第36話 高坂さんと別室待機
「……『姫様」、ですか?何となくお嬢様かなとは思ってましたけど」
「ふえ~、ほのちゃん『お姫様』なんだ~」
俺と幸が驚いているとほのかさんが
「実際はそこまでではないですよ。あくまでもこの地域では『お姫様』扱いってだけです」
と、心外そうな顔をした。
……いや、地元だけでも『お姫様』扱いされるなら十分凄いんですが。
「まあそれよりも、水本家へようこそ。歓迎しますよ、公平くん、さっちゃん」
「それではお部屋までご案内いたします。こちらにどうぞ」
高坂さんに先導される形で水本家にお邪魔する。
洋館なので土足でも大丈夫なのかと思ったら、スリッパに履き替えさせられた。
これは二階には和室もある為、土足厳禁なのだそうだ。
二階に案内された俺達だが、高坂さんが
「ほのかお嬢様は自室でお着替え下さい。その後は旦那様がお呼びになるまで自室で待機せよとのご命令です」
「分かりました。……高坂、二人は離れの洋室へ案内するんですよね?」
「はい。奥様からそのように指示されております」
「分かりました。公平くん、さっちゃん、また後で会いましょう」
という訳で、ほのかさんと別れて高坂さんに離れの方に案内される。
「こちらでございます。室内では、どうぞご自由におくつろぎ下さい」
案内されたのは、多分八畳ほどの洋室だ。
ソファーやテーブルといった調度品、そして絨毯やシャンデリアに至るまで高級感が溢れ出している。
……正直言って、俺のような小市民には落ち着きづらい空間ではある。
だが、案内が終わったというのに高坂さんが部屋から出ていかない。
「あの、高坂さん。出歩いたりしませんからお仕事に戻られてもいいですよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが本日の私の仕事は橘様方のお世話でございます。御用がありましたら何でもお申し付け下さい」
そう言われても、すぐに用事なんて思いつかない。
……あ、でもそれだったら
「それじゃ、俺の話し相手になってくれませんか?流石に待ってるだけでは退屈なので」
「……畏まりました。私でよろしければ」
そういう訳で高坂さんとの会話を楽しんだ。
当然、俺達と高坂さんで共通の話題といえばほのかさんの事だ。
「……ええ。ああ見えて悪戯好きな方なのですよ。特に親しい人間ほどその餌食となっていましたね」
「意外なような、そうでもないような感じですね。今日だって水本家の事、全く教えてもらえませんでしたから」
「え~、じゃあ幸はほのちゃんと仲良くないのかな?だって、幸はほのちゃんに悪戯された事ないんだよ」
「……それは多分、幸様が可愛くて仕方ないからだと思いますよ。悪戯して甘えるよりも、可愛がって甘やかしたいのでしょうね」
「そっか!良かった!幸はほのちゃんの事大好きだから、ほのちゃんも幸の事好きでいてくれたらとってもうれしいの!」
幸がそう言うと、高坂さんは
「……大丈夫ですよ。幸様はとても愛らしい方ですから。ほのかお嬢様が気に入られるのも当然でしょう」
優しく微笑んでそう言った。
そしてそこまで話してから、真剣な表情を俺に向けた。
「お客様にこの様な事をお聞きするのは、使用人として失格だと分かっております。ですが、あえてお聞かせ下さい。橘様、貴方様はほのかお嬢様の恋人でいらっしゃるのでしょうか?」
真剣な顔で俺に問いかける高坂さん。
……ここで『ただの先輩後輩です』と偽るのは簡単だ。
ほのかさんが『お姫様』であるのならば、俺が恋人である事を良く思わない人間だって多いはずだ。
だからここでの正解は『ほのかさんとの関係を誤魔化す』なのだろう。
「……はい。先日から恋人としてお付き合いさせて頂いています」
だけど、俺は正直に話す事に決めた。
ここで誤魔化してもご両親の前で、ほのかさんの前で嘘を吐く訳にはいかない。
ならば、最初から正直に話した方が印象も良いだろう。
何より、高坂さんは無礼であると知った上で俺に問いかけたのだ。
