第29話 一緒にいたいのに

「……公平くん」


「俺は幸の保護者として幸が成人するか、又は幸が結婚するまでは一緒にいるつもりです。でもそれは最短でも十年以上かかります。そんなものにほのかさんをつき合わせる訳にはいきません。……できる訳ないじゃないですか、俺達にとって恩人なんですよ、ほのかさんは」


 公平くんの声も涙ぐんでかすれている。

 公平くんだって辛いのは分かる。けど、こんな形で終わりになんかしたくない。

 私はさっちゃんを悲しませたくない。公平くんに辛い思いなんてさせたくない。

 

 ……そうだ。そもそも私が二人といてはいけない最大の理由は、私が二人とずっと一緒にいられないからだ。

 他人だから、部外者だから、家族じゃないからだ。

 ……それを解決する方法は、ある。

 最も簡単に、家族になる方法はあるんだ。


「……だったら、十年以上つき合ってもいい関係なら問題ないですよね?」


「……ほのかさん、何言って……」


 覚悟を決めろ。私は公平くんが相手なら文句は無い。


「私と結婚してください。……それなら、一緒にいてもいいですよね」


 顔は真っ赤になっているだろう。

 心臓だってドキドキしている。

 だけど、結婚してもいいって気持ちは嘘じゃない。

 だというのに、公平くんは


「……すいません。俺は、ほのかさんとは結婚できません」


 無情にも俯きながらそう呟いた。


 ……その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。

 何で、どうしてがずっと頭の中でぐるぐる回っている。

 それでも、何とか言葉を口にした。


「……誰か、好きな人でもいますか?それとも、私をそういう目で見れませんか?」


 そういう理由なら仕方ないと思う。

 私だったら結婚してくれるだろう、なんていうのが自惚れならば文句は言えない。

 だけど、公平くんが口にしたのは


「どちらでもないです。好きな人なんて他にはいませんし、ほのかさんは凄く魅力的な人です。俺なんかには勿体無くて、本当に結婚できたらどれだけ幸せだっただろうって思います」


「……だったら、どうして」


「……俺は、俺にはほのかさんを好きになる資格がありません。だから、結婚する訳にはいかないんです」


 そんな理解に苦しむような理由だった。


「好きになる資格がないって、何ですか?私が結婚したいって言ってるのに、資格がないってどういう事ですか?」


 涙ぐみながら、公平くんを問いただす。

 公平くんは俯きながら、静かに口を開いた。


「……俺は、幸を守るって、幸を幸せにするって決めています。それは他の何よりも優先すべき事で、絶対に譲れないものです。……だから、誰かを好きになったとしても、その人じゃなくて幸を一番に考えます。……そんなの、許されないですよ。好きだって、愛してるって口にしておいて、他の人間を優先するだなんて」


「……公平、くん……」


「それがほのかさんなら、なおさらです。俺なんかには勿体無いくらいの人で、文句なんてつけようもない人で、……そして、俺と幸の恩人です。そんなほのかさんに、不義理な真似なんてできません。……好きだから、大切な人だから、愛しているからそんな真似したくないんです」


 ……公平くんが泣いている。

 私の事を好きだって、大切だって、愛してるってそう言って泣いている。

 それを見て、私も涙がこぼれた。


 ……なんでだろう、なんでこうなっちゃったんだろう。

 さっちゃんは、私と公平くんとずっと一緒にいたいと願って。

 私は、そんなさっちゃんの為にも公平くんと結婚したくて。

 公平くんは、さっちゃんが大切で、私の事が好きだから結婚はできないって。


 誰もが相手の事を思っているのに、どうして一緒にいられないんだろう。

 あんなに楽しかったクリスマスなのに、どうして私達は泣いているんだろう。


 答えなんて出ないまま、時間だけが過ぎた。

 その日は、結局何も決められないまま自宅に帰り、泣き続けたのだった。




 翌朝、目を覚ました。

 何時眠ったかなんて覚えていないが、枕は涙と鼻水で酷い事になっている。

 ベッドから出て洗面所に向かい鏡を見ると、酷い顔の私がそこにいた。

 ぐちゃぐちゃの顔に泣きはらした目、そして生気のない表情の私がいた。


 ……昨日まであった幸せが全部なくなった。

 公平くんと、さっちゃんと一緒にいる理由が、なくなってしまった。

 あの幸せだった日々がもう戻らないのだと、私はもう知ってしまった。


「……公平くん。……さっちゃん。ううっ……うあっ、うあぁぁぁぁぁ~~っ」


 涙なんて流しすぎて枯れてしまったかと思っていたが、そんな事はなかった。

 その日私は、体調不良を理由に会社を休んだ。



「……すみません。もしかしたら年内は行く事ができないかもしれません」


『……いえ、無理だけはしないでください。幸には俺から言っておきますから』


 公平くんに断わりの電話を入れたのだが、向こうも声に元気がない。

 その公平くんの事を、私が来ないと知ったさっちゃんがどれだけ悲しむかを想像したら、胸の奥が締め付けられるようだった。

 だけど、今は二人に合わせる顔がない。

 会ってどんな言葉をかければ良いのか、その答えが見つからないのだ。


 結局私はそのまま会社も休み続け、公平くん達に会う事もないまま大晦日に実家に帰るのだった。

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