第30話 抑えきれない胸の思い
大晦日の夕方に実家に戻った私は
「ただいま戻りました。父様、母様」
「うむ、久し振りだな。……それでほのか、どうしたんだ?そんな暗い顔をして」
「お帰りなさい。……ねえほのか、本当に大丈夫?」
「……何でもありません。自室にいるので何かあれば呼んでください」
両親に挨拶をして、早々に自室に戻った。
娘が帰ってきてすぐに部屋に閉じこもったのだから、両親が心配する気持ちはよく分かる。
まだ弟と妹とは顔を合わせていないが、きっと同じ様に心配されるだろう。
両親と弟はまだ私を気遣いそっとしてくれるだろうが、きっと妹はしつこく理由を追及してくる。
悪いが、まだ優しく対応出来る自信がないのでなるべく会わずにいたい。
実家に帰っても、私はずっと落ち込んだままベッドで横になっている。
流石にもう泣く事は無いけど、気を抜くと溜息を吐いてしまう。
(落ち込んだままじゃ駄目だ。立ち直らないと駄目なのに……)
そんな思いとは裏腹に、気力が全然湧いてこない。
……公平くんに、さっちゃんに会いたい。だけど、会ってどうすればいいのかが私には全然分からない。
そんな思考の迷路に迷い込みそうになった時
「……ほのか、いる?入るわよ」
母様が私の部屋に入ってきた。
母様は何も言わずベッドに腰掛けた。
そしてそのまま、何も話さないまま時間だけが過ぎて行った。
沈黙に耐え切れなくなったのは、私の方で
「……母様、何も聞かないんですか?」
「貴女が話したいと思ったら話しなさい。それが悩みでも愚痴でも話せば楽になる事もあるでしょう。母親だもの。貴女にそのくらいの事はしてあげられるわよ」
「……母様……」
そんな母様の優しさに縋らせてもらった。
自分ではいくら考えても答えが出なかったからだ。
私はあのクリスマスの日、橘家であった事を母様に話した。
「……そう、それで元気がなかったのね。……ほのか、頑張ったわね」
「……母様、私、どうすればいいんでしょうか?公平くんに嫌われているなら、他に好きな人がいるならこんなに悩まないんです。けど、公平くんは私の事好きだって、大切だって、愛してるって言ってくれたんです。……私も同じなんです。公平くんの事が好きなんです。大切なんです。……愛しているんです。だから、どうすればいいのか分からないんです」
母様に悩みを告白してみて、はっきりと気がついた。
……私は公平くんの事が好きなんだ。もう誤魔化せないくらい愛しているんだ。
公平くんを幸せにしたい。さっちゃんを幸せにしたい。二人と一緒に幸せになりたい。……それが私の、嘘偽りのない本心だった。
そんな私の話を聞いた母様は
「悩む必要はないと思うわよ、私は。だって、ほのかの気持ちはもう固まってるんでしょ?」
優しく微笑みながらそう言った。
「……でも、公平くんは私と結婚出来ないって。……私を一番大事にはできないから、絶対にさっちゃんを優先させるから、一緒にはいられないって……」
「……ねえ、ほのか。貴女はさっちゃんを差し置いて、公平さんの一番になりたいの?」
母様に言われて考えてみるが
「……いえ、私が公平くんの立場だとしてもさっちゃんは別格ですから、さっちゃんの代わりに一番になりたい訳ではありません」
「うん。要するにほのかが目指すべきは『さっちゃん以外の一番』でしょ。それならほのかはもうそうなってるはずよ。だから必要なのは、公平さんの考え方を修正する事でしょうね」
「……公平くんの考え方を、修正ですか?」
「ええ、つまりね……」
母様の話を聞いて、ぱあっと視界が開けたような気持ちになった。
……そうだ、私が公平くんにすべき事はそういう事だったんだ。
それに気付いたら、もういてもたってもいられなかった。
……公平くんに会いたい。さっちゃんに会いたい。二人に伝えたい事がたくさんあるんだ。
「……母様、私二人に会いに行きます。父様達には上手く言ってもらえますか?」
「ええ、こっちは任せなさい。その代わり、ちゃんと公平さんとさっちゃんをここに連れてくるのよ」
「はい。……ただ、あの、今日は帰らないかも知れないのですが……」
恥ずかしそうに告げる私を見て、母様は
「……好きにしなさい。『水本家当主の妻』としては止めるべきなんでしょうけど、『ほのかの母親』としては娘の幸せを邪魔したくないもの」
少し困ったような顔でそう言ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「このまま家に帰ってください。迎えは不要です」
既に日も落ち周囲が暗い中、運転手にそう告げて和泉家へと帰らせる。
私の目の前にあるのはこの数ヶ月、ほぼ毎日のように通っていた橘家だ。
逸る気持ちを抑えつつ、玄関まで向かいチャイムを鳴らす。
実際にはほんの僅か、だけど私には何十分にも感じられる時間を経て
「……はい。どちら様ですか?」
聞こえてきたのは、ずっとずっと会いたかった人の声。
声が詰まりそうになるのを何とか堪えて
「……私です。ほのかです。公平くん、ドアを開けてくれませんか?」
ドア越しに、私は公平くんにそう話しかけたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ねえ、こうちゃん。ほのちゃん大丈夫かな?」
「……多分な。ちょっと体調が優れないみたいだから、少しだけ我慢しような」
「来年になったら来てくれるよね。ほのちゃんと会えるよね?」
ほんの一週間足らず、たったそれだけなのに幸は目に見えて元気がない。
理由なんて分かりきっている。ほのかさんがうちに来なくなったからだ。
クリスマスの翌朝、枕元に置かれていたプレゼントに大喜びしていた幸は
『ほのちゃんが来たら見てもらうの!ほのちゃんどんな顔するのかな~』
とはしゃいでいたのだが、年内はほのかさんが来れないと知ると酷く落ち込んだ。
それでも昔ほど酷くは無いが、最近の幸からは考えられないほどだ。
元気がなくなった。笑顔が減った。寂しそうな姿が増えた。
改めてほのかさんが、どれほど幸の支えになっていたのかを思い知らされた。
そして大晦日を迎え、夕食に年越しそばを作った。
「幸、年越しそばできたから食べるぞ」
「うん。すぐ行くね、こうちゃん」
幸と二人、俺が作った年越しそばを食べる。
幸はあまり食が進んでいないが、それには理由がある。
気落ちしているのも一因だが、ここ数日は何を食べても美味しくないからだ。
何が原因かなんて、俺も幸も答えはとっくに分かっている。
……ほのかさんに会いたい。
あの愛情に満ち溢れた心のこもった料理が食べたい。
また三人で一緒に食卓を囲めたらと心底思う。
それがどうしようもないほど、自分勝手な考えだと分かってはいても。
食事を終えてそんな事を考えていたら、玄関でチャイムが鳴らされた。
……誰だろう、大晦日のこんな時間に来る人間に心当たりはないんだがな。
のそのそと立ち上がり玄関に向かう。
「……はい。どちら様ですか?」
声を掛けて返ってきたのは、ずっとずっと会いたいと願っていた人の声だった。
「……私です。ほのかです。公平くん、ドアを開けてくれませんか?」
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