第31話 幸せはここにある
その声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
『何でここにほのかさんが』とか『来てくれるはずがないのに』とか色んな思いが頭の中を駆け巡った。
……けど、そんな事はどうでもいい。
この扉の向こうにほのかさんがいるのなら、そんなものは全て些細な事だ。
震える手でドアを開ければ
「……お久し振りです、公平くん。お変わりありませんか?」
はにかみながら挨拶をするほのかさんがそこにいた。
言葉にできない思いが胸の中で渦巻いていた。
言いたい事も言えない事も山のようにある。
だけど、まずは
「……いらっしゃいませ、ほのかさん。上がってください、幸も待っています」
ほのかさんをうちに迎え入れるべきだろう。
ほのかさんは大き目のバッグを持っていたのでそれを受け取り、幸のいるリビングに案内する。
リビングのドアを開け中に入ると
「おかえり、こうちゃん。誰が来た……」
こちらに目を向けた幸が、俺とほのかさんを見て途中で言葉が止まる。
「さっちゃん、こんばんわ。しばらく会えませんでしたけど、元気……」
「ほのちゃぁぁぁん!!ほのちゃん!ほのちゃん!ほのちゃん!!」
ほのかさんが挨拶しているにも関わらず、幸がものすごい勢いで迫ってきてほのかさんに抱きつく。
「……ほのちゃんだ。ほのちゃん、だよ。……うあっ、う、うああぁぁぁん!!」
「……大丈夫ですよ。私はここにいますからね、さっちゃん」
「うん!……ほのちゃん、もうどこにも行っちゃやだよ!ずっと、ずっとここにいてよ、ほのちゃん」
ほのかさんを離すまいと、しがみついて泣いている幸。
そんな幸を、ほのかさんは優しく抱きしめて
「はい。さっちゃんがそう望むのなら、私はず~っとさっちゃんの傍にいますよ」
優しい声でそう言ったのだった。
幸が泣き止むまでしばらくかかったのだが、その後も幸はほのかさんから離れようとしなかった。
「……幸、ほのかさんに迷惑だろ。そろそろ離れろ」
「やだ!……離したら、またほのちゃんいなくなっちゃうかもしれないもん」
「私は大丈夫ですけど、……公平くん、ちょっとさっちゃんと二人きりでお話したいんですが、さっちゃんのお部屋に行ってもいいですか?」
ほのかさんの提案に少し考えて
「二人きりって事は、俺がいない方がいいんですよね?」
「はい。女の子同士の秘密のお話ですから」
「……分かりました。幸もそれでいいか?」
黙って頷く幸と一緒に、ほのかさんと幸は二人で幸の部屋に向かって行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さっちゃんの部屋に入り、二人でベッドに腰掛けた。
「まずは、急に来れなくなってごめんなさい。心配かけちゃいましたね」
「ううん、いいの。ほのちゃん調子がわるかったんだよね?もう大丈夫なの?」
「はい。まだ完全に、とはいきませんけどもう大丈夫ですよ」
「……そっか。良かった。良かったよ~」
さっちゃんはまた涙ぐんで、私をぎゅっと抱きしめる。
その強さが、回数がさっちゃんの抱えていた寂しさの証明だ。
だから私はその寂しさを埋めるように、優しくさっちゃんの身体を抱き返した。
「……さっちゃん、あまり公平くんを待たせてはいけませんから、そろそろお話してもいいですか?」
「うん。ひみつのお話だよね?なんのお話?」
「それはですね、さっちゃん、私は……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ほのかさんと幸が部屋に入って三十分ほど経った。
何を話しているか気になりはするが、秘密の話を教えてはくれまい。
おとなしくソファーに座りテレビを見て待っていたら
「こうちゃん、お待たせ~。お話終わったよ~」
「すいません、遅くなりました。さっちゃんと話すの久し振りだったので、つい長引いちゃいました」
と、やたら上機嫌な二人が帰ってきた。
特に幸の浮かれっぷりは半端じゃない。
さっきまでほのかさんがいなくなるのではないかと不安でいっぱいだったのに、今ではそんな様子は微塵もない。
……一体何を話したんだ、この二人?
「お帰りなさい。……あの、ほのかさん?内容聞くのはマナー違反でしょうけど、幸の奴なんでそんなに上機嫌なんですか?」
そんな俺の疑問に、二人は顔を見合わせた後
「そこは『女の子同士の秘密』ですよ」
「そうだよ、こうちゃん。『でりかしー』がないとほのちゃんに嫌われちゃうよ」
「「ねー」」
と、大層仲の良いご様子であった。
「それで今後の話なんですけど、ほのかさんどうします?」
「あ、それなんですけど今日は……」
今後の予定を話し合おうとしたその瞬間だった。
『くー、きゅるきゅる』という可愛らしい音が、ほのかさんのお腹から聞こえた。
一瞬、場が静寂に包まれた。
ほのかさんをチラッと見ると、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに震えている。
俺としてもここで何か言おうものなら、それこそデリカシーがないと言われかねない。
大人二人が動けないままでいたら、結局幸が
「……ほのちゃん、おなかすいてるの?」
と、無邪気に聞いてくれたので本当に助かった。
「……はい。実は夕食を食べる前に飛び出してきたので、まだ何も食べていないんです」
恥ずかしそうに話すほのかさんだが、このまま空腹というのも辛いだろう。
「だったら、年越しそばの材料が残ってますから使って下さい。幸があまり食べなかったので余ってるんですよ」
そばは乾麺だが量は十分だし、天ぷらやかまぼこ、ねぎもある。
つゆは濃縮タイプを薄めたものを使ったが、ほのかさんならもっと美味しく作れるはずだ。
「それじゃお言葉に甘えますね。お台所お借りします」
そういってキッチンに立つほのかさん。
その姿はもう、我が家にとっての当たり前の光景だった。
「お待たせしました。それではいただきますね」
ほのかさんが作ったのは、何の変哲もない天ぷらそばだ。
もちろん俺が作ったものよりも見た目は良い。
それに何より、周囲に漂う美味しそうな香りが段違いだ。
……同じ材料を使ってるはずなんだが、どうしてここまで違うのだろうか?
そんなほのかさんのそばを、羨ましそうに見ている幸。
いやお前、ちょっと前に俺が作ったそば食べたよな?
「……さっちゃん、少しだけ食べてみますか?」
それに気付いたほのかさんが幸に聞いてみると
「うん!ほのちゃんのおそば食べたい!」
と元気良く返事した。
そしてどうやら、俺も羨ましそうにしていたらしく
「公平くんもどうですか?実は少し作りすぎちゃったんですよ」
とお誘いを受けた。
久し振りのほのかさんの料理を断わる理由もなく、俺もご相伴に預からせてもらった。
「ほのちゃん!すっごく美味しいよ!こうちゃんのと全然ちがう!」
「……俺が作ったのがほのかさんのと一緒の訳ないだろ。……けど、美味いよなあ」
「ちょっとしたコツでがらっと変わりますからね。ふふっ、美味しそうに食べてもらえて嬉しいです」
ほのかさんのそばは本当に美味しかった。
けど、それ以上に『ほのかさんがうちにいてくれる』という事が嬉しかった。
こうして俺達は、久し振りに満ち足りた時間を過ごしたのだった。
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