第51話 時は流れて

 こうして結婚した俺とほのかさんだが、実質生活に大きな変化は無い。

 強いて言えば幸を正式に養子にした事、それに伴いそれぞれの呼び方が変化した事くらいだろう。


 俺は幸は変わらず、ほのかさんを『ほのか』と呼び捨てるようになった。


 ほのかは俺の事は公平くんから家では『あなた』、外では『主人』と呼ぶが、時々二人きりの時などは『旦那様』などと呼んでからかっていたりする。

 幸の事は養子となったのをきっかけにさっちゃんから『幸』に改めた。


 そして幸だが、俺を『お父さん』ほのかを『お母さん』と呼ぶようになった。


 呼び方は変われど、お互いを大事に思っている事には一切変わりは無い。

 結婚からそんな生活を続けたおおよそ九ヵ月、五月初めの幸の誕生日にほのかから


『……あの、一昨日病院に行ったのですが、お医者様から三ヶ月目だと……』


 というサプライズプレゼントがあった。

 その後それを知った『水本家』から後日高坂さんが派遣されたりと色々あったが、十二月の中頃にほのかは元気な男の子を出産した。

 その子の名前だが、俺にはどうしてもつけたい名前があった。

 その名前とそれに込めた思いを話すと、皆快く頷いてくれた。


「……産まれてくれてありがとう。お前は幸彦ゆきひこ。橘幸彦だ」


 幸せにと願い娘につけた綾姉の思いと、頼彦さん、そして正彦さんに共通する彦の文字で大切な人達との繋がりを表してやりたかった。

 そして幸彦が産まれた事で、幸に良い意味での変化が生まれた。


 姉として弟を守るのだと責任感が生まれ、精神的に大きく成長した。

 以前はどこか子供っぽく甘えた部分も多かったが、今ではちゃんと『お姉ちゃん』をやっている。

 まだ幼い幸彦相手ではあるが、その姿は幼い頃の綾姉のようで不覚にも目頭が熱くなったものだ。


 そしてそれは幸彦が生まれた三年後、今度は娘の美幸みゆきが産まれた事でより一層顕著に表れた。

 小学生となった幸は専業主婦となったほのかから家事を教わり、弟妹の面倒も率先して見ていた。

 まだ遊びたい盛りだろうから大丈夫だと言っても


『私がしたいんだよ。私はゆっくんもみーちゃんも大好きだから』


 と言って止めようとしなかった。

 当然そんな姉に幸彦も美幸も懐き、子供達の仲は大変良好だ。

 心配だった幸の交友関係も学校では友達も多く、その中でも保育園からの幼馴染である佳奈ちゃん、結衣ちゃん、翔くんとは今も親友同士だそうだ。


 そしてこれに関しては実の両親の血のなせる技なのか、幸は間違いなく『天才』であった。

 勉強面はほのかが教えてるとはいえ、多分普通に勉強するだけで希望の高校、大学に行けるだろう。


 ……まあ結局どの中学に行くのかと尋ねたら


『佳奈ちゃんや結衣ちゃんと一緒がいいから』


 と最寄の公立中学校に進学したのは、実に幸らしかったけどな。





       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「ごめんなさい。私、まだ誰ともお付き合いするつもりは無いんです」


「……そうか。悪かったね、こんな場所に呼び出して」


「いえ。先輩に告白された事自体は光栄ですし、嬉しかったですよ」


「それでも駄目だったけどね。……ねえ、橘さんは好きな人とかいるのかな?」


「……いると言えばいるんですが。多分先輩が想像してるような人じゃないですよ」


「いや、それを聞いて諦めがついたよ。それじゃ、その人とお幸せにね」


 そう言い残し、先輩は立ち去って行った。

 ……はあ、何度か経験してるとはいえ気分は重いな~。

 多分また、先輩のファンの子達からは変な恨みを買うんだろうし。



 足取り重く校舎裏から出てゆくと、佳奈ちゃんと結衣ちゃんが待っていた。


「お疲れ、幸。分かってたけどやっぱり断わったのね」


「う~ん、我が校でトップスリーに入る畠山先輩でも駄目か~。これでさっちゃんの撃墜記録がまた一つ伸びたよ~。よっ、さすが『ハートの撃墜王エース』だね~」


「……嬉しくないあだ名なんだけどね。は~、また知らない女の子から睨まれるよ」


「まあ、入学して半年足らずでうちの中学の人気ランキングの上位の男子生徒を撃墜しまくれば、そりゃ恨みも買うわよ」


「私から何かしてる訳じゃないんだけどねー」


「まあまあ~。それよりさっちゃん、時間大丈夫?ほら、今日って……」


「ああッ―――!!そうだった!ごめん、私もう帰らないとッ!」


 私は二人に別れを告げて、急いで帰宅するのだった。




       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「……あれじゃ当分は望み薄よね。我が親友ながらあの子の将来が心配だわ」


