第50話 結婚
さてその後だが、婚約指輪は四ヵ月後には無事ほのかさんに贈れた。
その間に起こった変化だが、まずほのかさんが完全に橘家に引っ越した。
そして会社でも俺とほのかさんが婚約、同居している事が広まり各方面からお祝いの言葉などを頂いた。
そして同期や近い先輩の男性社員からは
『お前、よく彼女に手を出したな』
『普通は『水本の姫』は無理だぞ。だから誰も告白とかしなかったんだから』
『完全に油断してた。特にお前は恋愛からは遠い感じだったからな』
と驚かれたが、どうやらほのかさんの事情は俺以外知っていたみたいだ。
『当たり前だろう。この会社に入社したって事は『水本グループ』の外部の幹部候補だって事だろ。ここで適性を見極められて各会社に派遣されるんだから』
という俺の知らない事実を教えてくれた。
そして俺の立場だが、ほのかさんと婚約した事により一気にグループの中枢に近い立場になったらしく、部署も渡辺本部長の直属の部下となり毎日鍛えられている。
ちなみにほのかさんも同じ部署となったが、やる事が多すぎて会社でイチャイチャする余裕など全く無い。
……いや、給料は良くなったよ。ただ単純にそれ以上に仕事が増えただけで。
剛志さんいわく
『ほのか嬢と婚約した以上、お前にはそれ相応の能力が求められる。嫌味や妬み程度ならマシだが、お前が失敗する事を喜ぶ連中も多いだろうからな。どう対処すべきかって?決まってんだろ、実力と結果で黙らせるんだよ』
との事だった。
一応同期の中ではトップだったが、そんなものは大した意味はないのだと思い知らされつつ日々必死に喰らいついている。
そんな中での俺の癒しは、やはり幸とほのかさんだ。
疲れた俺を笑顔で出迎えてくれる存在がいるのは、やはり大きな励みとなる。
……それともう一つ大きな変化といえば、ほのかさんとは一線を越えたというか、愛し合うようになった事だろう。
いや、これでもかなり我慢したんだぞ。結ばれたのは大晦日から数えて三週間後だったんだから。
というか、無理だ。付き合い始めてからのほのかさんはスキンシップが多いし、俺の理性が崩壊するのなんて時間の問題だった。
そこに
『……あの、公平くん。私ってそんなに魅力無いですか?』
と上目遣いで涙ぐまれては俺に勝ち目などあるはずもない。
結果愛し合った訳なのだが、俺の腕枕で眠るほのかさんを見て、俺の中の気持ちというか決意が変わった。
それまでの俺は『幸の幸せ』が一番で、それが得られるならば他の事は後回しでも全く構わなかった。
だからこそ、ほのかさんとつきあう事も結婚する事もできないと思っていたし、幸が寂しがると分かっていながら『幸の為』に彼女を遠ざけようとしていたのだ。
だけどほのかさんは、そんな俺の狭い世界をぶっ壊してくれた。
『幸の幸せ』を考えてくれているのは俺だけじゃない。
俺と一緒に、同じ目線で『幸の幸せ』を願ってくれる人が隣にいる。
幸だけじゃない。俺も、ほのかさんも皆で一緒に幸せになろうと言ってくれた。
その言葉にどれだけ救われただろうか。
それ以降俺の中では『幸の幸せ』も『俺の幸せ』も『ほのかさんの幸せ』も同じ様に求めるものとなった。
そのどれかが欠けても、俺達はきっと幸せでは無いだろう。
そう気付かせてくれた最愛の人が、俺の腕の中にいる。
……いつかきっと、この人との間に子供を授かると思う。
それはもっと俺達を幸せにしてくれるのだと確信している。
その為ならもっと頑張れる。けど絶対に無茶はしない。
自分を
ほのかさんの寝顔を見ながら、俺はそんな事を思うのだった。
婚約が成立したのなら次は結婚といきたいが、それにも色々問題がある。
まずは単純に資金面で、やっとの思いで婚約指輪を買った俺に結婚式の費用などあるはずもない。
流石に今回のように、ほのかさんのヒモみたいな生活をして資金を貯めるのは俺としてもいかがなものかとは思うのだ。
加えて俺の身内の少なさも問題だ。
実際に幸一人しかいない俺と、一族郎党を合わせればとんでもない数になるほのかさんとでは招待客などで差がありすぎる。
いくらなんでも親族が幸一人、他は知人友人ではまともな結婚式とはいくまい。
じゃあ結婚式は無しで、という訳にもいかない。
ほのかさんは多分それでもいいと言うだろうが、本音ではやりたいのだと思う。
そして『水本家』の人達がそれで納得する訳もない。
大切な娘の、姉の晴れ舞台なのだ。
ほのかさんの花嫁姿が見れないなど、あっていいはずがないのだ。
結局どうなったかといえば、小規模の両家の家族だけの式をする事となった。
場所は『水本家』と縁のある教会で、資金も『水本家』持ちだ。
これは結納の日取りが決まった時に、巴さんに結婚式の事を相談したら
『だったらこうしましょう。うちからの結納代わりって事で』
と、誰も損しない提案なのであっさりと話が決まった。
日時は八月八日。これは末広がりで縁起が良いのと、それ以前だと綾姉達の一周忌などがあり忙しいからだ。
そして迎えた当日、歴史ある教会で俺達の結婚式は行われた。
純白のウエディングドレスに身を包み、頼彦さんに手を引かれバージンロードを歩くほのかさん。
そして祭壇の前で頼彦さんから俺にバトンタッチされた。
口には出さずとも頼彦さんからは『娘を頼む』という意思を強く感じる。
ずっと大事にしてきた
その思いに応えるように、俺は頼彦さんの目を見て小さく頷いた。
そして賛美歌、聖書の朗読と神への祈りと続き牧師様が誓いの言葉を述べた。
「病めるときも、健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
問われた俺は
「はい、誓います」
とはっきりと答え、同じ様に問われたほのかさんも
「はい、誓います」
と答えた。
そしてお互いの左手の薬指に結婚指輪をはめる。
目の前には、俺にとって間違いなく世界で一番愛しく美しい人がいる。
ベールを上げると潤んだ瞳をそっと閉じ、少しだけ顎を上げる。
そっと唇を重ね、牧師様が結婚を宣言し俺達は晴れて夫婦となったのだった。
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