第28話 幸の願い、公平の思い

「うわー、今日はいつもとちがうんだね!」


「部屋中って訳にはいかないけど、ツリーとテーブルくらいはな」


「それだけでも、グッとクリスマスっぽくなりますよね」


 部屋中飾りつけたりしたら、片付けとか大変だしな。

 流石に夕食にはまだ早い時間なので、幸の篠原家でのパーティーの話を聞いたり、三人でテレビを見たりして寛いでいた。


 そうこうしている内に夕食の時間となり


「よし、それじゃ準備はいいか?せーの」


「「「メリークリスマス!!!」」」


 掛け声に合わせ、シャンメリーの入ったグラスを掲げ乾杯する。

 俺やほのかさんは別に酒が駄目という訳では無いが、酔っ払う理由も無い。

 それよりも今日のところは、ほのかさん渾身の料理を楽しもう。


「わー!すっごく美味しそうだね、ほのちゃん!」


「ふふっ、お昼のパーティーとは違ったメニューをと、頑張ってみました」


「……いや、ほのかさん。普通にホテルのコースみたいですけど」


 残念ながらコース料理なんて食べた事ないから、想像だけどな。


 メニューは色とりどりの野菜サラダにコーンポタージュ、肉料理がローストビーフで魚料理がサーモンのパイ包み焼き、デザートに小さめのケーキが用意されている。

 その他にはバゲットや少量のパスタもあった。


 普通にこの料理を作るのも難しいだろうが、更に篠原家のパーティーメニューとは違ったものをという制限まである。

 向こうのメニューがチキンだのショートケーキだのといった王道メニューだから、変化をつける意味でも本格的なメニューを選んだらしい。


 そしてその料理の出来栄えは


「美味しい!ほのちゃん、すっごくすっごく美味しいよ!!」


「……本当に美味い。ほのかさん、これ普通にお金取っていいレベルですよ」


「ありがとうございます。でも流石にホテルのコースと比べたら素人の料理ですよ」


 正直子供の幸と、思いっきり庶民である俺の口に合うか心配だったが、その辺りはほのかさんが調整したのか普通に美味かった。


 そして俺達は、心行くまでほのかさんの料理を堪能したのだった。



「揃いました。これで上がりですね」


「は~い、こうちゃんのまけ~。またカード配ってね」


「……なあ幸、お前眠そうだしもうお風呂入ったらどうだ?」


 食後に三人でトランプをしたのだが、神経衰弱だとほのかさんが強く、大富豪だと俺が強く、ババぬきだと幸が強かった。

 ……まあ正確には、幸は表情に出るのでババを引いてやるのが簡単だったのだが、せっかくのクリスマスに幸を虐めても仕方ないだろう。


 それに今日の幸はパーティーの連続で疲れたのか、既に眠たそうだ。


「トランプだったら、また今度やってやるからさ。な?」


「そうですね。お風呂で寝ちゃうと危ないですし、そうしませんか?」


「……うん。分かった、お風呂入るね。ほのちゃん、行こう」


 俺とほのかさんの説得により、幸もごねる事無くお風呂に向かう。

 もはやほのかさんと一緒に入るのは、幸にとって当然の事となってるな。

 そして二人がお風呂に入っている内に、俺は部屋の片付けをしておく。

 明日はまだ普通に仕事だからな。



「お風呂上がったよ~」


「公平くんも、冷めない内に続けてどうぞ」


 二人と入れ替わるように風呂に向かう。

 疲れた身体をほぐすように、芯まで温まり風呂を上がった。


 リビングに戻ると、丁度ほのかさんが幸の部屋から戻ってきた。


「さっちゃん寝ちゃいましたから、今のうちにプレゼント運んじゃいましょう」


 空き部屋に置いていたプレゼントを二つ、音を立てないように幸の部屋に運ぶ。

 ほのかさんがそっとドアを開け、部屋に入り幸の枕元にプレゼントを置く。

 目をやればベッドには靴下がかけてあり、その中には手紙が入っている。

 結局、話す事のなかった幸の欲しかったものとは


『サンタさん、こうちゃんとほのちゃんがこれからも幸とずっと一緒にいられるようにしてください』


 そんなささやかな願いが手紙には書かれていた。





       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 リビングに戻ってきた私達は、ソファーに座って向かい合っている。

 手紙を読んだ公平くんは、何故か凄く悩んでいるように見える。

 手紙は私も読ませてもらったが、照れくさくはあるが悩む内容ではないはずなのだが、何か問題でもあったのだろうか?

 そう思っていたら、公平くんから


「……ほのかさん、来年からうちに来る頻度を減らしてもらえませんか?」


 そんな予想もしていない事を言われたのだった。


「……どういう事ですか、公平くん。理由を説明してください」


 何故公平くんがそんな事を言い出すのか全く分からない。

 さっちゃんは元気になっているし、私達三人の雰囲気だって気まずいどころか徐々に一緒にいるのが当たり前になっていたくらいだ。

 むしろ自惚れではなく、私がいなければさっちゃんがまた元気をなくす可能性だって高い。

 それが分からない公平くんじゃないはずなのに。


「理由は、幸の手紙を見たからです。幸はほのかさんへの依存が高すぎます。このままじゃ、ほのかさんがいなくなればまた以前の状態に戻りかねません」


「なら逆効果じゃないですか。今、私が来なくなったらさっちゃんが悲しみますよ」


 私がそう訴えると、公平くんは辛そうな顔でこう言った。


「……だったら、ほのかさんはいつまで俺達に縛られるんですか?」


「……縛られるって、私が、公平くんとさっちゃんにですか?」


「はい。幸が立ち直るまでまだ時間がかかります。その時間が長ければ長いほど幸はほのかさんから離れられなくなります。そしてそれはほのかさんも同じです。一緒にいる時間が長くなるほど、幸に対する愛着が増えるはずです。そうなってしまえば、ほのかさんは幸を傷つける事を躊躇います」


 ……公平くんが言っている事は分からなくもない。

 確かにさっちゃんは私によく懐いているし、私もさっちゃんが可愛くて仕方ない。

 このまま一緒にいれば、それはもっと深くなる事だろう。


「……でも、さっちゃんは私と公平くんと一緒にいたいって、そう思ってくれてるんですよ。……やっと笑えるようになったんじゃないですか。なのに、また辛い思いをさせなきゃいけないんですか?」


 話していて涙が溢れてくる。

 やっと立ち直りかけてるのに、また悲しい思いをしなくちゃいけないの?

 さっちゃんはただ、安心できる、信頼できる人と一緒にいたいだけなのに。


「……それでも、今しかないんです。ほのかさんには、どんなに感謝しても足りないくらいの恩があります。だからこそ、これ以上俺達につき合わせる訳にはいかないんです」


 それでも公平くんは、頑なに自分達から離れるように言い続けるのだった。

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