第32話 繋がる想い、触れる唇

「「「ごちそうさまでした」」」


 元々ほのかさんの為の食事だったのだが、俺と幸も思ったよりも食べた。

 特に幸は、最近の食の細さはなんだったのかというくらい食べた。

 まあ、その気持ちは良く分かる。

 料理そのものも、あの雰囲気も、俺と幸だけの時とは比べものにならないもんな。



「それで今後の予定なのですが、……今晩こちらに泊めていただけませんか?」


 と、ほのかさんのなかなかな爆弾発言があった。


「……ほのかさん、いつもみたいに自宅へ帰るのは駄目なんですか?」


「実は今日の夕方実家に帰ったんですが、急に思い立ってこちらに来てしまったんです。着替えなどは実家にあったものをバッグに詰めたんですが、自宅のマンションの鍵は忘れてしまったんですよね」


「実家に連絡して鍵を持ってきてもらうのは?」


「母様以外には黙って出てきたので、多分連絡したら戻って来いって怒られます」


「ちなみに、その実家までどのくらいかかるんですか?」


「来る時には、車で一時間半くらいでしたね。帰るのはどのくらい混雑してるかにもよるでしょうけど」


「じゃあしかたないよね。こうちゃん、ほのちゃんを泊めてあげようよ」


 荷物に着替えがある以上、泊まるつもりはあったのだろう。

 でも計画的かといえば、ほのかさんがお腹を空かせていたりだとか衝動的に動いた部分もあるからな。

 ……まあ、どちらにしても結論は変わらない。

 ほのかさんをうちから追い出すような真似を、俺も幸もできる訳がないのだから。


「分かりました。客間を準備しますから使ってください」


「やったー!ほのちゃんと一緒だー!!ほのちゃん、一緒に初もうで行こうね!」


「はい。三人で一緒に行きましょうね」



 その後俺一人でいいと言ったのに皆で客間を準備したり、お風呂に入ったりテレビを見たりして時間が過ぎて行った。

 幸はほのかさんがいるせいなのか、いつもよりもテンション高くなかなか寝ようとしなかったが、流石にそろそろ眠そうな仕草を見せ始めた。


「幸、眠いなら無理せず寝ろよ。ほのかさんには明日も会えるんだから」


「あまり夜更かしすると、明日一緒にお雑煮食べられないかも知れませんよ?」


「ん~。分かった。幸、もう寝るね」


 ほのかさんに手を引かれて自室に戻る幸。

 時計を見ると、もうすぐ十一時になりそうだった。


「ただいま戻りました。さっちゃん、よっぽど我慢していたんでしょうね。ベッドに入ったらすぐ寝ちゃいましたよ」


 向かいのソファーに座りながら、微笑んでそう教えてくれるほのかさん。

 奇しくもこの構図は、あのクリスマスの日と全く同じだ。

 俺の方は少し気まずさを感じていたが、ほのかさんはうちの雑煮はどんな感じなのかとか、どこの神社に初詣に行くのかと以前と変わらぬ様子で話しかけてきた。

 それに答えていると、ふっと会話の途切れる時間ができた。


 どことなく気まずい雰囲気を感じ、話しかけようとするが


「「あの……」」


 と同時に話しかけてしまい、なかなか会話ができない。

 だが、ほのかさんは意を決して俺に話しかけてきた。


「あの、公平くん。お願いしたい事があるんです」


「お願い、ですか?」


「はい。私も、……私もこの橘家で一緒に生活させてもらえませんか?」


 ほのかさんのお願いに驚きはしたものの


「……それは、同棲したいという事でしょうか?」


「……その、私達の関係ではそうなりますね」


 言ったほのかさんも恥ずかしそうなので、俺としても案外冷静でいられた。


「ほのかさん、この事はご家族の方は知ってるんですか?」


「……いえ、私の独断です。けど、公平くんが了承してくれるのなら絶対に説得してみせます」


