第52話 エピローグ 幸多き人生を
(……パパ、ママ。二人が亡くなって随分と時間が経ったよ。辛い事も沢山あったけど、お父さんやお母さん、幸彦や美幸のお陰で私は幸せだったよ。それにね、今では私にも……)
仏壇に向かって正座し手を合わせ、パパとママに近況報告を行っていたら
「幸~。こっち来てくれ~。
夫の情けない声が聞こえたので、私は立ち上がり三人が待つ部屋にゆく。
部屋に入るなり
「「ママだ~!!」」
と、私に抱きついてくる可愛い双子達。
その頭をそっと撫でると夫に指示を出した。
「公彦の服は水色のシャツに白のズボン。寒いから上にダウンジャケットを羽織らせて。綾香は赤いチェック柄のワンピースを。下には黒いレギンスを穿かせてね」
「わ、分かった。これだな。ほら、公彦、綾香、こっちに来なさい」
「やだ~。ママのほうがいい~」
「ねえ~、ママがきがえさせてよ~」
子供達の言葉に軽く落ち込む夫の姿が少し可愛い。
私とあなたじゃ、普段子供達と一緒にいる時間が違うんだから仕方ないでしょ。
「二人とも、もう四歳になったんだから一人で着替えてみなさい。そうしたらきっと、お爺ちゃんとお婆ちゃんもびっくりするわよ」
二人は顔を見合わせると嬉しそうな顔で
「やる~!うまくできたら、おじいちゃんとおばあちゃんほめてくれるかな?」
「わたしも~!あやかね、いっぱいだっこしてもらうんだ~」
と、服を着替え始めた。
全く、この子達は本当にお爺ちゃんとお婆ちゃんが大好きなんだから。
「ほら、あなたもいつまでも落ち込まないの。三十分もしない内に迎えが来るんだから」
「……俺、この日が一番緊張するんだよな。『水本家』の人達って、いまだに俺の事認めてくれてない気がするし……」
あ~、確かに初めて恋人だって連れて行った時は、皆もの凄く睨んでたもんね。
でも
「心配しなくていいよ。本当に駄目だったら、結婚式に参加してくれるはずないもん。それに、何より私があなたと結婚したかったんだから、それが分からない人達じゃないよ」
「……そうだな。情けない顔してちゃそれこそ『こんな男は幸に相応しくない』って言われちまう。俺は幸の旦那で、公彦と綾香の父親なんだ。みっともない姿を見せる訳にはいかないよな」
こういう単純で立ち直りの早いところは、保育園の頃から変わっていない。
夫のそういう微笑ましい姿にほっこりとしながら、私達は『水本家』からの迎えを待つのだった。
私の携帯に連絡が入り、外に出ると迎えの人が立っていた。
「幸様、お迎えに上がりました」
「はい。真田さんもお久し振りです。お変わりないですか?」
迎えに来たのは、私とお父さんが『水本家』を訪れた時に知り合ったあの真田さんだった。
「私の方は特筆すべき事はございません。強いて言うならば、使用人を増員したくらいでしょうか。後輩も増えて先代侍従長も教育しがいがあると申しておりました」
「……そっか。馬場さんは引退されたんでしたよね」
「はい。これでようやくゆっくり出来ると言っておりましたが、大奥様から教育係を申し付けられてぼやいておりました」
「けど、楽しそうなんでしょ?のんびりしてる馬場さんなんて、想像できないもの」
「……そうですね。引退すると決まった時はどこか寂しげでしたが、教育係に任命されてからは生き生きとされていますね」
そんな話をしていたら、夫と子供達も出てきて
「翔様、公彦様、綾香様、お久し振りでございます」
「ええ、久し振りです。お変わりないようで」
「「さなださんだ――!!おはようございま―す!!」」
と、挨拶した。
特に子供達は使用人の中では、真田さん、高坂さんの順で懐いている。
それというのも、この真田さんが『水本家』を訪れる際の私の担当だからだ。
