第37話 遥もデレた

「ご丁寧にどうも。橘公平です。ほのかさんにはいつもお世話になっています」


「橘幸です。四歳です。よろしくお願いします」


 お互い自己紹介が終わり、次に巴さんが指示を出した。


「では高坂、ほのかを呼んできなさい。馬場はお茶の準備を。あ、さっちゃんはジュースの方がいいわよね。リンゴ、オレンジ、グレープ、どれがいいかしら?」


「……奥様。ほのかお嬢様は旦那様から自室待機を命じておられるのですが?」


「そんなのあの子が守る訳ないでしょ。どうせ隙を見てこっちに来るんだから、私が呼んだ事にして連れてきなさい」


 ……滅茶苦茶言いますね、巴さん。

 巴さんの中のほのかさん評は、一体どうなっているのだろうか?


 今日の巴さんは、見るからに高そうな和服を身に纏っている。

 遥さんも和服だが、巴さんよりも華やかで明るい色合いのものを纏っている。

 これは正月だからなのと、武藤さんも言っていたが来客がある為だろう。


「わ~、ともえママ。きれいな着物だね~」


「ありがとう、さっちゃん。さっちゃんもおめかしして可愛いわね」


「えへへ~。これね、ほのちゃんが選んでくれたんだよ」


「そっか~。良かったわね、さっちゃん」


 幸も巴さんも、久し振りに会えて嬉しそうだ。


 ……それ自体はいいのだけど、初対面の遥さんと一緒に放置は止めて欲しい。


「すいません。幸の奴、巴さんと久し振りに会えたからはしゃいでしまって」


「……いえ、それは構いません。ただ、私としてはお母様のあんな姿を見たのが初めてなもので、少々戸惑っています」


「そうなんですか?幸が巴さんと会うのはこれで三回目ですけど、大体あんな感じですよ」


「……信じられません。我が家でのお母様は『常に水本家の人間として相応しくある様に努めなさい』と躾けに厳しい方なのですが」


 ……まあ、目の前では幸を思いっきり甘やかしてるもんな。

 普段がそうなら、そりゃショックはでかいだろうな。


「聞こえてるわよ、遥。……まあ、さっちゃんは私にとって孫みたいなものだもの。子供である遥達とは違うわよ。それに貴女もすぐに分かるわよ。ねえ……」


 巴さんが幸に耳打ちして、何かを囁いている。

 頷いた幸は、遥さんの所にやってきて


「……えっと、『はるかお姉ちゃん』!幸とお友達になってください!」


 と、笑顔で言った。

 それを聞いた遥さんがよろめいたんだけど、……あれ、これどこかで見たような?