「あの拗らせっぷりなら彼氏が出来るのは随分先だろうね~。……という訳で出てきてもいいよ~、翔くん~」


 結衣がそう言うと、茂みの陰から翔が姿を現した。


「……何で分かったんだよ、お前ら?」


 翔がそんな寝ぼけた事を言うが、本気で言ってるのかこいつは?


「そりゃ、幸がラブレターもらった時にあれだけ動揺してたらね」


「……まあ、翔くんの気持ちに気付かないさっちゃんもさっちゃんだけどね~」


 傍から見てれば一目瞭然なのに、何であの子は気付かないかな?


「べ、別に俺は幸の事なんてどうだって……」


「分かりやすい虚勢張るんじゃないわよ。つーか翔、アンタそろそろ覚悟決めなさいよ」


「か、覚悟って何だよ?」


「アンタが本気で幸と付き合いたいなら、必死になって勉強も頑張りなさい。じゃないと幸と一緒の高校に行けないわよ」


「そもそもこの学校だって、さっちゃんの成績に見合う学校じゃないしね~。流石に高校まで『私達と一緒がいいから』は通らないと思うよ~」


「ま、私達はほのか先生に勉強見てもらってるから何とかなるけどね」


 幸みたいな才能はないけど、ちゃんと努力はしてるからね。


「お前らズルいぞッ!俺も誘えよ!!」


「翔くん部活あるじゃない~。それにさっちゃんの前で、ほのか先生に見惚れたりしない~?ほのか先生、前よりずっと綺麗で色っぽいよ~」


「凄いよねー。保育園時代ですら美人だったのに、結婚してからもっともっと綺麗になってるんだもん」


「止めろッ!俺を惑わすんじゃねえッ!!」


「それにそもそもアンタ分かってる?幸の男性の基準って公平さんだよ?」


「公平さんも凄いよね~。今度新しくできた会社の副社長に大抜擢でしょ~。社会的に成功してお金持ちになって、綺麗な奥さんと子供に恵まれて、その上もの凄い人格者で部下からの信頼も厚いんだもんね~」


「そんな人と比べられるんだよ。しかも確実に幸の初恋の相手だし」


「何一つ勝ち目がないよね~。相手が悪すぎたよ、翔くん~」


「お前らは俺を焚き付けたいのか、絶望させたいのかはっきりさせろよッ!」


 個人的には面白ければどっちでもいい。多分結衣もそうだろう。


「ま、しばらくは誰とも付き合わないわよ。あの子重度のファザコンでマザコンで、ブラコンでシスコンだもの」


「家族が大好きと言えば聞こえはいいけどね~。今日だって急いで帰ったのも……」




       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ご馳走は準備出来ている。プレゼントだって用意した。

 そして何より、やっとお母さんから許可を貰えた。

 ようやく私が作った『ママの肉じゃが』をお父さんに食べてもらえる日がきた。


 そろそろお父さんが帰ってくる時間だ。

 私だけじゃなく、お母さんも、ゆっくんも、みーちゃんもお父さんの帰りを待ちわびている。

 そして玄関のドアが開き、お父さんが帰ってきた。


「ただいまー。ん、どうしたんだ、みんな揃って?」


 不思議そうに私達を見ているお父さんに、私達は全員で声を揃えて


「「「「お父さん、お誕生日おめでとう!!!!」」」」


 そう言ってお父さんを出迎えた。

 足や腰に抱きつくゆっくんとみーちゃんの頭を優しく撫でながら


「……ありがとう。みんなに祝ってもらえて、俺は幸せ者だ」


 そう言うお父さんの手を取って


「さあ、ご飯にしよう。今日の肉じゃがは、私が作ったんだから」


 みんなが笑っている幸せな誕生日を、お父さんにプレゼントするのだった。

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