本来『水本』の人間でない私に専属で付く必要は無いのだが、そこはお爺様を始めとする『水本家』のご好意だ。
そういう訳で子供達にとっては、美味しいお菓子やジュースを出してくれる優しい人といった認識なのだ。
……まあ、私も子供の頃は高坂さんに同じ印象を持ってたけどね。
「おはようございます。それでは、そろそろ『水本家』に向かいましょう」
こうして私達は車に乗って『水本家』に向かったのだった。
「いらっしゃい。さっちゃんも翔くんも元気だった?ふふっ、公彦くんも綾香ちゃんも大きくなったわね。特に綾香ちゃんはお母さんの子供の頃にそっくりね」
「よく来たな、幸、公彦、綾香。……ついでに貴様も変わりないようだな」
お爺様とお婆様にご挨拶するが、やはりお爺様は夫に対してやや厳しい。
……まあ、結婚する時に『水本家』の人達からは反対されていたのを、私が強引に
『この人が良いのッ!翔くんじゃなきゃ私が嫌なのッ!」
と押し通したから印象が良くないのかも知れない。
「まあまあ、父さん。さっちゃんが幸せそうなんだから、もう少し翔くんにも優しくしてあげなよ。それに父さんだって初のひ孫が生まれた時には、あんなに大喜びしてたじゃないか?」
「光輝さん、ありがとうございます。夫を庇ってくれて」
「いやいや、僕も含めて『水本家』は皆さっちゃんが大好きだったからね。だから、それを掻っ攫って行った翔くんが恨まれるのは仕方ないんだけどね」
「……じゃあ、光輝さん。俺ってどうやったら恨まれなかったんですかね?」
「いや~、それは無理だよ。誰が相手でも反対しただろうし、恨みの大小は誤差だと思うよ」
それを聞いた夫は肩を落とし、子供達から
「「パパ、がんばれ、がんばれ!」」
と慰められていた。
「そういえば遥さんは来てないんですか?それにお父さん達も?」
「遥は向こうで妻と話してるよ。『卜部家』に嫁に行ってからは、この正月の集まりくらいしか帰っては来れないからね。妻も実家の『坂田』の人間と会いたかっただろうし、それが済めばこっちに来るよ。義兄さん達は少し遅れるって連絡があったよ。だから
「……まあ、幸彦が『渡辺家』の月乃ちゃんとお付き合いするのはまだ分かるんですが、まさか美幸に『碓井家』への嫁入りの話がくるとは思いませんでしたよ」
「まあねえ。まさか次期当主の十夜くんが、公平義兄さんをあそこまで尊敬するとは誰も予想しなかったよね。しかもそれが縁で、お父さんが大好きな美幸ちゃんと意気投合するとはね……」
本当になあ。あの『碓井家』と家族になるとは夢にも思わなかった。
「これからの『碓井家』は十夜くんがいなきゃ回らないだろうから反対もできないだろうね。それこそ十夜くんに出て行かれたら今度こそ『碓井家』はお仕舞いだから」
「それを思うと『橘家」って随分重要な家になったんですね」
「義兄さんが大活躍だからね。実際僕が動かなくても上手くいってるのも、義兄さんがしっかりと社長を務めてくれているからだしね」
その後、こちらに来た光輝さんの奥さんの静さんや遥さん達とお話した。
特に遥さんは、子供の頃の私にそっくりな綾香がお気に入りなので心ゆくまで堪能されていた。
そうしていると、向こうから幾つもの見慣れた姿が見えた。
「あ~、おじいちゃんだ~!」
「おばあちゃんだ~!」
二人の姿を確認し、駆け出してゆく子供達。
お父さんとお母さんもそれを見て、子供達が抱きつきやすいようにしゃがみこむ。
お父さんは公彦を抱き上げ抱っこしている。
お母さんは綾香を抱きしめて頭を撫でている。
ここからでも子供達が嬉しそうなのが分かり、ちょっとだけ二人に嫉妬する。
そのまま一緒にやってきた両親と弟妹は、まずはお爺様とお婆様、そして現当主である光輝さんに挨拶して、私達も元にやってきた。
「久し振りだな、幸、翔くん。元気だったか?」