「……お、お友達、ですか?わ、私がお姉ちゃんですか?」

「うん!もし良かったら、幸の事『さっちゃん』ってよんでね。……ねえ、駄目かな『はるかお姉ちゃん』?」


 上目遣いで、悲しそうに遥さんを見つめる幸。

 ……あー、オチが読めたな、これは。

 巴さんの方を見ると、既に勝利を確信してる。

 そして遥さんは、しゃがみこんで幸の肩に手を乗せ


「……ねえ、さっちゃん。しばらくの間、うちに滞在しませんか?お姉ちゃんと一緒に遊びましょう。ね、そうしましょう?」


「……何を言ってるんですか、遥。母様と同じ事するんじゃありません」


 あっさりと陥落した遥さんに、いつの間にか部屋に来ていたほのかさんがツッコミを入れた。


「お姉様!いや、だって、この可愛すぎませんか?それに私末っ子なので、ずっと『お姉ちゃん』って呼ばれたかったんです!」


「さっちゃんが可愛いのは当然ですが、落ち着きなさい。まずはさっちゃんと仲良くなってからです。強引な真似は、逆に嫌われますよ?」


 ほのかさんにそう言われた遥さんはショックを受けた顔で


「……あの、さっちゃん?お姉ちゃんの事嫌いになりましたか?」


 と不安げに聞いたのだが


「ううん、大丈夫だよ!幸も、はるかお姉ちゃんと仲良くしたいもん。このくらいできらいになったりしないよ」


 そう言って遥さんに笑顔を向ける幸。

 そして感激した様子で震えている遥さん。


「はいはい、とりあえずお茶にしましょ。はい、さっちゃんは私と一緒に座りましょうね」


「お母様、ズルいです!私だってさっちゃんと一緒がいいのに!」


「二人とも着物なのに何言ってるんですか。というか、父様をほったらかしにしてもいいんですか?」


 呆れたような声で言うほのかさんだったが


「お父様とお兄様だけで十分ですよ。残っているのは殆どおじ様ばかりで、政治の話だとか経済がどうとかで楽しくありませんから」


「そうね。それにさっちゃんがいるのに来ない訳にはいかないでしょう?遥を連れてきたのは、事前に貴女の味方を増やす為だったんだけどね、ほのか?」


 二人とも大して悪いとは思っていないようだ。


「……お母様、お姉様の味方ってどういう意味ですか?昨日の件は、流石にお姉様に非があるので私は味方できませんよ」


「そっちはいいのよ。本人だって覚悟して行ったんだから。……ほのか、改めて二人を紹介してくれる?貴女の口から、二人とどういう関係なのかを」


 巴さんに促され、ほのかさんが真剣な表情で話し始める。


「分かりました。……それでは改めまして、こちらは橘公平さん。私の会社の同僚で、昨日お付き合いを始めたばかりの恋人です。将来的には結婚もしますので、実質婚約者と呼んで差し支えはありません」


「……え、恋人?婚約者?お姉様の?」


「そしてこちらが橘幸ちゃん。公平さんの姪で、今公平さんと同居しています。今後は私も橘家で同棲して生活を共にする予定です。……そして私達が結婚したら、養子として私達の子供となります」


「……さっちゃんが、お姉様の子供。……すみません、一度頭を整理させて下さい」


 遥さんがブツブツと独り言を言っている間に、改めてほのかさんを見た。

 ほのかさんも巴さん達と同様に、和服に着替えていた。

 柄や色合いは巴さんよりも華やかで、遥さんよりも落ち着いたものだ。


「ほのかさんも着替えたんですね。和服、良く似合ってますよ」


「うん!ほのちゃん、とってもきれいだよ!」


「ありがとうございます。私、どちらかと言えば和服は苦手なんですけど、そう言ってもらえたなら着替えた甲斐がありましたね」


「まあ、胸が大きいと和服は難しいわよね。この子、身長じゃなくてそっちに栄養がいっちゃったみたいだし」


 そんな話をしていたら、遥さんが情報を整理できたようだ。


「お待たせしました。つまり今回は、お父様にお姉様の婚約を認めさせようという事ですか?」


「そうね。反対したら『じゃあ家を出ます』って言うでしょうし、私も公平さん相手なら文句は無いもの」


「お母様は賛成なのですね。……失礼ですが、公平さんはどこかの名家のご出身なのでしょうか?」


「いえ。そういうのとは縁もゆかりもない、ただの小市民です」


「それは……正直厳しいと思いますよ」


 難しい顔をする遥さんだが、巴さんが反論する。


「だからこうして集まったんでしょ。決定権はあの人にあるとしても、私と遥、それに光輝みつきを味方にすれば一方的に駄目とは言えないわよ」


「お兄様ですか。確かにお父様よりは説得しやすいでしょうが、そんなに上手くいくでしょうか?」


「上手くいくかどうかじゃない、上手くいかせるのよ。それに遥、考えてみなさい。

これが上手くいけば、さっちゃんはほのかの子供。つまり私達の身内になるのよ」


「全力でご協力します。是非このお話を纏めましょう。お姉様の為、公平義兄にい様の為、さっちゃんの為、そして私達の為に」


 ……それでいいのか、と思うところもなくは無いが、どうやら無事に遥さんの協力は得られたみたいだ。



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