その高坂さんの真摯な思いを裏切りたくない。
俺は家柄も、収入も『水本の姫』であるほのかさんには相応しくないだろう。
だったら、せめてほのかさんとその周囲の人達には誠実でありたい。
俺自身は誇れるものが無くても、ほのかさんが好きになってくれた俺の事は誇りに思いたいから。
「……正直にお話いただきありがとうございます。……そうですか、ほのかお嬢様の恋人ですか」
「……高坂さん。貴女の目で見て、俺はほのかさんの恋人に相応しいでしょうか?」
そんな俺の質問に、高坂さんは
「私には判断しかねます。橘様の事を良く知りませんので。……ですが、昨日帰ってこられたほのかお嬢様は、どこか無理をされているようでした。そして知らぬ間に家を飛び出され、連絡が取れない始末。本当に心配で胸が張り裂けそうでした。もし奥様が『心配要らない』と仰らなければ、使用人総出でお探ししたと思います」
「……それは、本当に申し訳ありませんでした。俺にも責任の一端はありますから、謝罪させて下さい」
「いえ、これは水本家の、そしてほのかお嬢様の問題です。橘様に謝っていただく必要はございません」
そう言った後、少しだけ微笑んで
「それに、私は橘様に感謝しているのです。今日のほのかお嬢様は、昨日と違い生き生きとされておられます。あの様に幸せそうなほのかお嬢様は見た事がありません。あのお嬢様をもたらしたのが橘様だというのであれば、ほのかお嬢様には橘様以上にお似合いの男性はいらっしゃらないと私は思います」
俺にそう言ってくれた。
「……俺は、ほのかさんが『水本の姫』だという事も知らなかったんですよ?」
「関係ありません。確かに『水本の姫』に相応しい男性には求められるものも多いでしょう。ですが、幼少よりほのかお嬢様に仕えてきた身としましては『ほのかお嬢様を幸せにしてくれる』、その一点さえ満たしていただけるのであれば、何も文句はございません」
「……ありがとうございます。それだけは誰にも負けないように頑張ります」
そして俺と高坂さんは、お互いに笑いあったのだった。
そんな風に過ごしていたら、部屋のドアがノックされた。
『橘様、奥様方がご面会を希望されておられますが、お連れしてもよろしいでしょうか?」
聞いた事がない女性の声だったが、巴さんが会いたいというのなら断わる理由はないだろう。
「はい、構いません。よろしくお願いします」
「ではお呼びしますので、少々お待ちください」
そういって女性は立ち去ったようだ。
「あの、高坂さん、今の女性は?」
「あの者は馬場と申しまして、奥様付きの使用人でございます。水本家ではそれぞれ最低一人の専属の使用人、又は従者がつき従うのですが、私はほのかお嬢様の専属となっております」
「……ん?だったらほのかさんの所にいないとまずいんじゃないんですか?」
「いえ、そのほのかお嬢様から橘様方のお世話を申し付けられたのです。お嬢様には専属以外の使用人がついておりますので、ご心配は無用です」
それなら安心だ。俺達のせいで高坂さんが叱られたら嫌だし。
……それにしても使用人か。本当に住む世界が違うんだな、ほのかさん。
そうしていたら、再びドアがノックされた。
「公平さ~ん、入ってもいいかしら~」
外から巴さんの声が聞こえたので
「はい、どうぞお入り下さい」
と言ったのだが、外部の俺が入室許可を出すのも変な話だよな。
そして巴さんが部屋に入ってきたのだが、もう一人見慣れぬ女性も一緒だった。
顔立ちはほのかさんや巴さんを幼くした感じで、年齢は多分十五歳前後だろう。
均整の取れたスタイルに、整った顔立ち。文句なしの美少女だ。
将来はもの凄い美人になるのは確定だな、これは。
何となく正体は察しているが、一応確認しておこう。
「お久し振りです、巴さん。それで、こちらの女性は?」
巴さんが目で促し、その美少女が自己紹介をする。
「はじめまして。私は水本家の次女で、水本
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