「はい、二人を返すわね」
子供達が満足そうな顔で私達のところに帰ってきた。
「ほら、二人とも。お爺ちゃんとお婆ちゃんにお礼は?」
「「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう~」」
それを見た幸彦と美幸は
「あ~、公彦も綾香も可愛いよな~。俺も早く結婚したくなったな~」
「私も。いつか十夜くんとの間に子供できるのかな?」
そう話していたので
「そういえば月乃ちゃんと十夜くんが、二人の事待ってたみたいだよ。早く行ってあげなよ」
とアドバイスしておいた。
駆け足で向かう二人の後姿が微笑ましい。
その後屋敷に入り、新年の集いが開催されたのだった。
そしてその夜、私は一人屋敷の廊下を歩いていたらお父さんとばったり出会った。
「お父さん?何してるの、こんな場所で?」
「ほのかと子供達が巴さんや遥ちゃんに捕まってな。部屋に居づらいから逃げ出してきた。今部屋に行くと一時間は帰れないと思えよ」
「……うん、気をつけるよ。それじゃお父さん、私とお話しない?」
「そうだな。久し振りに幸と二人きりといくか」
そうして私達は色んな事を話した。
「そういえばお父さん、まだうちに帰るつもりはないの?」
私の結婚を機に、お父さん達は『橘家』を出て行ってしまった。
今はお父さんの会社に近い場所に別に家を建てて、皆そこで暮らしている。
お父さんいわく
『あの家は正彦さんと綾姉が建てた家だ。正統な後継者は幸だし、名義だってお前になってる。だからお前が結婚した時には任せようって思ったんだ。……ま、それでも俺達にとっても『実家』だからな。ちゃんと『帰ってくる』さ』
と言っていた。
「幸彦が月乃ちゃんと結婚して、美幸が十夜くんのところに嫁に行くまでは無理だろうな。それにお前も俺やほのかがいない方が気楽だろう?」
「……怒るよ、お父さん。お父さんもお母さんも私の大事な『家族』なんだから』
「……そっか。悪かった。じゃあ遠慮しないで老後の世話は任せるか」
「うん、任せてよ。お父さんもお母さんも、最期まで私が面倒みてあげるから」
そう言って笑いあっていると、不意にお父さんが私の頭を撫でながら
「……なあ、幸。お前は今幸せか?俺は、ちゃんとお前を幸せにできたか?」
と問いかけられた。
大人になった今では少々照れくさいが、私を撫でる時のお父さんはいつも幸せそうだった。
……知っている。誰よりも私が一番知っている。
お父さんが何よりも『私の幸せ』を願っていてくれた事、その為にずっと頑張っていた事、ずっとずっと私の事を守り続けてくれていた事を。
思えばパパとママを亡くした時、私はひとりぼっちだった。
そんな私を守る為に、お父さんがずっと傍にいてくれた。
そして、お父さんを支える為にお母さんも来てくれた。
そこからお爺様、お婆様、光輝さん、遥さんが家族となり、幸彦と美幸が産まれてくれた。
そして今、この屋敷には沢山の親戚がいて、私の傍には最愛の夫と子供達がいる。
あんなに欲しかった『家族』は、今私の周りに溢れている。
だから私は
「……うん。私は今、とっても幸せだよ、お父さん」
お父さん達が与えてくれた幸せを噛み締めながら、笑顔でそう答えたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これにて完結となります。最後までお付き合い下さってありがとうございました。
本編はこれで終わりますが、おまけとしてその後を簡単に説明したものとキャラクター解説を明日から投稿します。
よろしければご覧になって下さい。
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