 ほのかさんの決意は固いようだし、ここ最近の幸の様子を思えばこの申し出は正直言ってありがたい。

 だけど、それはあくまでこちらの都合だ。


「ありがたい申し出だと思います。……けど、申し訳ありませんがお断りさせていただきます」


 そんなほのかさんに何の得もない申し出を受ける訳にはいかない。


「……それはやはり、『私を好きになる資格がない』からですか?」


「はい。たとえ同棲したとしても、俺はほのかさんと結婚するつもりはありません。そんな相手との同棲なんてありえないですし、ご両親も認めないでしょう」


 するとほのかさんは、一度大きく深呼吸をして俺にこう言った。


「でしたら公平くん、私を『さっちゃん以外の一番』にしてください」


 一瞬何を言われたのか理解出来なかったが、続けてほのかさんが説明してくれた。


「公平くんは『さっちゃんが一番大事』なのは変わらないですよね。わたしもそこを変えて欲しいとは思いません。だから『さっちゃん以外』で私を一番想って下さい。

……私はそれで十分です」


「……だから、そんな事できませんよ。そんな失礼な事、ほのかさんにしたくないんです」


「一つだけ確認させてください。……公平くんは、私の事が好きですか?」


 ……なんて質問するんだ、この人は。

 そんなの、そんなの分かりきってるじゃないか。


「……好きに決まってます。もし叶うのなら、ずっと一緒にいたいって思ってます」


「……良かった。私の片思いじゃないんですね。だったら、もう一度貴方に伝えたい事があるんです」


 優しく微笑んだほのかさんの口から出たのは


「一人で全部抱え込まないで下さい。私に貴方の手助けをさせて下さい。……大切な公平くんと、大切なさっちゃんの為に、二人が幸せになるお手伝いをさせて下さい」


 頑張っても頑張っても報われなくて幸を助ける事もできなかった俺に、ほのかさんが救いの手を伸ばしてくれた日の言葉によく似ていた。


「私にもさっちゃんを守らせて下さい。そしてもしその分だけ余裕ができたなら私を愛して下さい。さっちゃんが一番のままで良いんです。公平くん一人でさっちゃんを幸せにしなくて良いんです。私と一緒に、……ううん、私と公平くんとさっちゃんの三人で、皆で幸せになれば良いんですよ」


 慈愛に満ちた笑顔で優しく語りかけてくる。


 あの時、真っ暗で未来なんて見えなかった俺を救ってくれたのがほのかさんだ。

 俺と幸がどんなに感謝しても足りないくらいの大恩人だ。

 そんな人を、俺達の問題に巻き込んでしまってもいいのだろうか?


「……俺と一緒にいると、余計な苦労をする事になります。それでも……」


 だけどほのかさんは、そんな俺の迷いですら理解した上で


「構いません。私は苦労したくないから公平くんを好きになった訳じゃありません。公平くんと一緒ならどんな苦労をしたって構わない。そう思えるくらい好きになってしまったから、ずっと一緒にいたいんですよ」


 俺の全てを受け止めるように笑った。


「……ほのかさん、俺は不出来で、一人じゃ幸を助けられない情けない男ですよ」


「違います。公平くんは優しくて、さっちゃんの為に頑張れる、ちょっとだけ不器用な、そんな私の大好きな男性ひとです」


 ……もう無理だ。こんなの勝てる訳がない。

 俺の最愛の女性からこんな言葉をかけられて、気持ちを抑えられるはずがない。


「……そんな俺ですけど、ほのかさんと一緒にいてもいいですか?ほのかさんを幸せに出来るか分からないけど、それでも一緒にいてもいいですか?」


「……はい、もちろんです。ずっと公平くんの傍にいさせて下さい」


 俺とほのかさんは、同時に立ち上がりお互いに歩み寄る。

 そして抱きしめあった後、唇を重ねたのだった。

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