第33話 恋人はいじめっこ

 唇を離すと、ほのかさんの恍惚とした表情が見えた。

 ……まずい。いくらなんでもこの先に進むにはまだ早い。

 告白したその日にとか、どんな獣だよ全く。


 残った理性をフル動員して、何とかほのかさんから離れる。

 ……だというのに、何で拗ねた顔してるんですかね、ほのかさん?


「……まあいいでしょう。ここで焦っても仕方ないですしね。それよりも公平くん、もう二つだけお願いがあるんですが良いでしょうか?」


「……俺に出来る事なら。ちなみに難しい事なんですか?」


「公平くん次第ではありますね。それで一つ目なんですが……」


 ほのかさんが手招きをして、内緒話をする様なポーズを取り


「……正式なプロポーズは公平くんからして下さいね。これでも私も女の子ですから好きな男性から求婚されたいんですよ」


 と囁いた。


 悪戯っぽい表情をするほのかさんというのも珍しいが、俺の知らないほのかさんをこの先数多く知る事ができるのは楽しみでもある。


「分かりました。指輪も用意して、必ず俺から申し込みます」


「はい、期待してますね。……これで予約済みになっちゃいましたからキャンセルは利きませんよ」


 凄く生き生きとしているほのかさんが口にした、もう一つのお願いなのだが


「それでもう一つのお願いですが……」


 ほのかさんのそのお願いを聞いた俺は


「俺としては全く問題ありませんけど、それって本人に確認しましたか?」


「まだですね。公平くんとの事がどうなるか分かりませんでしたから」


「……それじゃ、明日本人に確認しましょう。万が一嫌だったらこのままですね」


「多分大丈夫だと思いますよ。私と公平くんの事応援してるって言ってくれましたから」


 それなら大丈夫かな。まあ、万が一断わられたとしても、俺のすべき事に変わりはないんだけどな。

 ……いや、違うな。俺はもっとほのかさんに、そして幸に頼らないといけない。

 一人で抱え込んじゃ駄目だ。俺はどうなっても、なんて考えてたら逆に二人を不幸にしかねない。

 ちゃんと幸せになるんだ。幸も、ほのかさんも、俺自身も。


 ほのかさんのお願いを聞いて、またソファーに座りなおす。

 ただ以前と違うのは、先程まで向かいに座っていたほのかさんが、今は俺の左隣に腰を下ろしなおかつ腕を抱え込んでいる事だ。


「……あの、ほのかさん。これは……」


「ん?何か変ですか?私達恋人同士ですよね。このくらいのスキンシップは当然だと思うんですが」


「……いや、そうかもしれないんですが、その、色々当たってると言いますか、具体的には、胸とかが」


「……嫌でしたか?」


「そんな事はありません!……でも理性の面で色々ヤバいので、今日のところは勘弁して下さい」


「……仕方ありませんね。でも、このくらいはしてもいいですよね?」


 そう言って離れたほのかさんだが、手だけはいわゆる恋人つなぎで握ったままだ。

 幸せそうに微笑むほのかさんを見ていると、我慢が利かなくなってしまった。


「……ほのかさん」


「……公平くん」


 そうして俺達は、二度目のキスをした。



 一線を越えないように気を配りつつイチャイチャするという、なかなかに難易度が高い行為を行っていると除夜の鐘が鳴り終わった。


「あけましておめでとうございます、ほのかさん。今年もよろしくお願いします」


「はい、公平くん。あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いしますね」


 新しい年、そして新しい関係の中、俺とほのかさんは挨拶を交わすのだった。



 その後は流石に寝ようと言う事になり


「……一緒に寝たりしないんですか?」


 という、ほのかさんのからかいがあった以外には何も無かった。

 ……ちなみに別々に寝たからな。いや、マジで。




 翌朝、いつもより夜更かししたはずなのにすっきりと目が覚めたのは、この最近のほのかさん絡みの問題が解決したからだろう。

 正直言って、あれが夢だったんじゃないかと疑っている部分はある。

 だってあまりにも俺にとって都合が良過ぎる展開だろう?

 ほほをつねったら痛くない、なんてオチだけは本当に勘弁して欲しい。


 とりあえず洗面所で顔でも洗おうと、廊下を歩いていたら


「……あ、おはようございます、公平くん」


 パジャマ姿のほのかさんと出くわした。

 ……ヤバい。破壊力が半端じゃない。

 決して特別なものではない普通のパジャマなのだが、ほのかさんのプライベートを見てしまったようで妙に照れる。

 そんな俺の様子が可笑しかったのか


「……えい!挨拶もしてくれないなんてひどい恋人ですね、公平くんは。という訳で罰ゲームです」


「ちょ、ほのかさん?待って!抱きつかれたら色々とまずいですって!」


「ふふふ~、何がどうまずいんですか?」


「だから、幸が起きてこれを見られたらまずいでしょ!」」


「え~、さっちゃんなら『あ~!こうちゃんとほのちゃんがぎゅ~ってしてる。ずるい、幸もする!』って言いそうですけど」


 ……確かに。幸ならこれを、俺とほのかさんが仲良くしてると捉えるだろうな。


「そういう事なので続行です。廊下は冷えますから、人肌が恋しいですもんね」


「冷えるんならリビング行けば暖房効いてますよ!」


「分かりました。リビングでイチャイチャですね」


 結局、俺が解放されたのはもう少し後の事だった。



 ほのかさんから解放されてから洗面所に行き、着替えた後リビングに行くと


「あっ、公平くん。おはようございます」


「……おはようございます、ほのかさん」


「ふふっ、今度はちゃんと挨拶してくれましたね」


 私腹に着替えたほのかさんが、エプロンを身に付けお雑煮を作っていた。

 ちなみに、エプロンは俺がクリスマスに贈ったものだ。

 あの日、ほのかさんはショックで忘れて帰ってしまっていたので、昨日改めてほのかさんに渡すとあの日以上に嬉しそうに受け取ってくれた。


「……ほのかさんが、こんないじめっこだったなんて知りませんでした」


「私もです。私って、好きな人には悪戯したいタイプだったんですね。私、公平くんが初めての恋人なので色んな初めてを体験している最中ですよ」


「……え、ほのかさん恋人いなかったんですか?」


「いませんよ。私、中高と女子校でしたし。大学でも声かけられたりしましたけど、その辺りは家の事情と、この人ならっていう人と出会えなかったもので」


 調理中のほのかさんだが、俺と会話してても動きを止めたりしない。

 見事な手際で調理を進めると


「……よし!後はお餅を焼くだけですね。公平くん、そろそろさっちゃんを起こしてきて下さい」


「分かりました。行ってきますね」


 こうして、俺は幸を起こしに向かうのであった。

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