけど、万が一って心配してたのに。
まあ、こちらはそう問題じゃない。むしろこっちの方が本命だ。
「じゃあ、ほのかさんが一緒に暮らすのは問題ないないな。……それで幸、もう一つお前に確認したいことがあるんだ」
「ん?何、こうちゃん?」
「……将来的には俺とほのかさんは結婚する予定だ。それでな……お前俺達の養子にならないか?俺とほのかさんの子供にならないか、幸?」
昨晩のほのかさんの『もう一つのお願い』を幸に告げた。
『結婚するなら、正式にさっちゃんを養子として迎え入れたいんです』
もちろん俺に異論などなかった。
俺と幸は叔父と姪の関係だ。その関係のままでも一緒に暮らしてはゆける。
だけど、もし出来るのであればもっと幸と『家族』でいたかった。
俺と、幸と、ほのかさんならば、きっと良い『家族』になれると思ったのだ。
「……ねえ、こうちゃん。それってこうちゃんとほのちゃんが、幸のパパとママになるって事だよね?」
「まあ、そうだな。俺とほのかさんが新しいパパとママになるんだ」
「……じゃあ、『パパ』と『ママ」はどうなっちゃうの?いなくなっちゃうの?」
幸が泣きそうな声で俺に聞き返す。
最初、幸が何を言ってるのか分からなかった。
俺とほのかさんが新しいパパとママになるって言ってるのに、『パパ』と『ママ』がいなくなるってどういう意味だ?
だけど、隣にいたほのかさんはその意味に気付いて
「……大丈夫ですよ。『パパ』と『ママ」はいなくなったりしません。さっちゃん、公平くんと私はさっちゃんの『お父さん』と『お母さん』になるんです。さっちゃんの『パパ』は正彦さん、『ママ』は綾音さんです。だから二人はいなくなったりしません。たとえ姿が見えなくても、ずっとさっちゃんと一緒にいるんですよ」
幸を抱きしめ、優しい声でそう言った。
……馬鹿か、俺は。何でそこに思い至らなかったんだ!
幸が両親を亡くして、まだ半年も経っていない。
そんな幸に『新しく親になる』なんて言えば、それは正彦さんと綾姉の事を忘れろと言っているのに等しい。
幸の『パパ』と『ママ』は正彦さんと綾姉だ。これはもう生涯変わる事は無い。
だから俺とほのかさんがなるべきなのは
「……そうだな。悪い、幸。俺が間違ってた。お前は『パパ』の事も『ママ』の事も忘れなくていいんだ。『パパ』も『ママ』もいなくなったりしない。ずっとお前の傍にいるんだ。正彦さんも綾姉も、ずっと幸の心の中にいるんだ」
「……こう、ちゃん」
「だから、俺とほのかさんは幸の『お父さん』と『お母さん』にしてくれるか?そうすれば、お前には『パパ』がいて『ママ』がいて、『お父さん』がいて『お母さん』もいるんだ。……俺とほのかさんを、お前の新しい『家族』にしてくれるか?」
俺のその言葉を聞いて、幸はボロボロと涙を流した。
「……うん!『家族』なんだよね?こうちゃんとほのちゃんと幸は、新しく『家族』になるんだよね?」
「ああ、そうだ。俺とほのかさんと幸で、三人で『家族』になろう」
「はい。そして三人で幸せになりましょう。私達ならきっと出来ますよ」
幸の右隣に座り、幸を抱きしめた。
ほのかさんは、俺ごと幸を抱きしめた。
涙を流し続ける幸だったが
「……駄目だよ。だって幸は弟も妹も欲しいもん。三人だけじゃ、幸は嫌だもん」
泣き笑いの顔でそういう幸が愛しくて、俺達はしばらく抱き合ったままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます